「お姉ちゃん遅い!」
「ごめんごめん。」


家に帰るなり、中3の妹がぷりぷりと怒ってきた。そんな妹には慣れているのか姉は軽く謝る。その手にはレジ袋。学校帰り、近所のスーパーで夕飯の食材を買ってきたらしい。


「卵とキャベツと…ああ、洗剤無くなってたから買うてきたで。」
「あ!よかった、そろそろ買わんといけんかったんよね。メールするの忘れてたわ。」


親の転勤で春に大阪から引っ越してきたばかりだ。神奈川には初めて訪れて、友達がおらず両親は心配していたが、姉はマイペースで気にせず妹はそんな姉にひっついて回っていた。しかし、すぐ慣れたのか妹は一人で出かけるようになった。公立の中学校で友達を作り、楽しく過ごしている。


「あ、ママが今月のお小遣いと生活費置いてくれてたよ。」
「はー、また出張なんか。全然顔見とらんわ。」
「…寂しい?」


妹は姉の顔を覗き込んで言った。
両親は共働きで幼い頃から姉妹は近所の祖父母の家にいた。祖父母はお茶目でよく孫に冗談を言って楽しませていた。でも、やっぱり両親と会いたかった姉妹は寂しかった。
じっと顔を見つめる妹に姉はふっと微笑んで頭を撫でた。


「沙耶がおるから寂しないで。」
「ふふ、やろ。」
「おん。」


いつからだろうか、両親の代わりに家事をするようになったのは。妹の為に、自分の為に家事や料理を学んだのは。
幼い頃は寂しかったけど今はそうは思わない。両親はよくメールをくれる。祖父母も電話してくれる。確かに会って話したいことは沢山ある。出かけたいところもある。


「お姉ちゃん、学校どう?楽しい?」
「おん、楽しいで。クラスも仲ええし。」
「杉野さん…やったっけ?」
「菜々とよう一緒におるで。席近いから大体…。」
「放課後、遊んだりせえへんの?」


冷蔵庫に食材を閉まいながら話していると妹のその台詞に固まった。しかし、すぐに体を動かして最後のキャベツの仕舞うと言った。


「お互い部活が忙しいさかい、難しいね。」
「…ふーん、」


姉が、妹の自分の為に遠慮しているのは気づいていた。いつも妹優先に考えてくれる。共働きな両親に代わっていつも側にいてくれた。それはとても嬉しかった。姉がいたから寂しい思いをしなかった。

姉はいつもそうだ。

自分のしたいことは後回しにして、犠牲してる。きっと友達と遊びたいのに、私がいるから遠慮してる。この友達にもちゃんとした理由を話してないのだろう。


「…お姉ちゃん、寄り道してきたってええんよ?」
「?寄り道してきたやん。スーパー。」
「そうやなくて…友達とかと…。」
「…そっか、そうやな。」


分かってくれたのか。姉は椅子にかけてあったエプロンを手に取って台所に立つ。その表情は心なしか悲しそう。


「確かに沙耶に構いすぎやな。」
「そ、そんなことは、」
「まあ、沙耶ももう中3や。家事も出来るし、…料理はまだまだやけど。」
「う、煩いわ!」
「そろそろ任せられるところは任せんとね。」


役割分担しようということらしい。今までは姉が率先して何でもやってきた。

妹は、よく出来た子だと思う。学校の成績だっていいし、先生からの評価も良い。料理が苦手なのはまだ練習中だし仕方ない。気が強いが、素直で優しい子。引っ越してきたばかりで不安なのに生徒委員やる強者はなかなかいない。


「そんなら、基本料理は私がやるとして…掃除は沙耶がやろうか。洗濯は交代。どう?」
「ええで!でも今日は一緒にご飯作ろ!」
「ふふ、ええよ。」


そうして、二人は仲良く夕飯を作り始める。







夕飯を食べ終わって、姉はソファに寝そべってゲームをしていた。ボタンがカチャカチャとなるゲーム機の画面は猫や犬がパンチしながら戦っている。妹は床に座って雑誌を読む。


「でねー、隣のクラスの松本さんが佐藤さんと喧嘩しちゃって、」
「おん。」
「周りもやめなよって言っちゃったんだけど、二人とも聞かなくて、」
「へえ。」
「そしたら、そのグループのリーダーって松本さんらしくてな。佐藤さん除け者になったんよ。」
「ほー。」
「なあ、聞いとる?」
「あんまし。」
「やろうな。」


ゲームに夢中な姉は半分も聞いてない。『にゃあ!にゃにゃん!』と猫は犬に攻撃を繰り出す。
妹は大きなため息をついた後、話を続けた。


「まあ、私は別にその二人とは仲良うないし…。どうでもいいっちゃどうでもいいんだけどさ。」
「ふんふん。」
「一人になってる佐藤さん虐められるようになっちゃって。」
「はあー。」
「それ見てると可哀想やなって。」
「沙耶はどうしたいん?」
「へ?」


いつの間にかゲームをやめていた姉は上体を起こしていてソファに座っていた。その表情は優しかった。驚いた妹は顔を上げて姉を見る。


「別に…関わったら私まで虐められるかもやし。」
「まあそうやな。」


まるで、自分を見ているかのようだった。
テニス部のマネージャーのあの子が虐められているのは可哀想だと思う。ただ、何かすれば自分が虐められるかもしれないリスクを負ってまでアクションを起こす気にはなれない。


「でも、一人って寂しいやろ。」


妹のそのセリフで姉は黙った。

いつも寂しかった。一人の家は。祖父母の家にも行けない日はあった。まだ親に甘えたい幼い姉はもっと甘えたい妹と二人でいた。まるでひとりぼっちだった。誰にも頼れない、誰にも甘えられない。だけど私はお姉ちゃんだから、妹はもっと寂しいのだからとぐっと我慢した。
泣くこともあった。妹が寝静まった後、起きないように布団にくるまって泣いた。両親を恨んだこともあった。でも仕事だから仕方ない。でも構ってほしい。


「そうやな、寂しいな。」


姉は淡々と答えた。







次の日、朝時間通り起きると姉が台所に立っていた。あ、そっか、料理は姉担当だ、と思っていると甘い匂いがした。


「何作っとるん?」
「ふふふ。」


機嫌がいい。姉の背中から覗かせるとそこにはカップケーキが四つあった。美味しそう。朝ご飯のデザートだろうか。


「一個あげるわ。」
「やったー!ありがとう!残りはお姉ちゃん食べるん?」
「一個だけな。」
「?残り二個は?」


すると姉はその内の一つを妹に手渡した。まだ温かいそれにこれを食べていいのか?と妹は首を傾げた。


「昨日言っとったその佐藤さんに渡しい。」
「え?」
「私も頑張るさかい、な。」


姉は何となく楽しそうだった。




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