ずっと側にいるよ
彼女には行きたいところがあった。何となくそれは分かっていた。
空は快晴だった。気持ちいいそよ風が髪を乗せる。
墓地で彼女は花を添えた。そして小さな声で「ごめんなさい。」と手を合わせた。
後ろ姿では分からなかったが、きっと泣いているのだろう。
ここは彼女達の墓。名前を守る為に戦ってくれて命を落とした勇敢な戦士がいた。
太田と田所、村井の3人。
彼女が手を合わせてからどれくらい時間が経っただろう。動こうとしなかった。
これでは彼女達が報われない。
きっと死んでしまった仲間達も同じことを思っている。側にいてやれなくてごめんね、と。
「…名前、そろそろ行こう。」
そう言うと彼女は立ち上がってこくりと小さく頷いた。
生き残った人間は何があっても前を向いて歩かなくちゃいけない。
*
死んだ人間は生き返らない。死んだら死んだままなのだ。死後の世界なんて誰も知らない。
なのに、私は死のうとした。
絶対にママやお兄ちゃん、お姉ちゃん…そしてパパと会えると、また一緒に過ごせると思っていたから。
そんな確証、どこにもないのに。
組織にいる時、よく"目"を酷使し過ぎて熱を出していた。誰も看病してくれなくて寂しかった。
でも、誰かが手を握ってくれていた。目を開ければそこには誰もいなかった。
当時は気のせいかな、勘違いかなと思ってた。
「…名前、大丈夫か?」
今、私は熱を出している。"目"を使ったわけではない。ただの熱だ。疲れが溜まったのだろう、と零君は言う。
彼は私の手を握ってくれていた。
きっと幼い頃から側にいてくれたのは彼だ、と思っている。
そんなはずないのにね。
「…うん、大丈夫。」
私は薬を飲んで目を閉じた。
お化けは嫌いだ。よくわからないけど、とても怖いから。だって皆怖いでしょ?見えない何かが側にいたら。
夜、喉が乾いたなと目を覚ました。手が暖かくて、零君は握ってくれてると思ったけど、彼はいなかった。あれ、お仕事かな。だけど、代わりにいたのは、
『名前。』
私と同じ髪色、瞳を持った女性だった。
女性は心配そうにこちらを見ている。
「…ママ。」
『ごめんね、側にいてやれなくて。』
お化けは…苦手だ。だって、私の意志に関係なく側にいるから。
どうして謝るの?ママが謝ることなんてないのに、そう言いたかったけど声が出せない。
『もう平気?』
ああ、そうか。
涙が溢れてベットを濡らす。
私達は、死んでも生きていてもそんなの関係ない。ずっと強い繋がりで側にいてくれた。
あの狭い窮屈な部屋で一人ぼっちだと思っていたけど、皆いてくれんだね。
ママの側にはお兄ちゃんとお姉ちゃん達がこちら見ていた。
皆、私を嫌っていなかった。零君の言った通りだ。怒ってなかった。
私はなんて恵まれているんだろう。
『…もうね、会えないの。』
ママはまたごめんね、と言った。皆の姿が消えかかってる。そっか、未練がなくなったんだね。ごめんね、私のせいで。もう楽になっていいよ。
でもね、最後に、お願いがあるの。私は泣きながら笑顔になって言った。
「…ママ、大好きって言って。」
ごめんねじゃなくて大好きって言って欲しい。するとママは綺麗な目からキラキラと光る大粒の涙を溢した。
お兄ちゃんもお姉ちゃんも泣いていた。泣かないで、私は皆の笑顔が大好きだから。
ありがとう、ずっと側にいてくれて。
ママは消える腕でベットに横たわっている私を抱きしめてくれた。
暖かくはなかった。でも心は凄く暖かかった。ずっとこうしていたい、でもお別れだ。
『大好きよ、名前。』
だから幸せに生きてね。
そう言って家族は消えていった。涙が止まらなかった。
お化けが嫌いだなんて言ってごめんなさい。
側にいてくれてありがとう。
私は沢山の人に救われた。
この命は大切しないと。
次の日、目が覚めるとママ達はいなかった。でももう泣いてはいけない。また心配させてしまうから。
ああ、そうか。
あそこに行かないと。
スマホを見ると零君はやっぱりお仕事に行っていた。公安のお仕事だ。
私は黄色のワンピースを着て外に出た。もうあの真っ黒なパーカーは着ない。捨てたの。組織の洗脳が解けたから。
来たのは太田さん達のお墓の前。私の腕の中には小さなクマのぬいぐるみ。そっとそれを墓石の前に置く。
私が買ったんだよ、凄く可愛いでしょ。大切なものだから3人にあげるね。
「私はもう大丈夫です。だから…助けてくれてありがとうございます。」
もう寂しいからって泣かない。私のせいで死んだって言い訳して泣かない。
ごめんねで終わるよりありがとうで終わりたい。
名前は手を合わせた後、その場を去った。
だから彼女は知らない。
後ろで安心したように微笑んだ3人の勇敢な戦士の姿を。
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