07

「ありがとうございましたー。」


百円均一で名前は小さなクマのぬいぐるみの作り方と書かれた袋、そしてコンビニで小さな裁縫セットを買った。
内心わくわくしながらマンションに向かっていると幼い女の子の声がした
「ほしいのが出てこないよー!」と。なんだろう、と足を止めて見てみるとお母さんらしき女性と幼い女がガチャガチャをしていた。ガチャガチャには「クマのフィギュア」と書かれてあった。じ、と見つめる名前は自然とガチャガチャの方へ歩き出した。

スーパーから出てきた安室は仕事疲れかふう、と溜息をついた。
あれから"人形"についての情報が出てこない。未来が見えるという"目"。いつ会わせてくれるのだろうか、しかしその前に会って交流を深めたい。そして警察側に引きずり込みたい。
絶対に手に入れる。


「お姉ちゃんも違うねー。」


と幼い女の子の声がした。安室は何となくそちらに目線を向けると名前と幼い女の子が座り込んで何かしていた。
…何をしているんだ?彼女は子供が好きだったのか?意外。
と安室は足音を立てながら近づいた。


「なんですか?安室さん。」


名前は振り向かず口を開いた。え、と安室は止まる。足音しか聞こえていなかったのに何故分かったんだろうと。安室はニコリと笑顔を作った。


「名前さんこそ、こんなところで何してるんですか?」
「が、ガチャガチャ…。」


すぐ側に「クマのフィギュア」と書かれたガチャガチャがあった。名前と女の子の足元にはいくつか空いたカプセルがあった。どうやら話から察するに欲しいものがあるが、なかなか出てこないらしい。
「真希、そろそろ暗くなってきたから帰りましょう。」と女の子のお母さんが言う。


「えー!でもアイス食べてるクマちゃん出てきてない!」
「でもね…。」


構わず名前はガチャガチャを回す。出てきたのは黄色いカプセル。ころんと出てきたそれを名前は開ける。中から出てきたのは毛糸の塊で遊ぶクマのフィギュア。これも名前が欲しいフィギュアではない。外れである。名前はもう一度やろうとと財布を開ける…が、


「…小銭がない。」


財布の小銭入れは空だった。諦めるしかないな…と思った矢先、安室は名前の横にしゃがんでちゃりんと小銭を入れた。そしてがしゃとレバーを回す。出てきたのはピンクのカプセル。安室がそれを開けると中からアイスを咥えているクマのフィギュアが出てきたを女の子の欲しいものだ。安室はそれを女の子に渡す。


「ありがとう!お兄ちゃん!」


バイバーイ!と女の子は手を振って、お母さんと手を繋ぎ帰っていった。それをじ、と見つめる名前。その透き通る瞳には女の子のお母さんが写し出されていた。手、繋いでる…と。
名前は誰とも手を繋いだことがない。ジンもベルモットも。誰一人、手を繋ごうとしようとはしなかった。
「…。」と黙る名前に安室は彼女の名前を呼んだ。


「名前さんは何が欲しいんですか?」
「…これ。」


名前が指差したのは魚を咥えているクマのフィギュア。安室は再びちゃりんと小銭を入れてレバーを回した。青いカプセルが出てきた。名前はそれをじっとみる。
名前には何故安室がこうしてくれるのかわからない。


「お、これですよね。」
「!」


そこには魚をくわえたクマのフィギュアがあった。名前はパアと顔を明るくするとそれを受け取った。
目を輝かせる名前は嬉しそうにフィギュアを眺める。
安室も嬉しくなって…名前の頭を撫でた。
…は!!として安室はすぐに名前の頭から手を離した。名前は少し驚いたのか安室を見ている。


「す、すいません!つ、つい…。」
「…。」


き、気まずい…と安室は冷や汗を流しながらあはあはと苦笑いした。じーと見る名前は何かを思い出すように目線を斜め上に向けて言った。


「そういえば撫でられたことはあったな。」


ベルモットに。
それは幼い日、あの閉じ込められていた部屋で絵を描いていた時のこと。その日は珍しくベルモットが「暇でしょ?自由帳を持ってきたからお絵かきしてなさい。」と命令してきたので私は言う通りにしてクマの絵を描いていた。クレヨンで描いたその絵をベルモットに見せた。


「あら、上手ね。」


とベルモットは私の頭を撫でた。それがとても嬉しかった。
でも。
ビリビリと自由帳が破かれる。ジンが私の目の前で破っている。私はそれをただ見つめるだけ。クマのイラストも破かれた。別にショックでも何でもなかった。ああ、またかと思った。


「お前にこんなものは必要ない。」
「…。」
「仕事だ。行くぞ。」


ジンは無理やり私の腕を掴んで立たせて、部屋から出した。

ジンのことは嫌いじゃない。だってあれは組織の為にしたことだから。


名前は地面に転がっていたカプセルやフィギュアを鞄に入れた。
「ありがとうございます。」と安室に言うと立ち上がった。


「もう暗いですから一緒に帰りましょう。マンションも一緒ですし。」


二人ですぐ側にあった信号を待つ。赤信号だ。名前の隣には同じく信号待ちのイヤホンをつけた女性が立っている。
「名前さんは何を買ってたんですか?」と安室は口を開く。
すると名前の脳内に女性の死んだ遺体が流れてくる。
ああ…この人は20秒後死ぬのか。ぼんやりと思って…20秒経った。


大きな音を立てて車が名前の横を通り過ぎて女性にぶつかった。車は電柱にぶつかって止まった。
一瞬の出来事だった。


安室は急いで救急車に電話した。人が集まってくる。瞬く間に人集りができたそれを名前は見つめる。
未来は見えていたけど変える気もさらさらなかった。だってどうでもいい人間だから。
「大丈夫ですか!?」と安室は頭から血を流す女性に話しかける。名前は近づいた。それに気づいた安室は名前に言った。民間人に見せる訳にはいかない。


「名前さん、離れ」
「死んでるよ。」


名前は当たり前のように言い放った。淡々と。安室も気付いていた。即死だということに。
そして名前は続けた。


「運転手の方は生きてるよ。もう少しで救急車くるからその人を優先した方がいいかもね。」


名前は立ち去った。
その20秒後、救急車がやってきた。運転手は生きていた。

"人形"は特殊な"目"を持つらしい。それは未来が見える特別な"目"。育て方を間違えられ、まるで"人形"のようになってしまった。
それは彼女か、はたまた別の人物か。



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