「佐藤凛って知ってる?」


休み時間、名前は菜々と話していたらにやにやしているクラスメイトに話しかけられた。
ずずーとサイダーを飲んでいる名前はペットボトルから口を離すと菜々に話しかけた。


「菜々知ってる?」
「知らなーい」
「私も」


その子に何か用なのだろうか。しかし、名前たちは知らない子。
名前はまだ彼女のことは何も知らない。名前も性格も。顔とテニス部のマネージャーくらいしか知らない。
するとそのクラスメイトは意地悪な顔をした。そして二人に顔を近づけて小さな声で言った。


「その子さ、めっちゃうざくてー。話しかけられても無視しよ?」
「は?」
「…」


菜々はいきなり何言ってんだこいつという顔をした。かくいう名前は虐めか…と興味ないのか漫画を読み始める。


「イケメン独り占めしてんのうざくない?そいつさー、テニス部のマネージャーなんだけど。菜々知ってるっしょ?」
「知らないけど」
「嘘っ!前にテニス部ちょーかっこいいって言ってたじゃん!」
「かっこいいけどその子知らない」


菜々は興味がないことは覚えない。テニス部員は覚えていても、その佐藤凛には興味ないらしい。しかし、クラスメイトはしつこく菜々に話しかける。菜々は少し迷惑そう。名前は漫画読んでる。


「じゃ、じゃあさ、テニス部で誰が好き?」
「えー?皆かっこいいけど幸村君かな?」
「でしょ!!幸村君とその女が仲良くしてたらどう思う?」
「それは…」


するとバン!と名前が漫画を机に叩きつけた。びっくりしたクラスメイトと菜々は名前の方を見ると彼女はクラスメイトを睨んだ。


「私、漫画読んでるから静かにして」
「いや、お、怒んないでよ。苗字らしくないっていうか、」
「その子を虐めたいなら勝手にやれ。私達を巻き込むな」


名前にその佐藤凛を守る義理はない。頼まれてもいないことをしてもいい迷惑だ。
クラスメイトは苦笑いして去っていった。
菜々はそのクラスメイトの背中を見ながらため息を吐いた。


「さんきゅー、名前」
「別に。しつこいの嫌いなんだよね」
「まあ、それは私も」
「…」
「でもよかったの?」
「何が?」


菜々は机に広げられているポッキーを拾った。小さく、困ったように微笑むと言った。


「勝手にやれだなんて。その佐藤さんが聞いたらショックよ」
「知ることないでしょ」
「でも、私は名前が虐めを半ば助長するようなこと言って悲しかったな」
「…悪かった」


菜々はにこっと笑顔になると名前の頭を撫でながら「いい子いい子」と慰めた。

虐めを知っていて、何もしない人は虐められている人から見れば虐めをしている人となんら変わりはない。
虐めを知っていて、何もしない友達を見てその友達は自分がもし虐められた時のことを考えると不信感が出る。







放課後、今日は部活はないのでまっすぐ帰ろうと校舎を出ると春なのに夏のように暑い。飲み物を買おうと自販機まで歩くと先客がいた。


「…あ、」


と思わず小さく呟いた。テニス部マネージャーだ。名前は…佐藤凛だっけ、と名前はぼんやりと考える。

虐めは悪いことだと思う。でも私には関係ない。


「まだ悩んでるの?」
「ひゃっ、」


指先を動かして佐藤は飲み物をどれにしようか悩んでいた。いつまでも悩んでいるので名前は呆れて話しかけた。
彼女は名前を見ようとしない。
怖がっている佐藤は名前の声だけでは仲良くなりたいあの女子生徒とは気がついてなかった。
幸い、ここは人気がない。


「先買っていい?」
「お、お金入れちゃって…。」
「…。」


待つしかない、と名前は空を見た。暑い。あー、喉乾いた。
ちらりと佐藤を見れば真っ青になって指先が震えている。
だからちょっと気になった。


「虐められてるの?」
「え、あ、あの、」
「でも虐めてない人もいるでしょ?」
「…、」


何を馬鹿なことを聞いてるんだろう。虐めてない人は見て見ぬフリ、知らぬ存ぜぬ。きっと彼女の本当の味方はいないのだろう。
それは、私も。


「…」


名前は味方になるつもりなんてさらさらなかった。ただ、本当に虐められているのか知りたかっただけ。知って何かしようとは思ってなかった。
でも彼女の反応を見て虐めは本当にあるんだなと思った。


「先に飲み物買う。はいお金」


彼女は飲み物代を佐藤に渡すとすぐにサイダーを買った。がこん、と出てくるそれを拾って、佐藤に渡すと「今日は暑いから水分補給ちゃんとしなきゃダメだよ。」とそれだけ言ってその場を去った。
ぽつんと残された佐藤はぽかんと口を開けたままその場を突っ立っているとハッとしてお礼を言おうとした。


「…き、聞こえるわけないか、」


誰も私の声なんて聞こえない。聞いてくれない。








「最近機嫌いいね」


菜々は突然、名前に言った。ぽり、とポッキーを食べる名前はきょとんとした。


「そう?」
「うん。何かいいことあった?」
「んー…」


なんかあったっけ?と名前は考えるが、ない。


「ないね」
「そっか。それよりさー、昨日テレビに出ててたイケメン俳優がさ」


名前は窓から見える渡り廊下を見た。そこには佐藤凛が小走りに廊下を駆ける姿があった。




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