52

安室は息を切らして公園に来ていた。彼女の姿はなく、代わりにいたのは…。


「田所…。」


左胸を撃たれて絶命していた田所だった。安室は彼女の目に右手を当てて閉じさせた。戦ってくれてありがとう、と。

悲しむ暇なんてない、彼女を探さなければ。

安室は徐にスマホを取り出した。そこには名前からのメールがあった。

『黙って出て行ってしまってごめんなさい。安室さんのこと大好きです。でももう会えないです。』

さようなら。
そのメール見た瞬間、彼女に危機が迫っているこど悟って公安の彼女達に連絡した。死んでも名前さんを守れ、と。

雨が降り始める。ああ、天気予報なんて見ていない。



「俺達も暇じゃない。」
ジンは言った。いつまでもお前の相手はしていられないと。…奇遇だね、私もだよ。早くお前達を殺してあの世に行きたい。
すると、ザッザとジンの後ろからもう一人やってきた。


「忘れたとは言わせない。ここまで思い出しておいて。」


男の声がした。私はその男に聞き覚えがある。思わず「ま、まさか…、」と声を漏らした。
そんな筈はない、組織の人間に殺された筈だ。銃を構えている手が震える。違う、他人の空似だ。でも、この声は…。
暗闇から見知った顔が出てくる。


「お、お父さん…。」


その男はかつて幼い名前の頭を撫で抱きしめていた父親だった。


「後は任せたぞ。」
「はい。」


ジンは闇に消えた。まさか父親が現れるとは思わなかった名前は青ざめていた。


「な、なんで、お父さん、」
「大きくなったな、名前。」
「…。」


殺さないと、殺さないと。こいつだって組織の人間だ。
思い出すのは懐かしい記憶。

『ねー、パパ。パパはママのどこが好き?』
『そうだなー、全部好きだよ。』
『名前のことは?』
『勿論!大好きだよ。』

あの時、ママを好きだと言ったのも私のことを大好きと言ったのも全部嘘だ。
撫でてくれた温もりも抱きしめてくれた暖かさも全部偽りだ。
殺さないと。引き金を引こうとするが指先に力が入らない。


「久しぶりに会ったのに喜んでくれないのか、名前は。」
「煩い!ママのことなんて私達のことなんて何とも思ってないくせに!」
「ははっ、そうだなあ。組織に命令されて結婚したからな。」


男は軽々しく言った。聞きたくなかった、そんな言葉。
雨が酷くなる。涙のように頬に伝う。
愛なんてなかった。偽物の愛情だった。
殺さないと、家族が報われない。視界が霞むのは雨のせいか、涙のせいか。


「じゃあな、名前。」


男は余裕の笑みで名前に銃口を向けた。パンと音がして太田は反射的に名前の前に出た。
名前の視界が赤く染まる。目を見開く名前は倒れる太田を揺さぶった。


「いやあ!太田さん!太田さん!」
「に、逃げ…、」


そして再び銃声が鳴る。太田の背中から血が噴き出る。死んだ、と理解するのにそんなに時間は掛からなかった。
私のせいで人が死んでいく。ママもお兄ちゃんもお姉ちゃんも。田所さんも村井さんも太田さんも。
どうして?私が何をしたっていうの?罰なの?
"目"を持って生まれてきてしまった罪なの?
この"目"で人を殺してきたから。

たまに思うんだ。自分は特別な子だって。皆、"目"を欲してる。それは分かってた。組織の人間も警察も、安室さんも。
悲しくて虚しくて…でも嬉しかった。
特別であり続けたいと思ったこともある。

でも。
この"目"のせいで死ぬ人がいる。ならば私が死んだ方が死なない人はいる。幸せに暮らしていける人がいる。

それでいいじゃないか。もう死なせてくれ。

なんでだろう、まだ40分経ってない筈なのに左目がずきずきと痛む。視界も悪くなってきた。

これは天罰だ。

男が名前の目の前まで歩いてくる。
大雨が降る空は暗く、その顔はよく見えない。けど名前は見ていた。名前の瞳は濁り、光を宿していない。


「…パ、パ。」


その言葉に父親の銃を持つ右手はピクリと反応した。しかし、すぐに名前の額に銃口を当てた。さようならと。

やっと、天国のところにいる家族の元へ帰れる、そう心に思った時、父親の右手が弾けた。血飛沫が名前の顔にかかる。


「はあ、はあ…!」
「お前…!バーボン…!」


安室が銃で男の右手を撃ったのだ。もし、周りに組織の人間がいて見られでもしたら全てが終わりになるのに。
名前は左目に力を入れる。ドクン、と心臓が高鳴る。
体が熱くなる。


