また会いにいくね

パパはきらいだ。いつもいつも帰りがおそくてママをかなしませるから。
ママはそれでもパパのことだいすきって言うけど本当はきらいなんだ。

僕がなんとかしないと。


「ねえ…。」
ぺちぺちと名前の頬に触れる男の子は彼女が起きているか確認していた。しかしぐっすりと夢の中。それが分かると男の子は体を捻って顔を近づけた。もう少しでキスする、というところで何かに防がれた。大きな手が邪魔してきたのだ。
降谷だ。
名前を真ん中に左には男の子、右には降谷がいる。降谷はじとーと男の子を睨むと言った。


「…何してんだ。」
「べつに。」
「油断も隙もあったもんじゃないな。」
「……。」


降谷はぐるり、と名前の向きを変えて自分の方へ向かせるように動かした。ぎゅっと抱きしめると「おい!」と男の子が怒った。


「僕のお姉ちゃんになにすんだ!」
「大きな声出すな。起きるだろ。」
「うっ、」


すー…とぐっすり寝ている彼女は起きる気配がない。よかった、と降谷は彼女の柔らかい頬を優しく撫でた。掌、指、手の甲、とすりすりと撫でていく。
……幸せだ、幸せと思うのに…彼女の後ろからあいつが睨んできて浸れない。


「…だからきらいなんだ。」
「?なんか言ったか?」
「ふん、」


…こいつ、起きたら叩き出す。



「ふ、二人とも、自分で食べられるよ…。」
朝起きて皆で朝食を食べている…のだが、名前を挟んで男二人がばちばちと火花を飛ばしている。あーん、と降谷が肉じゃがを彼女の口元に運ぶが、ぱくりと男の子に食べられた。…殺す、と降谷は睨む。


「そういえば、」
「?」
「まだおはようのキスしてなかったな。」
「!?」


降谷は驚く彼女の顎を掴んでぐいと自分の方に向かせて口を塞いだ。ちゅ、と一度触れるだけのキスすると少し離れてすぐにまたキスした。離れることのないそれに名前は顔を赤くして目を瞑った。


「ーーっ!」


ぐ、と降谷は彼女に少し体重をかけて、唇が触れる面積が広くなる。名前の背中を反るが、降谷が離れないように彼女の背中に腕を回して抱きしめる。いつもならすぐ離れるのに、名前は思いっきり彼の胸板を押すが、びくともしない。

(い、嫌だけど…ひ、引っ叩く…!)

名前は涙目の目を開いて、ちらりと男の子を見た。男の子は顔を真っ赤にして固まっている。
こんな幼い子の前で何してるんだ…!と彼女は怒っていた。ふるふると手を浮かして彼の頬を叩こうとしたが、そんなことしたことがないのでどうすればいいのか分からない。
すると、ぱし、と手を取られて、そのまま力強く引っ張られたので唇が離された。男の子だ。男の子は大きな目に涙をいっぱい溜めて叫んだ。


「マ、ママをいじめるな!!!」


………は?と降谷は名前を抱きしめたまま固まった。名前も、え?と驚いている。
しかし、興奮した男の子はぽかぽかと降谷の肩を殴る。


「ママをいじめるな!はなせ!!」
「マ、ママ?」
「………名前?」


どういうことだ、と降谷は彼女をじとーと睨む。え、え?どういうこと?と名前は青ざめて降谷と男の子を交互に見る。わああんと男の子は未だに降谷を殴る。


「誰との子供?」
「いや、あの、」
「へー、今から僕とも子作りしようか。」
「無理!無理無理!」


ぎゃー!と名前は悲鳴を上げた。




「で、ママってどういうだ。」


その後、名前は全力で嫌がって難を逃れた。むす、と逃げられた不機嫌な降谷はソファで腕を組んで不満を体で表していた。しかも、未来の嫁が知らない男の子にママ呼ばわりされた。名前は彼の隣に座って…ど、どうしようと男の子を心配そうに見ている。


