46

そして、遊園地当日。名前はげんなりしながら待ち合わせ場所の駅に立っていた。目の前には楽しそうに手を繋ぐカップルが歩いている。

…沖矢さんの名前出した途端、安室さんめちゃくちゃ怒ってた…。顔見知りみたいだけど、それだけみたい。というか聞く人間違えた…。
そうだよね、好きな人に気になる人ができたなんて知ったら怒るよね…。


「その遊園地にその人も同行するんですよね?ダメです。絶対許しません。断って下さい。」
「や、やだ…た、楽しみだから…。」
「じゃあ僕も行きます。」
「そ、そんな事したら色々怪しまれちゃいます!」


ダメダメと私は必死に安室さんを止めた。それに安室さんは今日は公安の仕事があるんだから。こっそりついてくることも出来ないだろう。
はあ、と大きな溜息が思わず口から出る。


「おや、お疲れですか?」
「!お、沖矢さん!こんにちは!」


顔がすぐに熱くなる。ひゃー!かっこいい…!直視できない…!…はっ、変な子だと思われるから普通にしてなきゃ。

これは数日前のこと。蘭と園子と放課後に寄り道していると少年探偵団に会った。そしてその側には眼鏡をかけた男性が一人。誰だろう。男性は私をじっと見て微笑んで言った。


「笑顔の素敵な女性ですね。」
「へ!?」


恥ずかしくなって私は蘭の後ろに隠れた。
彼は沖矢昴さん。初めて会った。けど、初めて会った気がしないのは何でだろう。

その後、子供達が遊園地に行きたい行こうと言った。じゃあ、日曜日皆行こうかという話になり、今に至る。


「お待たせー!ごめんね!遅れちゃって!」
「蘭!園子!」


ざわざわと皆やってきた。阿笠博士は用があって来れないみたいだ。
ふと哀ちゃんと目が合った。すると彼女は私に近づいて手を握った。行くわよ、それだけ言って。


「どこに行くー?」
遊園地に着いて、名前は灰原と手を繋いだまま蘭の隣を歩く。夢中になって蘭とパンフレットを見ている名前にはコナンと灰原の声は聞こえなかった。


「おい、灰原。何やってんだよ。」
「あら、何が?」
「なんで名前さんと手繋いでんだよ。子供みたいに。」
「子供だからよ。」


なんだそれ、とコナンを呆れたが、灰原はというとふふと楽しそう。

メリーゴーランド、ジェットコースター、くるくると回るコーヒーカップ。色々なものに乗った。

その間も楽しくて笑う名前の隣には灰原がいた。灰原は相変わらずクールだった。
それから疲れたから近くにあったお店で飲み物やお菓子を買って休もうとなった。蘭達はオレンジジュースやリンゴジュースを手に持っていたが、名前は悩んでいた。

(甘いもの…食べれるようになったけど、まだ全部食べれる訳ではないんだよなあ…。)

うーん、どうしよう。
すると、哀ちゃんが「はい。飲むでしょ。」とチョコレートドリンクを差し出してきた。私はきょとんとしてそれを見た。え?飲んでいいの?
ん、と名前はその飲み物を飲んだ。


「あ、甘い…。」
「そう。」


凄く甘かった。思わず口元に手を置く。
しかし灰原は何とも思っていないのか、そのままストローに口を付けた。名前は灰原から離れて店に入り、水を頼んだ。灰原はそんな彼女の背中を見ながら思った。

(そう、まだチョコレートは苦手なのね。)



「いーやーだ!!!」
名前は叫んだ。あああー!と近くにあった花壇の柵にしがみつく。「いいから!行くわよ!」と園子が名前の足を引っ張る。
名前が嫌がっている理由、それはお化け屋敷だ。お化けが苦手な彼女は怖いと並ぼうとしない。しかし、遊園地の醍醐味の一つであるお化け屋敷。入らないわけにはいかないと園子はギリギリと力を入れて名前を柵から離そうとした。


「皆待ってるのよ!行くわよ!」
「やだ!!怖い!!」


ギャーギャーと騒ぐ二人。他の人はあらら…と苦笑いしていた。すると沖矢が近づいた。


「園子さん、無理に行かせるのは名前さんが可哀想ですし…私が残りますよ。」
「えっ!」


名前は本当!?と目を輝かせる。その時、柵から手を離して思わず引っ張っていた園子の方に倒れる。ぎゃ。しかし、園子はすぐ立ち上がって「ダメです!皆で行かなきゃ折角遊園地に来た意味がない!」と一歩も譲らず。もっともらしいことを言う。
行くわよ!と園子はずるずると名前を引っ張った。うう、と涙を流す名前。