「ノックか…!」
「…、貴方は父親失格だ。」


そして安室は再び銃の引き金を引いた。パン、と弾ける父親の右胸。どさりと父親が地面に倒れる。それを名前はじっと見つめる。
安室はゆっくりと名前に近づき、「心配しましたよ。」と言った。しかし、彼女には届いていないかずっと父親を見ていた。
そして、名前は安室を突き飛ばした。


「な、何を…!」


と安室が下がると男が辛うじて動ける右腕を上げて名前に発砲した。彼女は避ける気はなかった。だって…

ガン、と男が放った銃弾は別の銃弾に当たり軌道を変え地面に刺さった。

ライが、赤井がとあるビルの部屋の中からスコープでこちらを見ていた。
そのスコープからは名前が父親に側に近づく様子が見て取れる。


「…こ、こまでか。」
「…私達に言う事ある?」


ママとお兄ちゃんとお姉ちゃんに。


「…ないな、」
「そう。」


もうじきこいつも死ぬな…。地面を叩く雨音が煩い。


「で、も…、」
「…。」
「…楽しかったなあ…。」


そしてパパは小さく微笑んで息を引き取った。
そうだね、私も楽しかった。もし生まれ変わったらまた一緒にいられるかな、いたいな。でもね、もう遅いよ、そんなこと言ったって。ママとお兄ちゃんとお姉ちゃんがいる天国に、私達みたいな人殺しはいけないの。

名前は持っていた太田の拳銃をこめかみに当てた。
そして安室の方を向いて、笑顔で言った。


「ごめんね、安室さん。」


パン、と名前は躊躇わず拳銃の引き金を引いた。


夢を見た。とても暖かい走馬灯。
その日は初めて家族全員で外に出た。私が生まれた記念だそうだ。無限に広がる原っぱで大きな木が聳え立っている。空はとても明るくて陽だまりがポカポカと暖かい。きっと春だ。
お兄ちゃんとお姉ちゃん達は皆で笑いながらボール遊びをしている。
赤ん坊だった私はママの腕の中で甘えている。でもお兄ちゃんやお姉ちゃんみたいに歩いて走って遊びたいなあ。


「あらあら、名前。ぐっすりね。」
「寝る子は育つっていうからなあ。」
「ふふ、そうね。」


ママもパパも眠った私の頭を撫でてくれる。優しいなあ、暖かいなあ。ずっとこうしていたいなあ。


でもね、無理なの。私は暗闇を歩いていた。ああ、地獄かあと思うのに全然悲しくなかった。パパはどこに行ったかな、と当たりをキョロキョロするがどこにもいない。そっか、先に行ったのかな。

きゃはは、あはは、と子供の笑い声がする。

なんだろう、見てみると幼い5人の子供達がボール遊びをしていた。そこだけ明るくて、いいなあ、と私はなんとなくそこに向かった。


「ねえ、名前も混ぜて!」


小さな、幼い私はそう言うと5人のお兄ちゃんとお姉ちゃんは笑顔でいいよ!と私を手を引いてくれた。
一緒に遊ぼうって言ってくれた。


「名前。」
「!ママ!」


私はママのところへ行こうとした。だけど来ちゃダメって言うの。どうして?

涙が溢れる。なんで?私頑張ったんだよ。こんなに変われたんだよ。
やっと"人形"から抜け出せたのに。やっぱり、皆を殺したこと怒ってるよね。

皆と同じところに行きたいのに。


『名前さん。』


ふと大好きな人の声が聞こえた。私は辺りを見回すけどその人はいない。
側にいたお兄ちゃんとお姉ちゃんはママのところへ行ってしまう。待って、私も行きたい、皆のところへ行きたい。
手を伸ばすけど全く届かなくて、私は走って家族のところへ行った。



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