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「ん、…名前さん?」


目が覚めると隣で寝ていたはずの愛しい彼女はいなかった。トイレかな、お風呂かな、と眠い頭を叩き起こす。服を着て、寝室を出て探すが何処にもいない。
…何処に行った?
遊びに行った?こんな朝早く?スマホを見ると8時だった。
メールしよう電話しよう、と連絡帳を開く…が何処にも彼女の番号はなかった。
ドクン、と嫌な音がする。
通話履歴もメールボックスも見ても彼女からのメッセージは全て消されていた。

まるで彼女の存在を消すかのように。

急いで玄関に行くと彼女の靴はなかった。
僕は広い世界に出て、彼女を探しに行った。




「バーボンとの生活はどうだった。」
目の前でタバコを吸うジンにシングルベッドに座っている"人形"は何も答えなかった。
喉が冷たい。いや、空気はとても冷たい。
ああ、"人形"の生活ってこんなものだっけ、頭の隅でそう思う。


「答えろ。」
「…聞いてどうするの?」


精一杯の反抗だった。
どうせ、私に興味ないくせに。あるのはこの"目"のくせに。
すると、ジンはがっと勢いよく名前の首を掴んだ。押されてベット倒れこんだ。
名前は顔を歪めて苦しそうにした。やめて、とジンの腕を掴んだ、


「以前のお前はもっと"人形"らしかったんだがな。」
「うっ…くるし、」
「何故、このタイミングで世話役が俺になったか教えてやろう。」


昨日の夜、遊園地から帰っている"人形"を見た、とジンは言った。
見られていた、思わず名前は青ざめる。
大切なものが見つかった。蘭も園子も、皆、壊される…!

守らないと。


「お前に大切なものなんて必要ない。お前は世界の為に生きろ。」


ぐ、とジンは"人形"の首を締める手の力を強くした。
「…だ。」名前は力を振り絞りながら言った。


「嫌だ…!誰が…誰がお前達の人形になるか!!」


名前は自分でも何を言っているのか分からなかった。ただ、がむしゃらに叫んだ。
大切な人達を守る為に、壊させない為に初めてジンに歯向かった。
バタバタと足をばたつかせる。しかし、ジンの力が強くて逃げることができない。いや逃げるつもりはなかった、こいつを殺すと思っていた。


「っ、てめえ…!」
「私はもう人形じゃない!おかしいのはお前達だ!」
「お前…!あいつみたいなことを言いやがって。」


そしてジンは言った。

お前の母親と同じことを。

その瞬間、名前は固まった。
私の…お母さん…?違う、私にはお母さんがいない。いないんだ。

その反応を見たジンは口が滑った、と舌打ちした。


「そうだな、これを聞けばお前も大人しく元の"人形"に戻るだろう。」


そして"人形"の母親について話し始めた。

とある国の小さな田舎町にその娘はいた。その娘はとても綺麗な透き通る瞳を持っていた。村人達は神様からの贈り物だ、と小さなその娘を可愛がった。
しかし、その娘はその頃からおかしいことを言う。

「あのことりさん、食べられちゃうんだね。」
「ねえ、この後雨降るよ。」

未来が見えていた。しかし、両親は娘を責めず、優しく接していた。村人達もその子を暖かく迎え入れた。

未来が見える子と周りが気付き始めたのはその5年後だった。
娘は11歳だった。普通の子供のように学校に行き、友達と遊び、楽しく暮らしていた。

そんな彼女の"目"の話は徐々に広がり、たまたま通りかかったジンの耳にも入ってきた。

そして、ジンは彼女の両親を銃で射殺。娘を誘拐した。
娘には両親は事故死した、俺が代わりに面倒を見る、と言って。

娘は頭が悪かった。ジンの言うことを素直に聞き入れて組織で暮らし、大きくなった。
そこで出会った男と恋に落ち結婚し、5人の子供に恵まれた。
いつも娘は「幸せだ。ジンに会えてよかった。」と言っていた。

6人目の子供が生まれた。その赤ん坊は女の子だった。しかし、他の兄姉とは違う特徴を持っていた。
母親から受け継がれたであろう透き通る"目"を持っていた。他の兄姉は父親譲りで持っていなかった。母親はとても喜んだ。これで組織に恩を返せると。

しかしそれは地獄の始まりだった。

真っ赤に染まる家族が暮らした部屋、倒れた椅子、テーブルの上にお菓子が乗った皿。そして散らばる"目"を持たない兄姉の死体。

母親はその時、組織がおかしいところだと気付き、3歳になった娘を連れて組織から逃げ出した。

「ひどい!いいところだと、優しいところだと思っていたのに!」

母親は組織を泣きながら罵った。

逃げ切った母親は山奥にあるとても小さな集落に身を潜めた。
しかし、すぐに組織の人間が見つかってしまい、母親は殺された。
使えなくなった母親の"目"は無残にも抜き取られ闇の世界に売り払われた。



それを聞いた名前は言葉を失った。手がかたかたと震える。
そんな、お母さんが…。いやきっと嘘だ。そんなわけない。ジンが素直に本当のことを話すわけがない。
冷や汗を流しながら名前は睨みつけた。


「オークションで会っただろう、母親に。」
「!」


あの、少女の"目"のことだ。名前はすぐに分かった。
きっとあの時。あの"目"を奪い去る時お母さんはこう言いたかったんだ。

逃げて。


「どうだ、もうお前に逃げ道はない。大人しく…、」


ぎり、と名前はジンの腕を強く握った。
許せない、お母さんを殺された。そしてお兄ちゃんもお姉ちゃんも。皆…皆、組織に殺された!!


「うわああ!!許さない!殺す!殺してやる!!」


名前は思い切りジンの腹を蹴り飛ばした。涙が溢れて視界が歪むが関係ない。
落ちていたフルーツナイフを手に取る。
組織全員、殺してやる…!

そう思っていた時だった。
ジンは持っていた銃で名前の肩を撃った。

床に血飛沫が飛び散る。あまりの痛さに名前は撃たれた箇所に手を当てながらジンを睨んだ。カランとナイフを落とす。


「どうだ、今の言葉を訂正すれば今回だけは見逃してやる。」
「…。」


お母さん、お父さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん。私どうしたらいいの?あいつを殺したい、でももう死ぬしかないのかな…。
もうね、"人形"として生きたくないの。安室さんのところに帰りたいの。
叶わないよね…。

名前は黙ったまま目を閉じた。


「そうか。」


ジンは冷たく言い放った。そして名前の心臓を狙いを定める。

パリン!

ガラス張りの窓が割れた。その音と共にジンの肩に何か掠った。血が流れる。
名前は何だろう、何が起こった?と目を開けた時、フッと電気が消えた。
ダンとドアが開く音がした思ったら体が宙に浮く。

ああ、死んだのかな。

名前は目を閉じて思った。

お母さん達のところへ行ける、と。



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