こんにちは、でも初めましてじゃないよ

零君から頑張って許してもらったバイト帰り。小さなカフェのバイトで、3人の女の先輩が優しく教えてくれている。
…男の人がいるところは許してくれなかったんだよね。何度彼に「ここのバイトはいいですか?」と聞いたことやら…。
思い出すだけで疲れる。…嬉しいけど。

…寒いなあ、と名前はマフラーに手を当てる。でも帰ったら勉強しなきゃ。
鞄の中のスマホが震えた。蘭からだ。スマホを開くと『バイトお疲れ様!』と書かれてあった。
蘭と園子からよく勉強を教えてもらっている。後、大学生活がどういうものか、も。頑張らないと。

(ありがとう!今週末も勉強教えてくれる?…と、)

ポチポチの返事を打っていく。スマホを閉じてとあるショーケースに犬用の小さなケーキが並んでいるのを見つけた。ピンクに水色、茶色。ハロに何か買っていくか…と名前はうーん、と悩みながら眺めていた。

するとくいくいと白いスカートの裾が引っ張られた。ん?と振り向けば知らない男の子がいた。金髪に透き通るような綺麗な目。小学1年生くらいだろうか。じーと見つめると男の子はにこと笑って口を開いた。


「ねえ!」




ガチャガチャと鍵の開く音に降谷はそろそろ帰ってきたかな、と夕飯を作る手を止めて玄関に向かった。「おかえりなさ、」と彼はぴたりと固まった。
名前の腕の中には知らない男の子がいた。
ま、まさか…。と嫌な方に考えてしまう。真っ青なった降谷に名前は苦笑いして言った。


「隠し子でも何でもないですよ。この子は迷子です。」
「あ、そ、そうだよな…。」


男の子は降谷を見るとぷいと顔を逸らして名前の首に腕を回して抱きついた。


「なっ…!」
「僕、この人嫌い。」


離れろ…!降谷は男の子を名前から離そうした。しかし、男の子はぐいぐいと彼女にひっつく。
しかも嫌いとな。会ったばかりなのに何てこと言うんだ。


「僕の彼女から離れろ…!」
「やだー。」


そろそろ靴脱ぎたい…と名前は思っていた。
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を視界の端に入れて名前はやっとリビングに入った。男の子をソファに座らせると屈んで目線を合わせた。すると男の子はニコニコした。
名前には心を許しているけど降谷のことは嫌らしい。


「ママとパパは?」
「…。」
「お家わかる?」
「……。」


何も応えてくれない。うーん、困ったと名前は顎に手を当てた。きっとご両親も心配している筈。
男の子には怪我はない。事件に巻き込まれたわけでもなさそうだし…。


「お姉ちゃん。」
「ん?」


因みに降谷は名前の後ろに立ってじとーと男の子を見ている。不機嫌だ。


「ちゅーして。」
「いいよ。」
「!だめだめだめ!!」


降谷は焦って男の子に顔を近づける名前を抱きしめた。じりじりと男の子から距離を取る彼はがるる…と睨んだ。人の大切な彼女に何言ってんだ。


「…零君、相手はちっちゃい子なんですから。」
「それでもだめ。」


頑なな彼氏に名前ははいはい、と片手で頭を撫でた。その様子をじっと見つめていた男の子が今度は不機嫌になった。ソファから立ち上がって名前の足にしがみつくと「だっこして!」と甘えてきた。
僕の彼女に触るな…とずももと睨む降谷だが、男の子は知らん顔。名前は構わず男の子を抱っこする。


「えへへ。」


男の子は嬉しそうにはにかむと名前の頬にキスした。だいすきー、と言いながら。
「ん、ありがとう。」と名前はにこりと言うと降谷は袖でキスされた彼女の頬をごしごしと拭いた。


「じゃますんなよ!」
「人の嫁に何してんだ。」


嫁って…まだ結婚してないし、と顔を赤くした名前は言おうとしたが黙った。降谷は男の子の首根っこを掴んで再びソファに座らせると、不機嫌そうに眉を顰めた。ぷんぷんと怒っている男の子。
わー…男の子って零君に何となく似てるなあと思った名前。


「嫁…。」
「そうだ、彼女は僕の嫁。昨日の夜はお前が想像できないくら」
「わー!何こんなちっちゃい子に言おうとしてるんですか!」


ストップストップ!と名前は顔を真っ赤にして降谷の口を塞いだ。?と首を傾げる男の子はよく分かっていないようだった。


「ねえ、お姉ちゃん。」
「な、何?」
「この人とわかれて。」
「……へ?」


ビシィと男の子は降谷を指さした。別れるわけないと降谷は名前を後ろから抱きしめた。
うーん、と名前は困ったように微笑んで優しく言った。


「私は零君の事大好きだから、別れる気はないよ。」
「僕だってお姉ちゃんのことだいすきだもん。お姉ちゃんは僕のこときらい?」
「好きだよ。」
「ちょ、ちょっと!」


何他の男に好きとか言ってるんだ!浮気!と叫ぶ降谷は名前の肩を掴んでがくがくと揺らした。
「お、落ち着いて、零君…。」と真っ青になると降谷はやっと手を離した。やりすぎた。


