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甘いものは大好きだ。とても美味しくて、沢山食べたくなる。

組織という小さな籠の中で私達家族は幸せに暮らしていた。ママとパパ、5人のお兄ちゃんとお姉ちゃん、そして末っ子の私。

籠の中は小さかった。それでもよかった。とても暖かかったから。

白い壁にカウンター式のキッチン、茶色の木でできたテーブルと椅子。壁には子供達が描いた絵が飾られていて、床にはおもちゃが散乱している。かいじゅうのぬいぐるみ、うさぎのぬいぐるみ、色とりどりの積み木。


「昔々、あるところにお爺さんとお婆さんがいました。」


優しいママはよく寝る前に絵本を読み聞かせてくれた。ママが好きなのは日本の絵本。
ママは日本という国で生まれたらしい。私も行ってみたいなあって言うとママは微笑んで「いつか家族皆で旅行に行こうね。」って言ってくれた。

だからなのか、ママはよく私達に日本語を教えてくれた。

でも、組織の人と話す時は英語でね、日本語で話しちゃダメよって言うの。なんでだろう?

パパは正直よく知らない。いつもお仕事に出かけていて家に帰ってくることは少なかった。でもパパも大好き。帰ってきたら頭を撫でて抱きしめてくれるから。きっとお仕事が忙しいんだ。

ママは、組織のことをよくこう言っていた。

「組織はね、とてもいいところなの。確かに…外に出られないし、不便に思うことはあるけど…安心して暮らせる。パパとも出会えたしね。」

私はママの言うことに頷いた。そうだよね、一人だったママを引き取ってくれたんだもん。いいところ。

組織の人は、私が生まれたら凄く喜んでくれたみたい。未来が見えるからって。それだけ?と私は思った。
でもこれはきっと神様からの贈り物なんだ。


「ハッピーバースデー!名前!」


パーンとクラッカーが鳴り響く。ママとパパ、お兄ちゃんお姉ちゃんが椅子に座って私の3才の誕生日を祝ってくれる。

この日のせいで私の人生は大きく変わることになる。

美味しいフルーツケーキ、チョコレート、ドーナツ、沢山のお菓子がテーブルに並んでいる。わあ、美味しそう!ママがケーキ作ったんだって!嬉しいなあ。

ぱくぱくと皆でお菓子を食べて楽しく会話する。今日はクマのイラストを描いたの、お兄ちゃんが意地悪するの、お姉ちゃんはとても優しいんだよ。
ママは笑って、パパは「プレゼントだよ。」って大きな赤い包みに入った箱を渡してくれた。中には前から欲しいと思っていたアニメの女の子が持ってる魔法の杖。
お兄ちゃんもお姉ちゃんもプレゼントをくれた。皆で隠れて作ったんだよ、出てきたのは大きな大きなクマのぬいぐるみ。
ママは頬にキスしてくれてぎゅっと抱きしめた後、緑の袋に入っていた袋を渡してくれた。なんだろう、とワクワクと開ける。
ママはお外になかなか出られないからベルモットに買ってきてもらったんだって。

中からでできたのは黒い拳銃だった。

なんだろう、これ、分からなかった私はそれを手に取った。ずっしりと重かった。
お兄ちゃんはかっこいい!俺も欲しいって言ってたけど、ママの表情は強張っていた。


コンコンとドアがノックされる。


そのドアは子供の私達が出てはいけないドア。ママとパパしか出入りしちゃいけないんだって。


「はあい、名前。楽しんでる?」


入ってきたのはベルモットだった。彼女は手をひらひらさせていた。私は笑顔で「うん!楽しいよ!」とベルモットに近づいた。ベルモットは屈んで言った。


「そのピストルはね、こうやって使うのよ。」


そういって家族の方に向かせて、私の手に自分の手を添えたまま引き金を引いた。
一瞬だった。前にいたお兄ちゃんの右胸から赤い液体が噴き出た。
きゃー!とお姉ちゃん達の叫ぶ声。ママは青ざめていた。


「べ、ベルモット?」
「大丈夫、鬼ごっこよ。赤いのは苺ジャム。皆ね、名前を驚かせようとしてるのよ。」
「そうなんだ!」


そして、ベルモットは私の手を添えて次々とピストルの引き金を引いた。パン、パンと次々とお兄ちゃんお姉ちゃんから苺ジャムが出てくる。

そして部屋は苺ジャムでいっぱいになった。お兄ちゃんお姉ちゃんが逃げていたせいで椅子は倒れていた。


「ねえねえ、お兄ちゃん、お姉ちゃん。」


私は倒れたお兄ちゃんを揺さぶるが起きない。どうしたんだろう。ねえ、遊ぼうよ、死んだフリしないで。
私の顔にも苺ジャムはついていた。とても生暖かった。
そしてベルモットは言ったんだ。


