03

「いらっしゃいませー!」


喫茶ポアロ。平日の夕方、年寄りや若者が訪れる。安室透と榎本梓は笑顔で迎え入れる。がやがやと賑わう店内で二人はあくせくしながら働く。少し手が空いて、「今日はお客さんが多いですね。」と話していると、榎本梓は思い出したように言った。


「そういえば、蘭ちゃん達が新しいお友達連れてきたんですよ。」
「?へえ。」
「凄く目の色が綺麗で!透き通る感じで!…それは兎も角、でもその子、甘いものが苦手だったみたいで苺のパンケーキ残しちゃったんです。」


申し訳ないことしたなあ、と榎本梓は洗い物をする。
苺のパンケーキは安室透が考案したもので、レシピも彼が考えた。甘さ控えめのスイーツを考えるのも必要かな…と思案させているとカランカランとドアのベルが鳴る。
「いらっしゃいま」、せ、と言おうとした二人は目が点になった。それもその筈だ。毛利蘭と鈴木園子が二人で名前の腕を引っ張ってポアロに入ってきていたのだ。
痺れを切らした鈴木園子が叫んだ。


「いーいーかーら!黙って入りなさいよー!」



これは数時間前、学校にて。
「お願いがあるの!」と髪をゆるふわに巻いた女子に話しかけられた。彼女の名前は加藤由紀。両手を合わせてとある事をお願いしてきた。
加藤の目の前にはたまたま名前の横を通り過ぎようとしていた毛利蘭と鈴木園子、とたまたま本を読んで席に座っていた名前。勿論、名前は自分の事ではないと思い無視。
「わ、私たち?」暫くの沈黙の後、口を開いたのは毛利蘭だった。


「そう〜!由紀ね、凄い困ってるの〜!助けて、3人共!」


ふわふわとする話し方に目が点になる二人。というか3人…?と首を傾げる二人は加藤は「勿論!苗字さんも!」と笑顔で言うので思わず名前は本から目線を外して「え?」と言った。

詳しいことはポアロで、という話になり、放課後4人でポアロに来たのだが、面倒事に巻き込まれたくない、巻き込まれないようにと組織の人間から言われている名前は何度も帰ろうとしていた。
やっとポアロに入ると「いらっしゃいませ。」と安室がやってきた。その瞬間、加藤の目が見開いた。


「きゃー!安室さんだよね!かっこいい…!」


一瞬で惚れた。
安室は女子高生の間で人気者だ。加藤も名前は聞いてはいたが、忙しく会ったのは初めてだ。
しかし、安室は慣れたものなのかにこりと微笑んで「ありがとうございます。」と言った。加藤からはハートが出まくっている。
…あの子かな。
安室が視界に入れたのはこちらを見向きもしないで水を飲んでいる名前だった。
目が水の入ったグラスに反射して光り、何とも言えない色をしていた。
話を切り出したのは勿論毛利蘭。


「そ、それでお願いって?」
「そう!お父さんの形見を探して欲しいの!」


加藤が言うには、亡くなった父の形見探し。父親の生前、1週間程前、父親と買い物に行っていた時、ポケットから狸柄の小さな巾着を落とした。それを知らない女子高生に拾われた。
父親はそれからそれを探してくるとしょっちゅう出かけていたらしい。
父の大切なもの、どうしても探し出して欲しい、と。
中身はわからないが、家でたまたま見たときは親指くらいの大きさの黒いプラスチックの何かだった。


「本当はね!毛利さんのお父さんに頼もうと思ったんだけど…お母さんに相談したらそんな暇はない!って怒られちゃって…私のお母さん、厳しいから…。」
「でしたら僕が受けましょうか?」


ニコニコと話に入ってきたの安室透。流石の加藤も「いや!でもお金ないし…。」と遠慮していたが、「お金は取りませんよ。」と言われ恥ずかしそうに黙った。


「ていうか、どうしても私達に頼んだの?」
「えー?だってだって、この前町で殴り合ってたでしょ?何かあったら由紀のこと守ってくれるかなーって!」


それを聞いた安室は「へえ、凄いですね。蘭さんと対等にやり合うなんて。」と感心していた。
しかし、名前はちらりと安室を見て「は、はあ…。」と小さく返事をしただけ。するとむにーと鈴木園子に頬をつねられた。


