お姫様よりお姫様を守るヒーローに憧れていた。


「おまえ!わたしのおさななじみいじめたやろ!ゆるさん!」


幼稚園の女の子が小学校低学年の男の子達を泣かせた。殴られた男の子達は泣きながら公園を走り去った。右手に枝を持っている女の子も顔を赤くしてポロポロ泣いている。怖かった、でも幼馴染が虐められて黙っているわけにはいかない。


「くら、だいじょーぶか?」
「お、おん、」
「あいつらはわたしがやっつけたさかい、もうへーきやで!」


どやあ、女の子は胸に手を当てた。でも怖かったことには変わりない。足が震えている。
幼馴染のくらはよく男の子に虐められていた。その度に名前が追っ払っていた。


「名前…、いつもすまん…」
「くらはわるうないで!わるいんはあいつらや!」
「うんっ」


くらが明るくなって、名前はへらりと笑った。

幼い頃の名前はヒーローだった。幼馴染のピンチにすぐにかけつける。
弱いものを守るヒーローだ。


「でな、そのときヒーローがあらわれてかいじゅうをやっつけたんよ」
「おれもみたで!あおいびーむがしゅわー!って!」
「めっちゃかっこよかった!わたしもびーむやりたい!」
「おれもやる!」
「じゃあどっちがさきにできるかしょーぶや!」
「おん!」


砂の地面に書いていたヒーローの絵を放置して二人は「しゅわー!」と言いながらビームを打つポーズを取って練習をする。周りにいた大人達はその様子をほんわかと見ていた。
1時間後、ビームが打てない二人は息を切らして地面に横たわった。


「はあはあ…きょうはここまでや」
「そうやな…、あしたもれんしゅうしよな!」
「もちろんや!」


あの頃はヒーローに憧れていた。







「あー…」


終わらない。引っ越しの準備が。
自分の部屋の荷物を段ボールに詰めなきゃいけないのにいつの間にかベットで漫画読んでた。少年漫画でよくあるヒーローがヒロインを守るストーリー。海賊やらスポーツ物やら色々ある。
後でやろ、後で。やればできる。


「…そうや、蔵に会いに…いや、先に準備せんと、」


ぶつぶつ、と一人で呟く少女はベットから降りるとその振動でベットにある漫画が床に落ちた。あー…と更にやる気をなくす。
幼い頃の無邪気な性格はどこへやらこんな無気力になってしまった。


「あ、どこに行ったのかと思ったらこんなところに」


漫画が落ちた側の段ボールの下敷きになっていた高校のパンフレット。大きな文字で『立海』とその後の文字が段ボールで隠れている。それを助け出すとペラペラと巡り始める。

季節は胸躍る春。新しい出会い、新しい生活。


「はあーっ、準備面倒や…」


それよりもこの状況を何とかしてくれ。
引っ越すのも面倒、春も興味ない。
ゲームして漫画読んでお菓子食べたい。

ヒーローを目指していた時の面影はもうない。

これはヒーローを目指すことを諦めてしまった一般人の話。




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