「名前、いい子ね。」


それから私はお兄ちゃんとお姉ちゃんに会っていない。
口の中は甘い甘いチョコレートの味がした。





「嘘だ!!!」
私は叫んだ。私はやってない、殺してない。だって、殺したのは…お前なのだから!ベルモットは肩にかかっていた髪をふわりと風に靡かせると言った。


「さあ、お喋りもここまで。折角ここまで生きてこられたのにね。馬鹿な子…大人しく"人形"のふりをしておけばよかったのに。」


そして、パンと銃声が鳴り響いた。その時、グッと何かぶつかって体勢を崩した。地面に倒れ込むと「うっ…。」と聞き慣れた声がした。


「た、田所さん、」
「大丈夫?名前ちゃん。」


なんで、こんなところに。田所さんは立ち上がってベルモットに銃を向けた。彼女の左腕から血が流れている。私を庇って撃たれたのだ。私は青ざめる。


「貴方は誰?」
「教える必要はない。私は彼女を助けるために来たの。」
「そう。」


そして田所さんは迷わず発砲した。ベルモットは「ふふ、」と微笑みながら公園の木の後ろに隠れた。
田所さんは私だけに聞こえる声で言った。
「名前ちゃん、逃げて。公園の外で先輩が車の中で待ってる。」だけど、そしたら田所さんは…と迷っていると強い口調で「早く!」と叫ばれた。私は思わず公園の外に駆けつけた。足元に銃弾が撃たれて砂が舞い上がる。

公園の外では見たことのある車があった。「こっちよ!」と太田さんがドアを開ける。私は乗り込むと、彼女に訴えた。田所さんを待たないと。


「あの子なら大丈夫よ。銃の使い方は私より上手だから。」
「で、でも…。」


そして太田さんは車を発進させた。
田所さん!と私は車から彼女を見る。しかし彼女はこちらに気づかない。
太田さんは誰かに電話していた。


「村井、苗字さんを保護したわ。ええ、そのまま尾行してて。」


村井さん…?私を、組織を恨んでいるのに?彼がいるの?
ぴ、と太田さんが通話に切ると私は身を乗り出した。


「お、下ろして!太田さん、もう皆を巻き込むわけにはいかないの!」
「ダメよ、これは彼の命令よ。」
「か、彼…?」
「分からない?降谷さんよ。」


あ、安室さんが…?するとスマホがヴーと鳴った。メールだ。キャンティからだ。震える指先でメールを開く。『こいつ、お前の仲間か?』そのメッセージに私は額から汗が流れる。添付されてあった写真に映っていたのは頭から血を流す村井さんの姿。
思わず、私はドアのロックを外して車から出た。巻き込むわけにはいかないの。大切な人達を。


「どこに行くの!?」


太田さんが追いかけようとするが突如、車のフロントガラスが割れた。その音に気づいた私は運転席に座っている太田さんの側に駆け寄る。あいつだ。あいつしかいない。逃げないと。ドクドクと心臓が鳴る。


「随分と派手にやったな。」
「ジン…。」


私は太田さんの腰にあった銃を手に取って彼に向けた。
ぽつり、ぽつりと雨が降り始める。


「ベルモットがやった女…そしてキャンティから殺した男。警察だな。」
「だったらなんだって言うの。」
「何を話した。」
「…教えない。」


ベルモットがやった…?まさか田所さんも…。私の家族だけではなく、大切な人までも…!許さない…!今ここで…!
未来が切り替わる。遠くのビルの上から誰か…いやコルンだ、私の右肩を狙っている。
素早く避けるが肩をかすめてしまった。
私はベルモットに会う前から左目で未来を見ている。まだ大丈夫だ。使える。


「その"目"厄介だな。」
「…。」
「持続時間は20分だったな。」


そろそろか、ジンは言う。組織は知らない私の"目"の範囲が広がったことを。40分は使えることを。

『気をつけて。今回はまだギリギリ初期で助かったけど、失明する恐れがある。最悪、熱が上がりすぎて…』

とある日、警察医の言葉を思い出す。
死ぬかもしれない。そうだ、死ぬんだ。

でも、ライは言ったんだ。条件があると。


「絶対無理はするな。」
「…。」
「死のうと思うな。絶対彼の元に帰れ。」


私は彼の目を見て「わかった。」それだけ言った。

ごめんね、その条件に従う気はないの。最初から。


家族が私を待ってるから。



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