05

その日は大雨だった。ざあざあと音を立てる雨音。カーテンを開けると昼だというのに空は真っ暗だった。
今日は学校だ。けど休まないと。
ヴーとスマホが震える。毛利蘭からだ。昨日、喫茶店でメールアドレスを交換したのだ。『今日は学校に来ないの?お休み?』とメールが来ていた。名前は返事をしなかった。スマホを無視して彼女は黒いパーカーに着替える。帽子を被って鞄を肩にかける。鞄の中には一つの拳銃がある。
名前はマンションから出て電車を乗り継ぐ。着いたのは港。左から2つ目…と名前は倉庫の中に入る。そこにはジンとベルモットがいた。「よお、やっときたか。」とジンは言った。


「…女は?」
「まだ生きてるわ。」


ジンは先日亡くなった組織の裏切り者の娘がUSBを持っていてそれは処分したが、その娘をまだ人を殺したことのない名前に後始末をさせようとしていたのだ。
「なんだかんだ、貴方、後始末したことないでしょ?」ベルモットが名前の顎に手を添える。名前は表情を変えない。


「女はどこ?」
「こっちよ。」


かつんかつん、とベルモットのヒールが響く。その音で近づいてきたと分かったのか娘は震えた。娘は手足を縛られて、目は目隠しされていた。
名前はその娘を見て目を見開いた。加藤由紀だったからだ。
でも、だから何だというのだろうか。運がないな。別に友達でも大切な人でもない。どうでもいい、その他大勢と変わらない。


「銃は持ってきた?」
「うん。」


じゃあ殺して、ベルモットは言う。名前は鞄から拳銃を取り出す。加藤はガタガタと震える。それを冷たく見据える。そして名前は拳銃を加藤に向けて…その後ベルモットに向け、そのまま引き金を引いた。
パン、と銃声が倉庫に響き渡る。
銃弾はベルモットの横を通り過ぎ、倉庫のドアに隠れていた人物の肩を掠めた。


「警察が10人…いや11人。」


名前の透き通る瞳がドアを見据える。「はあ…やあね。」とベルモットは呟く。名前にヘルメットを被せるとベルモットは倉庫の中に置いてあったバイクに乗った。ジンも車に乗ると無理やりドアをこじ開けて走り去った。

名前の目は特別だ。透き通る瞳。光によって色を変える。
20秒後の未来が見えるのだ。先程も未来が見えたから警察の位置が分かった。これはとても貴重なもの。組織でもコードネーム持ちの一握りしか知らない。

ベルモットはバイクを走らせる。警察を撒かなくては。ベルモットは上手く車の間を抜けて道路を駆け抜けていく。次第にパトカーは見えなくなった。彼女は建物の影にバイクを止めて、名前を下ろした。


「じゃあ、ここで。パトカーはもう追ってこないと思うけど別行動。」
「なんで?」
「なんででも。」


貴方は組織の言うことだけ聞いてればいいのよ、ベルモットがそう言うと名前はわかったとすんなりと受け入れた。
何も不安はない。組織がそう言うのなら。それに従うだけ。
そして名前は人混みに消えていった。


警視庁、公安部。降谷はいた。部下から渡されたとある写真。そこには帽子を深く被った少女の姿が小さく写し出されていた。この写真では誰だかわからない。これは先程、組織がいた倉庫で撮られた写真だ。降谷に送られてきたのだ。
組織ではとある噂は密かに流れていた。
コードネーム持ちの一部が可愛がっているという"人形"の存在。その"人形"は特殊な"目"を持つらしい。その"目"がどんなものなのか分からない。はたまたその"人形"はどのようなものなのか。人間のことなのか、何かの道具なのか。
ベルモットは言っていた。


「その"人形"に会わせてあげるわ。」


そのうちね、と。いつだろうか。ベルモットの気まぐれか、しかしそんな機密情報、軽く教えて貰えるわけがない。
会わせてあげる、これはその"人形"が人間だと言うことを表している。
容姿、性格、秘密、全てが気になる。そして警察側に協力してほしい。いや、協力させる。この日本の為に。
この写真の少女、見たことがない。部下が新しい人物がいた、と報告があり送られてきたのだが…。
この子は一体…?
簡単に"人形"と合わせてはいけない。慎重にならなくては。
組織用のスマホが震える。メールだ。ベルモットからだ。
降谷は慣れた手つきでメールを開く。