「……。」
「言え。」
「ちょ、零君。優しく、」
「黙って。」


おろおろとしている名前に降谷は苛立ちを抑えられなくて、冷たく男の子を睨んだ。
男の子はというと、不味いことを言ってしまった…と青ざめて正座していた。


「……僕はパパのこときらいだもん。」
「そのパパって誰?」
「…。」


男の子は右から左、左から右へと目を泳がせる。
そんな様子を見ていた降谷は眉を顰めて、「早く。」と急かした。
ずっと大切にしていた彼女が他の男に取られた。しかも子供まで作っている。ああ…気が狂いそう。


「…。」


男の子はふるふると手を震わしながら、前を指さした。
…?と降谷は左右を見るが、右に名前がいるだけでもちろん他はいない。
というか自分以外が男がここに居るわけない。
暫く経って自分だと気づいた降谷は思わず…は?と気の抜けた声を出した。


「いや、え??」
「…だから、お前。」


理解するのに30秒。チクタクと時計の針が進む。


「……は??」


…僕の子供?と降谷は混乱していた。
いやいや、そりゃ彼女と結婚するし、子供は欲しいなとは思っていたけど。ちゃんとそこら辺はしっかりしてたし、もしかして出来てた…?
それはそれで嬉しい。


「…零君、なんか勘違いしてません?」
「してない。」


じとーと名前は変なことを考えている降谷を見つめる。
冷静に考えれば彼女が妊娠していたらすぐにわかる。


「つまり、君は私達の…子供?」
「う、うん…。」
「信じられない…。」


目を丸める名前の胸に気まずい空気に耐えきれなくなったのか、男の子が顔を埋める。よしよしと名前が宥めるように頭を撫でる。
男の子曰く、自分は降谷達の未来の息子で。とある目的でここに来たらしい。


「未来からやってきた…うーん、そんな漫画みたいな…。」


と言っても彼女自身未来が見えるから何とも言えない。左目は失明しているが。


「ま、ママ、信じてくれないの?」


わっ!と泣き出す男の子に「ち、違うよ!」と焦ってギュッと抱きしめる。
…確かに目の色が同じだ。もしかしたらこの子も未来が見えてしまう…?と思った名前は男の子の頬に手を添えて心配そうに言った。


「…未来見えちゃったりする?」


そうなってしまえば母親や自分のように波乱な人生が待っている。そしたらあの心優しい母親のようにこの子を守りぬく。


「?見えないよ。」
「…はあ、そっか…よかった…。」
「??」


心底安心したように名前は脱力した。


「で、何の為に来たの?」
「そ、それは…。」


もごもごと濁らす男の子は名前の腕の中から降谷をキッと睨んだ。


「こいつと別れさせるため!!」
「…へ?」
「…は?」


ぽかんとする二人に男の子は言う。なんで実の父と母を別れさせようとするのか。


「だって!ママはこいつのせいで毎日かなしんでるもん!」
「け、喧嘩でもしたの?」
「してない!けど…。」


うう…と男の子は再び名前の胸に埋まった。いい加減離れろと降谷は男の子の襟を掴んで名前から離した。


「わー!なにすんだ!さわるな!」
「お前が俺の彼女に触るな。」
「ちょ、零君…。」


そして今度は降谷が彼女を抱きしめて、しっしと男の子に向かって手を振る。何とも大人気ない。
別れろとか離れろとか、父親に言う言葉ではない。


「そもそも、僕達が別れたらお前は生まれないんだぞ。」
「あ!!!」


そうだった!と男の子は今気づいた。まあ、別れるつもりはないけどな、と降谷は付け足す。


「分かったから帰れ。」
「や、やだ!」







という訳で男の子は名前と出かけたいと言った。いつの日か少年探偵団達と来たショッピングモールの屋上で仮面ヤイバーのショーを見ている。「いけー!」と目を輝かせる男の子に名前も楽しそう。しかし、降谷はコーラを飲みながらつまらなそうにする。安室透だったら楽しそうにするんだろうな…と名前は密かに思っていた。