「…兎に角、お前!人の嫁口説く前に名前くらい教えろ。僕が親を探してやる。」
「…やだ。」


かちんときた。降谷は青筋立てながらピクピクしている。
それを見てやばい…と思った名前は「ね、お願い。」と男の子に言うと少しの沈黙の後、口を小さく開いた。


「………ふるや。」
「降谷?下の名前は?」
「……。」


同じ苗字なんだ、けど下の名前は教えてくれない。
「その人とわかれてくれるならおしえる。」と言われたので諦めた。
ここに来る前、男の子は名前によく「かれしいる?けっこんしてる?」と聞いていた。
……私、こんな幼い子に何したんだろ。思い当たる節がない。


「わかれるまで僕ここにいる。」
「別れるつもりも予定もないから帰れ。」
「零君。…ママとパパが心配するよ。」


ね?と名前は男の子の頭を優しく撫でる。嫉妬しないわけではない降谷は我慢していた。あまり大人気ないことはしたくない。


「…ママ。」
「うん。ママきっと探してるよ。」
「…パパきらい。」
「?どうして?」
「ママのこときずつけるから。」


…?と名前はどういう意味だろう、と黙った。
するとぐぅーと男の子のお腹の音が鳴った。顔を赤くする男の子に名前は優しくご飯食べよっかと言うと頷いてくれた。


「零君のご飯は凄く美味しいんだよ。」
「えー。」



「ねえ、お姉ちゃん。いっしょにおふろはいろ!」
ぺたぺたと足音を立てて男の子は皿洗いをしている名前について行く。それを降谷が許してくれるはずもなく、ぐっと男の子の首根っこを掴んだ。ぷらーんとぶら下がる男の子ははなせー!とジタバタ暴れる。


「いい加減帰れ。」
「ふんっ、」


ぷいとそっぽ向く男の子に、降谷はすたすたと脱衣所に向かった。
「れ、零君、私別に一緒に入っていいけど…。」と名前が言うが無視。


「やだーー!!ママー!!」


ぎゃあぎゃあと男の子が半泣きでぽかぽかと降谷を叩く。一方、降谷は男の子の服を脱がせようする。早く脱げ。そして帰れ。


「そのママのところに帰りたいなら大人しく風呂に入れ。」
「うっ、」
「…その反応、本当は家の場所知ってるな?」
「…。」


男の子はだらだらと冷や汗を流して大人しくなった。「し、しらないもん!」と男の子はそっぽを向くが降谷は騙されない。
キイ…と小さくドアが開く。名前は心配になってやってきたのだ。


「!お姉ちゃん!」
「私も一緒に入ろうか…?」
「だめ、名前はリビングにいて。」


そして服を着たままの降谷は男の子を担いで風呂に入っていった。
「もうやめてよー!」と抗議する男の子の頭をわしゃわしゃと洗う降谷は黙っていた。
なんでこの子はここまで自分達に別れろと言うのか。本気で彼女に惚れている?いやいやまさか。


「なあ、お前好きな子いないのか?」
「いるもん、お姉ちゃん!」
「…僕の嫁以外で。」
「……ママ。」


男の子は小さく言った。なんだただのマザコンか、と降谷はシャワーからお湯を出してばさーと男の子の泡を流す。


「…パパのどんなとこ嫌い?」
「ぜんぶ。」
「例えば。」
「帰りがおそいとこ。ママいつもさびしがってる。」
「ふーん?」


上手くいってない両親なのか…?いや、こんな幼い子供の言う事だ、マザコンだしこの年の男の子は父親がうざったいだろう。
気が向いたら帰るだろう、と降谷はシャワーを止めた。


「お姉ちゃんすきー。」
抱きついて彼女の胸に顔を埋める男の子を名前はよしよしと撫でる。因みに彼女の後ろから降谷が抱きしめている。男の子の額に手を当てて、離れろと力を入れる。しかし男の子は反抗する。


「がぶ、」
「!!!」


あろう事か男の子は降谷の手に噛み付いた。ギリギリと強くすると降谷は離せ…!と睨んだ。


「噛み付いたらダメだよ。」
「!うっ、ごめんなさい。」
「零君大丈夫ですか?」
「…名前が舐めたら治る。」
「ばか。」


「じゃあ、寝よっか。」と名前は男の子を抱き抱えて寝室に行く。え、一緒に寝るのか?と思わず降谷がそんな表情をすると名前は「当たり前です。」と言い切る。


「どこで寝かせるつもりだったんですか。」
「…。」
「零君も一緒に寝るんですよ。」
「……。」


男の子がめっちゃ降谷のことを睨んでる。



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