「じゃあ!2人1組になってわかれましょ!」


園子は「私は勿論!蘭と行く!」と彼女にひっついた。それを見た名前はえ、ハブられたとショックを受けた。すると手を誰かに握られた。灰原だ。


「貴方は私と行くのよ。」
「え?う、うん。」


というか9人いるから一人余る…。あ!私余れば行かなくていいんじゃない!?と思ったが哀ちゃんはぐいぐいと私を引っ張る。…こんなに積極的な子だったっけ…。
蘭と園子、名前と灰原、光彦と元太、歩美とコナン、そして沖矢という形になった。園子は沖矢に一緒に行きましょーよ!と言ったが断られた。


「私は一人でも平気ですから。」


そう言って。
どんどんと順番が回ってきてお化け屋敷から「きゃー!」「いやー!」と悲鳴が聞こえる。真っ青になる名前にコナンは「だ、大丈夫…?」と思わず声をかけた。勿論、名前はふるふると首を横に振った。今にも泣きそう。


「ああああ!やっぱやだ!哀ちゃんんんー!」
「はいはい、行くわよ。」


しがみつく名前を灰原はずるずると引きずった。その様子を見ていた周りの人はどっちが子供だかわからないな…と呆れていた。
名前が悲鳴を上げながらお化け屋敷に入ったのを見届けると沖矢はくすりと笑った。
楽しそうだ、と。あの時とは違う、本当によく笑うようになったと。

その一方で。バタンとお化け屋敷のドアが閉められる。名前はまだお化けが出ていないにも関わらず泣いていた。灰原ははあ、とため息をついた。


「まだ何もないじゃない。」
「いいいいや!もうお化けの気配やばい!!!」


さっさと行くわよ、と灰原はするりと名前の腕から抜けて歩いていった。ま、待ってよー!と名前は必死で追いかける。

それからというもの。「ぎゃー!」「あー!」と叫びながら名前は灰原を抱きしめて全力疾走でお化け屋敷を走った。後ろから特殊メイクをしたゾンビやお化けが追いかけてくる。
はあはあと息を切らしてお化けが追ってこないことを確認すると名前は壁をもたれかかって座り込んだ。
も、もう帰りたい…と思っていた。
お化けは嫌いだ。よくわからないけど、よくわからないからこそ怖い。
そんな彼女の様子を見ていた灰原は向かい合うように座り、名前の両手を握った。


「どうしたの?怖いの?」
「…。」


しかし、灰原は何も話さない。
思い出すのは組織にいた頃のこと。

"人形"の"目"を増やす為の計画がまだ実行されていた時の話。ちょくちょくその"人形"はラボに訪れていた。ある時はベルモットと、ある時はジンと。
そんなある日、一緒来ていた組織の人間は席を外し"人形"と二人きりになった。二度目だ。
相変わらず"人形"は何も話さない。見かねたシェリーはデスクに置いてあったチョコレートを手に取った。


「食べる?」
「…。」
「甘いものは好き?」
「…。」


なんか喋りなさいよ、とシェリーは口には出さなかったがイラついた。はい、と無理やり持たせると"人形"は掌にあるチョコレートをじっと見つめてシェリーを見た。食べた方がいいのか、と。


「食べなさい。」


シェリーがそう言うと"人形"は頷いてチョコレートを口に入れた。甘く広がるそれに少女は眉を顰めて口元に手を当て、けほけほと苦しそうにした。
少女は甘いものが苦手だった。そのことに気づいたシェリーはコーヒーを持って彼女に渡した。


「…苦手なら嫌って言えばいいのに。」
「…言うこと聞かなきゃいけないから。」


組織の言うことは聞かないと。少女はそう言った。
シェリーは自分の掌を見た。チョコレートを渡す時、コーヒーの入ったマグカップを渡す時に"人形"に触れた手を。凄く冷たかった。体温は感じたが、凄く冷たかった。
きっとこの子の心の中は空っぽだ。
シェリーは彼女の両手を握った。


「忘れちゃダメよ。人の温もり、暖かさは忘れてはいけない。」
「?」
「いつかきっと思い出すわ。」


大切な自分の家族のこと、そして感情、意思も。

しかし、彼女は忘れてしまった。
私のことも、あの時の甘すぎたチョコレートも、握った手の暖かさも。

黙ってしまった灰原に名前は首を傾げる。


「哀ちゃん?」


なんて寂しくて可哀想な子。今まで一人ぼっちだっただろう。でも、きっとそれも自分ではわかっていないだろう。

思い出させないと、貴方には暖かい家族がいるのよ。今はもういないけど、忘れてはいけない。
温もりも暖かさも、愛も。
辛いかもしれないけど、死んだ人は心の中でしか生きられないのだから。
それはとても大切な思い出なのだから。

灰原はこめかみから冷や汗を流した。これを言ってしまえば自分は殺されるかもしれない、と。
それはとても怖い。私だって大切な人はいる。
でもそれと同じくらい彼女にも大切な人がいる。

灰原はぐっと名前の両手を握る小さな手を強くした。


「私はシェリーよ。"人形"。」



[*prev] [next#]