「ねー!ママ楽しかった?」
「うん、楽しかったよ。」


ショーが終わって名前と男の子は手を繋いで歩く。周りにも親子連れが多く、子供は楽しそうに親と話している。

そういえば、昔に歩美ちゃんに「楽しい?」って聞かれたら全然って答えちゃったんだよね。…悪いことをした…。

とげんなりしていると「あ、」と男の子の声が聞こえた。


「わ、」


名前の左から人やってきてぶつかってしまった。左の視界は見えないので気づかなかった。名前は慌ててごめんなさい、と謝った。人が去っていくと男の子は口を開いた。


「ねえ、なんでママは左目がみえないの?」


きっと未来の自分もこの子に言ってないのだろう。


「聞くとママはいつもわらうだけなの。」


なんでだろうねって。
どうしよう、と名前は黙ってしまった。


「僕のせいだよ。」


するとふと降谷は言った。彼は笑ってもなくて微笑んでもなくて、淡々と言った。
左目が見えない彼女の天罰だ。人を殺し、傷つけ、その代償だ。
だから、名前はすぐに否定しようしたが、降谷の話は終わらなかった。


「僕を守る為に失明した。…でも、ママは僕を責めてないし、自分自身のせいだと思ってる。僕のせいなのにね。」
「れ、零く、」
「それでもママは僕のことが好きだよ。」


男の子の母親譲りの透き通る瞳が揺らいだ。


「う、うそだ…。」
「?」
「パパはママのことなんてすきじゃない!」


男の子はそう叫んで涙をこぼした。初めて降谷のことをパパと呼んだ。
なんでそう頑なに父親を嫌うのか、未来で何をしたと言うんだ。
「ねえ、」名前は男の子を抱きしめた。


「未来で何があったの?教えて、お願い。」
「ぱ、パパいつもかえりがおそくて…。」


風呂の時言っていた父親像。帰りが遅い父親。きっと他にも原因があるだろう、しかし。


「ママは寂しそう?」
「うん…。」
「…そうだね、寂しいよ。」


その言葉に男の子は顔を上げて「そうでしょ!ね、わかれよ!」と必死に名前に言う。


「でもね、ママはパパが大好きよ。」
「…っ」
「ずっとずーっと大好き。これは未来でも変わらない。」
「…未来なんて分からないよ。」


そう、未来なんて左目ではもう見えない。あの事件が終わった後、もう何年も未来なんて見ていない、どうやって見えるのだろうか。名前は一瞬悲しそうな表情をしてすぐににこりと微笑んだ。


「そうだね、もう見えない。」


降谷は口を開かなかった。


「でもこんなに可愛くて優しい息子ができるんだね。」
「そ、それは、」
「これだけは信じて。きっと未来の私は悲しんでいるかもしれない。でもそれでもパパのことが大好き。ずっと大好き。」
「…。」
「パパの帰りは今も遅いけど待つのも寂しいけど、会えた時凄く嬉しいの。」


彼女は男の子の額に優しいキスをした。顔を真っ赤にする男の子はぐすぐすと泣き始めた。
「……わかった、」と男の子はママの服を掴む。


「僕もうかえる。」
「…そっか。」
「もうあえなくなる。…僕、ママのこと大好き。」
「うん、ありがとう。ママも大好き。また会おうね。」
「うん!」


男の子はするりと名前の腕から抜けると笑顔で涙を拭きながらバイバイと手を振って走り出した。
少し離れるとくるりと二人の方を向いた。


「パパなんてだいきらい!!だけどすき!!」


いーっと歯を出すと男の子は楽しそうに人混みに消えた。


ふっと名前は笑って男の子が見えなくなるまで手を振った。降谷はそんな未来の嫁の肩を抱いてはあ…と呆れたように溜息を吐いた。


「可愛い息子ですね。」
「…全くだ。」


否定しない降谷に名前はもたれかかった。


「パパはあの子のこと好き?」
「…聞くな。」


そういえば、あの子の名前、結局聞いてなかったな。
まあいっか、未来でパパと一緒に考えよう。



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