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「この子が例の子?」
ここは工藤邸。ベットで寝かされる名前は気を失っていた。ジョディは彼女の頭を優しく撫でる。

名前を助けたのはFBIの面子だった。赤井が離れたビルからジンの肩をライフルで撃ち、ジョディがマンション全体の電気を消し、キャメルが名前を連れ去った。

キャメルもジョディも彼女のことは赤井から聞いていた。
名前の肩は包帯が巻かれていた。


「そうだ、組織に軟禁されていた"人形"だ。」


信じられないわね…ジョディは呟いた。しかしそれは事実だ。
赤井は名前を見ながらタバコに火をつけた。


「ボウヤ、よく彼女があのマンションにいるとわかったな。」
「あはは、」


愚問だったな。
コナンが名前につけた発信器のお陰だ。
「これからどうするの?」とコナンは言った。もう彼女は組織の人間ではない、このまましておけば口封じのために殺しにくるだろう。
そうだな…と赤井は目を閉じて言った。


「返すよ。」


彼も心配しているだろう。


夕方、名前は目を覚ました。肩がずきずきと痛む。ここは…どこだろう、と目を開けると知らない景色。ジンに撃たれて…その後のことはよく覚えていない。


「起きたか?」
「!ら、ライ…!」


その声に名前は驚いて上体を上げる。ライ…どうしてここに?なんで?聞きたいことは沢山あった。ずきん、と肩が痛んで顔を歪める。


「まだ寝ていろ。」
「…どうして私を助けたの?」


名前はライが組織を恨んでいるのではないか、何故"人形"の私を助けたのか、不思議でならなかった。
するとポン、と布団の上にスマホを置かれた。名前のだ。


「彼に連絡しておけ。」
「…。」
「心配している。」


しかし、名前は何も話さなかった。何も言わずに出て行ってしまった。今更どう連絡を取ればいいのか。

きっと安室さんは私を探している。

…。名前は黙ったまま首を横に振った。


「じゃあ、どこに行くんだ。」
「…。」
「お前の帰る場所は、」
「家族のところ。」


その言葉に赤井は黙った。
そうか、思い出したか…そうすればあのことも。
兄姉を殺した犯人も。
しかし、名前はまだ知らなかった。


「お母さんはジンに殺されたの。」
「…そうか。」
「…私も行かなくちゃ…。」


行ってはいけない、そこはあの世だ、赤井はそう言いたかったが、どう声をかければいいのか分からず黙ってしまった。
「でも、死ねない。」と名前は話を続ける。


「家族の仇を打たなきゃ。」
「だめだ。」
「!な、なんで!」


君はこれ以上組織に関わってはいけない。
「ライに…私の何がわかるの…。」名前はライを睨んで、ベットから立ち上がった。足元がフラフラしている。この家から出るつもりだ。赤井は彼女の腕を強く掴んだ。離して、と名前は振り解こうとするが敵わない。


「どこに行くつもりだ。」
「分かってるでしょ、ジンのところだよ。」
「だめだ、行かせない。」
「、離してよ!邪魔しないで!」


名前は掴まれていない方で手で赤井の頬を引っ叩いた。ぱしん、と乾いた音が鳴り響く。「あ…。」とやってしまった、と名前は大人しくなった。


「ご、ごめんなさい。」
「落ち着いたか?」
「…。」


部屋から出て行こうとしない彼女を見て、赤井は手を離した。
「とりあえずここで休んでいろ。気が向いたら彼の元に帰るといい。」そう言って部屋から出ようとした、その時、くい、と服を引っ張られた。振り向くと名前は俯いたまま、赤井の服を掴んでいる。


「…協力してほしいの。」




夜20時。
『ただいま電話に出ることができません…』
機械的なアナウンスがスマホから流れる。何度も何度も名前さんに電話しても繋がらない。舌打ちしてスマホを切る。焦る気持ちばかり先立ってしまう。どこにいる、町中走り回ったがどこにもいない。
こんな広い世界で小さな彼女を見つけるのは至難の技だ。

もしかして仕事に行った?いや、そしたら事前に教えてくれるはずだ。

思い出すのは彼女の明るい笑顔。


「くそ…。」


前髪をくしゃりと握る。なんで、メールも連絡先も全て消したんだ。さよならと言っているようなものじゃないか。
まだ、教えなきゃいけないことは沢山ある。
君のことも、暖かさも、人の温もりも。

ぐずぐずしてられない、探さないと。と、足を早めようと来た時、ヴーとスマホが鳴った。ジンからだ。
…名前さんじゃなかった。
こんな時に…と愚痴をこぼしたくなるのを押さえて、ピ、と通話ボタンを押す。何ですか?と。


『"人形"が組織を裏切った。』


…は?と声をおもわず出してしまう。
裏切った?そもそも彼女はジンのところへ行った?何故?