「あんたねえ、ちょっとは愛想よくできないの!?」
「園子、苗字さんは緊張してるんだから。」



「では二手に分かれて探しましょうか。」
丁度安室もシフトを上がる予定でそのまま5人はポアロを出た。毛利蘭と鈴木園子、安室透と加藤由紀と名前で手分けして形見を持っている女子高生を探す事にした。その女子高生は帝丹高校の制服を着ていたらしい。

米花町を練り歩く毛利蘭と鈴木園子。


「もう!何あの子!愛想もない、素っ気ない!なんなの!」
「まあまあ、怒らないの。苗字さんはまだ引っ越して来たばかりなんだから。人見知りなんだよ。」


じとーと鈴木園子は「なんでそんなにあの子の味方なのよ。」と聞いた。すると、毛利蘭はきょとんとして、うーんと考えた。


「なんかあの子ほっとけないのよね。」


一方、名前達。
3人は横に並んで歩いていたが、加藤はというと安室の腕にくっついて上の空。


「名前さんはこっちに来たばかりなんですよね?」
「は、はい…。」


名前はポアロで改めて自己紹介したのだ。というか、蘭と園子が最近引っ越してきたクラスメイト、と紹介した。


「甘いもの嫌いなんですか?」
「…え?ま、まあ…。」
「何が好きですか?」
「…。」
「料理はされますか?」
「……。」


安室の質問責めに名前は無言になる。どうやらどう答えていいのかわからないらしい。ずっと組織の言うことだけ聞いてきた彼女には組織以外の人間の言うことはいかないのだ。どうしていいのかわからない。
そんなことは露知らず。安室は気を遣って質問する。話を広げられれば、と。しかし肝心の本人は無口。
うーん、これは困った。
ポツリ、安室の肩に雨が当たる。


「あ、雨ですね。」


ぱ、と安室は折り畳み傘を開く。安室と加藤が入っていっぱいないっぱいな傘。それに気づいた彼は傘ぱ二人で入って下さい、と言った。


「…だ、大丈夫です。」
「でも、濡れますよ?」
「…。」


ぐい、と腕を引っ張られて傘を持たれる。加藤と一緒に傘に入った名前はどうすればいいのか分からず黙ってしまった。ちら、と安室を見ると雨で髪が濡れていた。それに気づいた安室は「気にしないで下さい。」と言った。


「あ、そうだ〜。由紀、傘持ってたんだ!」


今思い出したあ、と言わんばかりな加藤は鞄から傘を取り出した。絶対わざとである。安室と一緒の傘に入りたいから黙っていたし、今言ったのだ。「安室さん!一緒に入りましょう!」と無理やり安室を引っ張って一緒の傘に入る。
気にしない名前はふと気づいた。小さなお店のショーケースにクマのぬいぐるみが飾られてあった。じ、とそれを見る。…欲しい、と。


「欲しいんですか?クマのぬいぐるみ。」
「え!?ほし、…!い、いや…。」


大きな声を出してしまって恥ずかしい、と顔を赤くする名前。もごもご「あの、」ととても言いづらそう。
欲しいけど、お金も前買えなかった分が残ってるけど…。
もしかしたら今は買うタイミングじゃないのかもしれない。
「加藤さん、ちょっといいですか?」と安室は傘を持つ。そしてすたすたとクマのぬいぐるみが飾られてあった店に入る。二人残った加藤と名前。加藤ははっとして「安室さん!待ってー!」と追いかけた。名前はどうすればいいのか分からずキョロキョロしていたが、「名前さん、こっちこっち。」と安室がドアで呼ぶので駆け足で追いかけた。


「はい、どうぞ。」


ふわ、と渡されたのはクマのぬいぐるみ。名前は驚いて安室を見た。彼はにこりと微笑んで言った。「クマのぬいぐるみ好きなんですね。」と。きょとん、として名前はぱちくりとさせた。
私に…?
クマのぬいぐるみが大好きな名前は頬を赤く染めて嬉しそうにはにかみ、小さく「ありがとうございます。」と言った。
そんな名前を見て安室は少し可愛いな、と思った。


「じゃあ、形見を探しにいきましょう。」



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