エピローグ

「あむ、」
「零。」
「ふるやさ、」
「零。」
「……れ、れい…くん、」
「何?」


安室さん…いや降谷さん、じゃなくて零君は頑なだった。私が名前を呼ぶまで不機嫌だった、零君と呼べば笑顔になってくれた。ぎゅっと抱きしめられた。
ここは彼の懐かしい部屋で。とても暖かい匂いが充満している。
これからはずっとここにいていいのだ。嬉しくて涙が出そうになる。

組織は壊滅した、と零君から聞いた。それを聞いた時は私は何とも言えない気持ちになった。

嘘でも偽りでも一緒にいてくれた組織の人間達。ああ、思い出すのはやめよう。


「ね、ねえ、零くん…流石に恥ずかしいから降谷さん呼びがいいです…。」


"安室さん"はもういない。でも私の心の中にはいて。きっと零君の心の中にも"人形"の私がいるだろう。
彼は私の頬をふにふにと弄りながら言った。


「ダメ。」
「な、なんで?」
「名前も降谷になるんだから。」


その言葉の意味が分かって心臓がドキドキする。彼と出会ってから何度も心臓がドキドキと煩い。それは昔から変わらなくて少し嬉しかった。

あの時、零君の愛に答えたあの夜。どうしても忘れられたくなくて半ば自暴自棄だった。どうすれば彼の心に居させてくれるのか考えた。
あの時の言葉に嘘はない、と言えば嘘になるだろう。
確かに当時の私は沖矢さんが好きだった。でもそれ以上に零君が好きで、好きで仕方なくて。
彼がいないと私は生きていけない。

零君は"安室さん"みたいに敬語じゃないし、さん付けでもなかった。今まで気を使ってくれてたのかな?と思うとちょっぴり悲しい。
後、少し我儘だ。頑固だし。


「…何考えてる?」
「んーん?何でもないです。」
「嘘。」


また不機嫌になった。私はぎゅーと抱きしめ返すが零君はムッと拗ねたままだ。


「零君のこと考えてた。」
「具体的に。」
「ええ…。」


小さな子供か。身長は高いけど。私はちゅ、と零君の唇にキスをした。機嫌直して。
すると彼ははあ、とため息をついた後、眉を下げて…でも嬉しそうに微笑んだ。お、少し良くなった。


「あの、本当に結婚するんですか?」
「勿論。…え、しないと思ってた?」
「い、いや、いつするのかなーって…。」
「来週かな。」


早すぎてびっくりした。え?私まだ20歳なんですけど。
施設を出たらやりたいことは沢山あった。あの人達に謝って、あの人達と再会して、それから…。


「え?大学に行きたい?」
「はい。」


もっと色んなことを学びたい。だから施設でも沢山勉強してきた。大丈夫です、学費は自分でバイトして稼ぎますと言うと「ダメ。」と即答された。なんで?と聞けば強く抱きしめられて彼の大きな胸板に頬をくっつける。


「バイトしたら男がいるだろ。」
「え?いや、でも、」
「僕が出すから。」
「いやいや、流石にそこまで甘えられないです。」
「絶対ダメ。」


彼はやっぱり頑なだった。そういえば昔、束縛したいって言ってたなあ、としみじみと思う。あれ、その後も何か言ってた気がする。変わったような変わってないような彼に何となく安心した。


「兎に角、バイト探します。」
「僕が許すと思う?」
「こっそりします。」
「必ず見つけて…そうだな、鎖と手錠どっちがいい?」
「…は?」


何の話だ、と理解するのに数秒かかった。「因みに僕は鎖派。」と言うので、ああそういえば、と思い出した。

"束縛だってしたいし、叶うことなら鎖で繋いでずっと閉じ込めたい。"

零君の独占欲は凄いなあ、と他人事のように感心する。


「そうだな…名前にはちゃんと僕のものだって分からせないとな。」


今夜は楽しみだね、そう言う零君はとても楽しそうだった。色々と察した私は…げ、と顔を変えた。



「んっ、うっ…、」
甘いものは大嫌いだ。甘くて甘くて吐き気がする。あの日を思い出すから。あの血塗れの日を。

夜、ベットに押し倒されて縫い付けられる。3年間触れることの出来なかったその期間を埋めるように抱き合う。お互い離れたくなくて。
体温が、優しさがとても気持ちいい。

口の中がとても甘い。


「名前、言って。」


キスしていた顔を少し離して至近距離で零君は言う。彼の頬が微かに赤い。
私は荒い呼吸を飲みながら言った。


「すき、だいすき、」
「…っ、僕も。」


零君はとても嬉しそうだった。私も嬉しくなって彼を抱きしめる。

でも今は大好きだ。特に零君がくれる甘いものは。
とても暖かくてポカポカする。

きっとこれが幸せというものなんだ。

私は目を瞑って幸せに浸った。



[*prev] [next#]