『後始末よろしく。』


僕もそろそろ現場に行くか。





次の日、空は晴れだった。「今日は加藤さんはお休みですね。」と先生は言った。
…あの後どうなったのだろうか。殺されたのだろうか。
名前はぼんやりと思っていた。殺し損ねた、と。
隙を見て殺すか。組織の命令だから。


「え?加藤さんの家ですか?」


HRが終わった後、名前は先生に「…加藤さんの家はどこですか?」と聞いた。先生は紙に地図を書いて名前に渡した。
意外とすんなり貰えたな、と思った。すると先生は「学校はどう?」と聞いてきた。


「慣れてきた?」
「…。」
「友達、沢山できるといいわね。」


名前は何も答えなかった。「住所ありがとうございます。」ただそれだけ言った。彼女が席に戻ると先生は「不思議な子ね…。」と呟いた。
放課後、名前は地図を持って加藤の家に来ていた。学生鞄の中には教科書の混ざって拳銃が入っている。ピンポーンとインターフォンを鳴らす。
そういえば、家の前にトラックがある。
ガチャと玄関が開く。


「あ!苗字さん!」


加藤は名前が組織の人間だと気づいていないらしい。入って入って、とリビングに招き入れる。リビングには荷物をまとめた段ボールが幾つもあった。
…?引っ越すのだろうか?
名前の視線に気づいた加藤は「あ!」と口を開いた。


「うん、引っ越すの。」
「…どうして?」
「…お母さんがここは危険だって。だから遠いところにお引越し。」


誘拐のことだろうか。引っ越される前に殺さないと。
名前は鞄から拳銃を取り出そうとした、その時。
ピンポーン、とインターフォンが鳴った。加藤は「はーい!」と玄関に向かった。名前はソファに座ったまま。
玄関からは「はい!上がって大丈夫ですよ!」と声が聞こえる。誰か来たらしい。


「失礼します。…ご友人も来てらしたんですね。」


名前は横目で声がした方を見る。警察だ。きっと誘拐の話を聞きにきたのだろう。


「気にしないでください!苗字さん、ごめんね。」
「…。」


「では昨日起こったことですが…。」と警察は口を開く。
殺すのは諦めるか。元々、USBを持っていたから誘拐され、そのついでに殺す予定だったのだから。
名前は鞄を持って立ち上がった。「苗字さん、帰るの?」と加藤が言う。名前は返事をしないで玄関に向かった。ドアに手をかけると加藤はニコリとして言った。


「また会おうね!」


それは殺してくれということ?
名前は少し止まって、しかしすぐにドアを開けて家から出た。がしゃんとドアが閉まると加藤はうーん、と呟いた。


「変わった子だなあ。」





「甘さ控えめのシフォンケーキです。」


数日後、名前は蘭と園子に連れられてポアロに来ていた。何でも蘭が用があるらしい、とのこと。
しかし、その前に。安室は生クリームの乗ったシフォンケーキを名前の前に出した。思わず青ざめる名前はじ、と安室を見る。安室はにこ、と微笑んで言った。


「リベンジです。」
「?」
「梓さんから甘いものは苦手と聞いたので。甘さ控えめのスイーツを作ってみました。」


食べろ、ということらしい。正直食べたくないな…と思う名前は早く用を済まして帰りたい。
フォークを持って恐る恐るケーキを口に入れる。


「…甘い…。」


甘かった。いや、確かに甘さ控えめで食べやすいのだが、食に興味のない名前には甘かった。
うーん、腕を組む安室は考える。


「じゃあ次こそ名前さんに気に入ってもらえるように頑張りますね!」
「え?…いや…。」


そんなことしなくていいです、と言いたい名前だったが言えなかった。
「そろそろ事務所いこっか。」と蘭は言う。そう、用は事務所にあるのだ。
…探偵、と心の中で呟く名前。
……探偵も嫌いだ。警察と一緒で私達を捕まえようとしている。
どうして?世界の為に存在している私達を、何故捕まえようとしているの?



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