「…あ、…ご、ごめんね、私達その日は、えと、用があるから、」


D組、3人の女子生徒に凛は暗く表情を落としている。

まただ。
皆、何も知らないから最初は仲良くしてくれた。けど色んなことを知っていく内に離れて行った。そうだよね、私が同じ立場だったら同じこともするもん。


「凛、」
「せ、精市…!だ、大丈夫だよ。ざ、残念だなあ、用があるなら仕方ないよね、」


平然を装うが全く隠せてない。虐めなんてそんな簡単に隠せない。知らないふりをするのは簡単。
精市と呼ばれた男子は知らないふりをした。


「…部活行こうか」


「ねえ、懲りないよねえ」と女子生徒が噂する。ひそひそ、ひそひそ、悪い噂。


「あの子、テニス部のマネージャーだよね。よく続けられるよね」
「だよねえ、イケメン独り占めとか嫌われるに決まってんじゃんね」


言い返したい、言い返したいけど怖くて下を向くしかできない。前を歩くテニス部員は怪訝な顔をするだけで何も言わない。
彼女は確かにテニス部マネージャーだ。しかし真面目に活動に取り組み、毎日休まず参加している。イケメンを独り占めしようなどと思ったことはない。


(高校でも一人ぼっちかな…)


寂しい、悲しい。何度も泣いた。でも泣いても何も変わらない。だからもう泣くことも無くなった。
高校に上がって外部生が入ってきた。皆、最初は話しかけて仲良くしてくれた。けどテニス部のことも、私のことも知ると離れていった。自分は虐められたくないから。
男子テニス部はイケメン揃いで女子生徒に人気だ、ファンクラブもある。だから側にいる凛が気に入らない。


「そこのお嬢さん」


ちょんちょん、と肩を叩かれる。!と凛は私のことだと虐められると青ざめて固まってしまった。後ろを振り向けない。
すると、話しかけていた女子生徒は「どうしたの?」と聞いてきた。しかし、凛は何も答えない。顔も見ない。すると女子生徒は凛の視界に入るように手を出した。そこには猫のキーホルダーがあった。


「猫ちゃん落としたよ」


え、と凛は目を丸めた。彼女はキーホルダーを受け取ると急いで顔を上げた。虐められない…?と驚いていた。すると前にいた女子生徒はにこりと微笑んで彼女の頭を撫でた。


「やっと顔上げてくれた」
「、あの、」
「可愛い顔してるんだから前向いて歩いた方がいいよ」


前みたいにぶつかっちゃうからね、と彼女は言って手を振って歩きだした。ばいばい、という意味らしい。
周りの生徒はその様子を見ていた。勿論、彼も。
彼女の背中が見えなくなるまでじっとその姿を見ていた凛に彼は心配そうに話しかけた。


「凛、大丈夫?」
「え!?あ、う、うん…」


微かに頬が赤いのは気のせいだろうか。
…気のせいということにしておこう。







それから凛は名前も知らない彼女の話をよくするようになった。今朝、校舎に向かう途中怠そうに登校している彼女を見たとか、廊下ですれ違ったとか。ちょっと気持ち悪いと思ったからそのまま伝えたら嬉しそうにこう言った。


「友達になれるかなあ」


あまり期待はしてはいけない。今まで仲良くなっても皆離れたのだから。あの子はまだ何も知らないのかもしれない。違うクラスだし、凛の事を知るのも時間の問題。
だけど、


(凛に友達が出来るのは俺の願いでもあるからなあ)


うーん、と悩む幸村。
まあ、接点は何もないからとりあえず様子見だけしておこう。


「ゆ、ゆゆゆ幸村君…」
「…な、何」


いつの間に横にいたクラスメイトの女子。長谷川加奈江。いつも表情が暗くて真っ黒な本を持っているミステリアスというか、もう霊的な意味でミステリアスな彼女が話しかけてきた。


「せ、先生が…」
「あ、呼んでた?」
「うん…」
「ありがとう。凛、行ってくるね」
「うん、いってらっしゃい」


凛と長谷川が残された。凛はちらりと長谷川を見ると彼女もこちらを見て…にたりと笑った。不気味でしょうがない。凛は「あの、」と困惑した表情で話しかけた。


「いい事ありそう…」
「へ?」
「ふふふふふふふふふふふふふふ、」


こ、怖い…!!!と凛は半泣きになって震えた。もっと普通の子と仲良くなりたい。
数分後幸村が帰ってきた。


「長谷川さんとなんか話してた?」
「いや何も…」
「そっか」


なんで半泣きになってるんだろ。







「精市…」
「?どうしたんだい?」


教室にて、暗い表情で凛は幸村に話しかけた。女子に何か言われたのだろうか、幸村は真面目な顔になると凛はポロポロと泣き始めた。え!?とここ最近泣かなくなった凛が泣くことに驚いた彼は焦った。


「あの子、私のこと覚えてないかも…」


凛曰く、下駄箱で前にキーホルダーを拾ってくれた女の子と会ったらしい。会ったといっても相手はこちらに気づいてなくて上履きに履き替えていた。だから凛は頑張って話しかけようとしたが、トラウマでその場で固まってしまった。そのまま彼女は凛に気づかず廊下を歩いていった。
その話を聞いた幸村は言った。


「凛も分かってると思うけど…それはその子が凛に気づかなかっただけだよ」
「そ、そうだけど、」
「…」


友達以前に話しかけられるようにならないと話は進まない。何も始まらない。
そう思った幸村は凛にその子がいた下駄箱の位置を教えてもらってクラスを割り出すとC組だと分かったので、凛には何も言わずにそのクラスへ向かった。
彼も彼女の顔は見ているから覚えている。
C組のドアを開けてキョロキョロと中を見ると彼女はいなかった。トイレだろうか。


「あーあー、そこの儚い系イケメン君。おどきになって」


後ろから聞き覚えのあるようなないような声がした。振り向けば、彼女がいた。手には紙で出来たリモコンをピコピコと言いながら操作している。
何してるんだ?


「…何してるんだい?」
「これは私が開発した…………幽霊操る機械」
「なんか凄い間があったけど」
「ちょっと部活でペナルティありましてね」
「ふ、ふうん…?」


いかんいかん、流されるところだった。彼女は電波ちゃんなのか?長谷川さんに通ずるものがある。


「き、君名前は?」
「なんで?ナンパ?」
「いやなんで」
「まあいいや、人の名前を聞く時は自分から名乗るのが礼儀というものだよ」


彼女は彼のことは知らないらしい。自分で言うのもなんだけど学校じゃ結構有名なんだけどな。外部生なのだろう。仕方ない。
彼は人当たりのいい笑顔を作ると右手を差し出した。


「幸村精市。よろしくね。」


差し出された右手を見て彼女はうーん、と考えた。


「私は杉野菜々。よろしく。」


面倒な気配を察知した彼女はあろうことか親友の名前を口にした。
そして普通に握手した。




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