「それにしても…」


登校する名前の手にはちょこんと小さなカップケーキ。
いつマネージャーに渡そうか。人前で渡せば面倒なことになるのは確実。なら、隠れて渡すしかない。
と言っても。至る所に生徒、生徒。人気ないところなんて校舎裏くらいしかない。呼び出すなんてしたらそれこそ面倒なことに。


「…関わりたいのか関わりたくないのか」


自分でも分からない。でも妹の話を聞いて、少しでも何かしようと思った。ただそれだけ。けど結構難しい。

そうだ、下駄箱に入れておこう。


「…」


下駄箱には生徒が沢山いた。登校してきた生徒、朝練から戻ってきた生徒。うーん、無理だと諦めるのは早かった。


「名前ー!」
「!」


後ろから菜々の声が聞こえて、名前はサッとカップケーキを鞄に隠した。そして、何事もなかったかのように菜々におはよーと言うと菜々は笑顔で言った。


「さっきテニス部の朝練に見に行っちゃった!」
「好きだねえ」
「柳君かっこよかったなあ」
「誰?」


菜々はよくテニス部の話を持ち出してくるけどその度に色んな名前が出てくる。柳君とか仁王君とか…色々。柳君が甘いもの好きな食いしん坊で、仁王君がにこにこしてるけど実は怖い部長だっけ?全然わからん。
菜々にカップケーキのことを言おうか。


「でさ、柳君、真田君となんだか難しい顔してて…」
「…」
「どうしたの?」
「いや、別に。それで?」
「それでねー、」


やっぱり言うのはやめておこう。菜々に嫌われるからとか自分がしようとしていることが悪いことというわけではない。
ただ、もやもやする。

教室に入って席に座り、菜々と談笑しているもクラスメイトが一瞬ざわついた。ん?と顔を向けると背の高い男子生徒が一直線にこちらに向かってくる。いやいや勘違いだ、私には関係ないや、と菜々の方を振り向くと「苗字」と呼ばれた。ちらりと声がした方を見るとさっきの男の子がいた。


「…?」
「え!?名前、柳君と知り合いなの!?」
「いや全く。何でしょう?」


話したこともない。そもそもなんで名前を知っているのか、何か用なのか。
…ん?柳君ってテニス部じゃなかったっけ?
……成る程。


「あーいたたた…腹痛が…」
「大丈夫か?」
「ちょっと大丈夫じゃないかも!トイレとお友達になってるから、じゃ!」


ぴゅーっと教室から走り去る名前はなんて素晴らしい演技力!と自画自賛していた。とりあえず休み時間ギリギリまでトイレに篭ってれば柳君はいなくなるはず!
残された菜々に柳は話しかけた。


「彼女の名前は苗字名前か?」
「え?そ、そうだけど…?」
「そしてお前は杉野菜々」
「えー!私の名前知ってるなんて流石柳君!」
「…」


顔を赤くする菜々に柳は構わずノートにスラスラと何か書き始める。何書いてるんだろ?と思う菜々だったが、見てはいけない気がする。それにしてもかっこいいと惚れ惚れしている。


「名前に何か用だったの?」
「そう、名前という名前だったな」
「?」


柳は小さく口角を上げた。







こそこそ、こそこそとテニスコートの近くの茂みに隠れる女子生徒。髪に葉っぱがついている。茂みの間からテニスコートの周りを伺う。放課後だからテニスコートがファンで囲まれている。は、今日は無理そう、と女子生徒が思っていると上から声が聞こえた。


「そんなところで何をしている」
「おうふ、」


恐る恐る上を向くと柳がいた。名前は「隠れんぼ中」とへらりと笑った。


「そうか、鬼に伝えてくる」
「待て待て待て待て」
「なんだ?」
「なんでテニスコート行こうとするのかな??」


鬼は即ちファンクラブのこと。いやいやいや待て待て。見つかったら死ぬ。確実に明日の席がない。
てか、なんで分かるのか。


「凛に何か用か?」
「…あ!そうだ、柳君に任せればいいじゃーん」
「?」
「お嬢さんにこれ渡しといて」


名前はぽんと柳君の掌にカップケーキを置いた。「…」とそれを見つめる柳は名前を見た。にこり、彼女は微笑んだ。
彼女なら凛を虐めない、とは思ってはいけない。確証もなく期待してはいけない。


「…直接本人に渡してくれないか」
「無理だよ」
「…どうしてだ」
「んー…」


分かってる。本人に直接渡せば、もしその様子を誰かに見られていたら自分も虐められてしまう。分かっていて聞いた。
そもそも、凛は彼女と仲良くしたがっている。尚更期待してしまう。


「悪いが、俺は渡せない」
「そっか。じゃあ、柳君にあげる」
「?俺にか?」
「うん、柳君甘いもの好きでしょ?」


…ん?確かに甘いものは嫌いではないが…と思う柳。すると彼女はにぱーっとしながら言った。


「菜々から聞いたよー。柳君、料理得意なんだってね!お菓子めっちゃ作るんでしょ?今度、作ってほしいなーなんて!妹も甘いもの好きだし!」
「…」


成る程、どこぞのスイーツ男子と勘違いしてるのか。これはいけないな、と訂正しようとして思い出した。
そういえば、彼女は幸村に自分の名前を偽っていることに。
なんでそんなをしたのかはわからないが、きっと面倒なことになりそうだと察して逃げようとしているのだろう。逃げようとして、凛にお菓子を持ってきたのは同情か、はたまた応援か。


「そうだな、それなら今度持ってくるとしよう」
「やったー!チョコ味で頼む!」
「まだ何を作るか言ってないぞ」


邪な気持ちが全く感じられない彼女を少し試してみよう。







「や、柳がお菓子持ってる…!!」


ピシャァと雷が落ちたかのようにショックを受ける丸井。と思いきや、柳の周りをウロチョロして「誰!?誰からもらった?いつも断る癖に!!」と好奇心でいっぱいだった。柳は無視してコートを歩く。


「凛」
「どうしたの?蓮二」
「これを」


ぽん、と凛の掌に置かれたカップケーキ。しん…と静かに部員達。暫くの沈黙の後、「や、柳…?」と丸井が震える声で呟く。顔は真っ青。


「え、嘘、柳…?」
「どうした、丸井」
「いや、俺はてっきり興味ないと思って」
「そんなことないぞ」


すると、ぷるぷると震えながら丸井は俯く。凛は「え、え?」と分かってない模様。
丸井と柳、まさか…?と修羅場にどうしていいのかわからない他の部員達はその様子を見守るしかない。
バッと顔を上げた丸井はキラキラと明るく輝いていた。柳の肩に手を置くと言った。


「柳もお菓子作り興味あんのかよー!今度一緒に作ろーぜ!」
「遠慮する」
「つれねえなー、で俺の分は?」
「ない」
「は!?!?けち!」
「言ってろ」


ギャアギャア言う丸井に受け流す柳。なーんだ、と他の部員達は各々自分の練習をする。よこせー!と諦めの悪い丸井は柳に絡んでいた。その様子を幸村は少し怪しそうに見つめていた。




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