06

「猫探し?」


毛利探偵事務所にて。小五郎、蘭、園子、名前、安室は集まる。園子は口を開く。
どうやら小五郎に猫を探して欲しいという依頼が来たのだが見つからず、名前や安室が呼ばれたらしい。
因みに蘭には弟がいるらしいのだが、風邪でお休みしている。
皆、猫の写真を配られる。白い色のよくいる猫だった。首には赤い首輪。
くだらない、さっさと帰ってしまおうと名前は話が終わると鞄を持って事務所を出ようした。その時、蘭は話しかけた。


「クマのキーホルダーつけてくれてるんだね!」


名前の鞄にはいつしか蘭から貰ったクマのキーホルダーがついてあった。それに気づいた蘭は嬉しそうに言った。


「ありがと、名前ちゃん!」


…名前呼び。じ、と名前は蘭の方を見る。蘭は「い、嫌だった?」と恐る恐る聞いた。名前はふい、と顔を逸らして言った。


「別に。」


照れ隠しなのか、本当にどうでもいいのか。表情が読み取りにくい。
「名前〜、帰るわよー。」と園子が呼ぶ。こっちも呼び捨て…。
名前は呼ばれたので、すたすたと園子のところへ向かった。
「僕もそろそろ上がりなので、お二人とも送りますね。」と安室もエプロンを取って下に行った。それを見ていた小五郎は呟いた。


「変わった友達だな。」
「まあねー。仲良くなれればいいんだけど…。」


ふう、蘭はため息をつく。

空は少しオレンジがかっていた。ポアロの外で名前と園子は安室が出てくるのを待つ。
相変わらず無口な彼女に園子はどうしたものか、と考えていた。
蘭は普通に話すし、普通に話そうという話になったけどこの子を目の前にすると何話せばいいのかわからない…。と困っていた。


「名前、あんた、なんかあったの?」
「…?」


何のことだろう、と名前は園子を見る。すると園子はビシッと彼女を指差した。


「いつも無言、返事もたまにしかしない。愛想もよくない。最初は転校したてで緊張してるのかと思ったけど違うんでしょ!」


ずばり、と言われて名前はきょとんとした。何か変だろうか、と。
今までそうやって生きてきた。何か間違っているだろうか。
「えと…、」と何を言えばいいのかわからない名前は黙った。
ぐるぐるり、なんて言えばいいの?なんて言えば正解なのか。
すると、つんと鎖骨あたりを突かれる。


「思ってることはっきり言っちゃいなさいよ!」
「…え?」
「さ!今なんて思ってる!?」


ずい、と園子が顔を近づける。
今思ってること?私、今なんてー…。
冷や汗を流す名前は恐る恐る口を開いた。言葉を待つ園子はじっと見つめた。


「…な、なんて言えばいいのか分からない。」


自分の気持ちも意思も。ずっと殺してきた。ジンにぬいぐるみを壊された時もベルモットに言うことを聞きなさいと言われた時も。
ずっと押し殺してきた。
そんな名前は自分の気持ちを言ったことがなかった。
するとガチャ、とポアロのドアが開いた。


「園子さん、無理はいけませんよ。」
「安室さん!」


さ、行きましょうと安室は微笑む。ほ、と難を逃れた名前は心の中で安心する。


「名前さんも。」
「?」
「頑張らないといけないですね。」


頑張る?何を?
「まあ、僕もなんですけどね。」と安室は小さく呟いた。
それから3人…特に園子だがよく話していた。名前はよく喋るな…と感心していた。
それから園子は分かれ道で家に帰っていった。「名前さんもこっちなんですね。」と安室は話しかける。しかし名前は無言。


「もしかしたら僕が住んでるマンションと近いのかもしれませんね。」
「…マンション。」
「はい、この通りを過ぎたら着きますよ。」


てくてくと二人は歩いていく。名前の住むマンションもこの通りを過ぎたら直ぐ。


「ぬいぐるみ、飾ってくれてますか?」
「は、はい。」
「それはよかった。嬉しいです。」


名前の部屋には数多くのクマのぬいぐるみがある。これは任務先で買ったり、ベルモットから貰ったものが多い。
すると、名前の脳内に20秒後の未来が見えた。彼女は安室の服を摘んで止まらせた。「名前さん?」と安室は首を傾げる。
ガシャン!と大きく音を立てて上から植木鉢が落ちてきた。近くの家から女性の「すいませーん!怪我ないですか!?」と大きな声が聞こえた。


「名前さん、ありがとうございます。よく分かりましたね。」
「いえ…。」


"目"のことは言えない。名前は手を離すとすたすたと前を歩いていった。
そんな彼女の背中を安室はじっと見つめていた。
…まさかな、と。

これは数日前の話。


「未来が見える目…ですか?」


車の中。ベルモットが助手席に座っている。
ベルモットが日本から離れ、安室のパートナーが一時的に変わるらしい。次のパートナーは誰ですか?と聞けば「変わった子よ。そうね…未来が見える目、といえば信じてくれるかしら。」と言われた。
SF小説の読みすぎかと思った。しかしそんな冗談をベルモットは言わない。
彼女によれば見えるのはほんの20秒程度先のこと。それでもこちらに有益な情報は沢山入ってくる。


「面白そうですね。」
「あら、信じるのね。」


車を発進させる。
面白そう、か。その"目"を捕まえれば状況はこちらに有利に働く。


「バーボン。残念だけどあの子は性格に難ありよ。」


僕は視線を前に向けたまま「どういうことですか?」と聞いた。
その"目"を待つ"人形"は幼い頃、小さな部屋で軟禁されていたらしい。そのせいか性格も感情も乏しい。
唯一動く時は組織の命令の時だけ。個人のお願いには動いてくれない。
まるで人形のようだ。そう、噂の"人形"。
どうやら育て方を間違えたのだとか。


「その子の生い立ちは…。」


その瞬間、こめかみに銃口を当てられる。「そこまでよ、バーボン。」企業秘密らしい。


「これ以上は話せないわ。…まあ、知りたいというなら彼女の口から聞くしかないわね。」


…女の子なんだ。わかりました、と言うと銃は下ろされた。
未来が見える目、感情の乏しい人形。


「ますます会ってみたいですね。」




「ここです。」
と名前が指差したのは安室が住むマンションと同じ建物。
一緒のマンションに住んでいるらしい。
これは驚いたと安室は言った。


「僕もこのマンションに住んでるんですよ。」
「え?」
「凄い偶然ですね。」


ニコリと安室は微笑む。
エレベーターのボタンを押すと「僕もその階です。」と言うので名前は驚いた。ここまで偶然が重なるとは…。
部屋は流石に隣同士ではなかった。3つ離れていた。


「それではこれで。何か困ったことがあったら言って下さいね。」


と安室は自室に入った。名前も部屋に入ると鞄を置いて、ベットに飾ってある一際大きなクマのぬいぐるみに抱きついた。ぬいぐるみからはジンに打たれた銃のせいで綿が沢山出ていた。「うー…。」と声を出す。ぎゅー、と抱きついて離さない。


「疲れたー…。あの人と話すと凄い疲れる…。」


あの人とは安室のこと。
なんでマンションも階まで一緒なんだろ…。
バタバタと足をばたつかせる。クマのぬいぐるみが好きな名前にとってこの時間は至福の時間。癒しの時間。


「はー…友達、作らなきゃだめかな…。」


どうせジンに壊されるのに。
作らなくてもいいと思っていた。でも今のままだと変な子だと思われそう。


「まいっか…今日は寝よう…おやすみなさい…。」


名前はぬいぐるみを抱きしめたまま眠ってしまった。



[*prev] [next#]