『その様子、お前のところにもいないようだな。見つけたら迷わず殺せ。』
「…待って下さい。何がどうなっているんですか。」


ドクドクと心臓が鳴る。そんな、まさか…。嫌な想像をしてしまう。

ジンは言った。彼女の世話役が変わって次は彼だと。
"人形"は感情も意思も、記憶を取り戻しつつある。あれは失敗作だ。
殺せ。

ぷつん、と通話が切られる。

公安はこの国の為に生きている。
組織を壊滅させる為には手段を選ばない。
自分の命も仲間の命も、そして"人形"の命でさえ、失わなければならない。

…彼女を探さなければ。

それは安室として?降谷として?…それともバーボンとして?

そして彼は闇に消えた。




名前はとある公園にいた。街頭だけが光るそこには彼女しか立っていなかった。スマホの通話履歴には『安室さん』の文字。それを見て名前はスマホを閉じた。時計は20時25分を表示していた。
じゃりじゃりと足音が聞こえる。


「あら、本当にいるのね。」
「…ベルモット。」


名前は暗闇から出てきたベルモットをゆっくり見て睨んだ。ジンが来ると思って、彼にメールでここに来るようにと言ったのに。
キイ…と左目で未来を見つつ警戒する。離れたところに仲間はいない。…一人で来たのか。
ベルモットの右手には拳銃があった。
名前は何も持っていない。


「話をしに来たの。」
「偶然ね、私もよ。」


ふふ、とベルモットは不敵な笑みを浮かべる。その様子に名前は目を細める。


「お母さんを殺したのはジンでしょ。」
「そうよ。」
「お父さんも…お兄ちゃんやお姉ちゃん達を殺したのは誰?」
「ふふ、あははっ!」


なんで笑う、答えろ、と名前は叫んだ。しかし、ベルモットは笑うばかりで答えない。そして、銃を名前に向かって構えた。


「そうね、お別れの記念に教えてあげるわ。」



「…協力してほしいの。」
私の言葉の後、ライは黙った。そして暫く黙り込んだ後、「内容による。」それだけ言った。
彼が大人しく協力してくれるとは思えない。


「…家族の仇を打ちたい。」
「だめだ。」
「、い、嫌だ!お願い!」


私はライの腕を掴む。
私一人じゃ何も出来ない、せめて組織の人間を道連れに地獄に叩き落としたい。そう言うとライは眉を顰めた。


「馬鹿なことを考えるな。」
「な、なんで!?私の気持ち考えてよ!」
「彼の気持ちも考えろ。」
「…!」


彼、安室さんのことだ。…私は黙ってライから手を離した。
私はどうすればいい?家族の仇を取れずに、どうしろって言うの?
安室さんだって、私の気持ち分かってくれる筈。家族の、仲間の仇を取りたいってそんなにいけないことなの?


「…まあ、こちらにも条件がある。」


そしてライは言った。


私は迷わずその条件を飲んだ。




「確かに貴方の母親を殺したのはジンよ。彼女は本当に馬鹿だったわ。何でもかんでも組織の言うことを聞いて。」
「…お母さんを馬鹿にしないで。」


私を組織から連れ出してくれた優しいお母さんを。
「でも、もっと馬鹿なのは貴方、名前よ。」とベルモットは続けた。


「まだ兄姉が組織の人間に殺されたと思っているの?可哀想な子。」
「…?どういうこと?」
「まあ、確かに組織の人間ね。今は元、だけど。」


元…?ライのこと?いや、彼がそんなことする筈もない。
待って、嫌な予感がする。
オークションのあの日、断片的な記憶を思い出したあの時。ベルモットはこう言った。

『名前、いい子ね。』

あれは何に対して言ったの?


「自分でも薄々気付いているんじゃない?"人形"。」
「…その名前で呼ぶのはやめて。」


精一杯、名前はベルモットを睨む。後ろに回していた右手首につけてある時計型麻酔銃を開く。コナンから預かったのだ。貸してほしいと。彼はこう言いながら貸してくれた。

絶対帰ってきてね。

…私は頷いた。ありがとう、と。


「…。」
「"人形"、あの時の貴方はとても楽しそうだったわよ。」
「…何が言いたいの。」


そしてベルモットは言ったんだ。


「兄姉を殺したのは貴方よ!"人形"!」


パン、銃声が鳴り響いた。



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