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学校にて。名前はボーッと窓の外を見ていた。快晴で青い空が広がっていた。

…安室さんに告白された。でもどう答えればいいのか分からなかった。
確かに私は安室さんのことが好きだ。でも、恋とか恋愛とかよくわからない。
あの夜は怖かった。まるで違う人みたいで、冷たかった。

す、と絆創膏が貼ってある首元に触れた。

嫌じゃなかった。痛かったけど逃げようとしたけど、嫌いにはならなかった。
あの後、一緒のベットで寝たのは、側にいると約束したから。


「…。」


大切な人は、ものは、殺してはいけない。
守らないと。死んでも、何を犠牲にしてでも守らないと。

思い出すのは空っぽな幼い私と綿の出たぬいぐるみ。
そして、銃の煙の匂い。

名前は何を馬鹿な事を考えているのだろう、と目を閉じた。


「名前ちゃん、次移動教室だから行こう?」
「うん。」


蘭に話しかけられて私は笑顔で答えた。化学の教科書を持って蘭と園子と一緒に廊下に出た。
芸能人の誰々さんが結婚したとか、もうすぐパーティーがあるとか。
他愛のない会話をした。


「…名前ちゃん、首、怪我したの?」
「え?…あー、えっと、犬に噛まれた…。」


名前は思わず嘘をついた。隠すように絆創膏に手を当てた。思い出すだけで恥ずかしい。
脳裏に浮かぶのは彼の熱のこもった表情。


「あんた、犬なんて飼ってたの?」
「い、いや、散歩中の犬に…。」
「ふーん?」


「え?ぽ、ポアロに行く?」
放課後、教室掃除をしていると蘭と園子は当たり前のように「帰り、ポアロに寄っていかない?」と名前を誘った。
え、えーと、と目を泳がせる名前に二人は首を傾げた。どうしたのだろう、と。いつもなら笑顔で行く!と即答するのに。

結局、名前は二人についていった。ポアロに向かう途中、なんだかそわそわして落ち着きないけど何かあったのだろうか?と二人は思っていた。

カランカランとドアのベルを鳴らしながらポアロに入る。「やあ、いらっしゃい。」とエプロン姿の安室がいた。名前は彼と目を合わせると、さっと素早く蘭の後ろに隠れた。
「名前ちゃん?」と蘭は隠れている名前に話しかけたが、彼女は顔を埋めて返事をしない。
にこ、と安室は微笑んだまま言った。


「空いてる席、自由に座って大丈夫ですよ。」


そして他のお客さんに呼ばれて安室は離れた。
3人はテーブル席に座ってメニュー表を見ていた。
しかし、名前はそれどころではなかった。ドキドキと心臓が鳴り響き緊張する。顔も熱くなってきた。
なんでだろう、今までこんな事なかったのに。


「…名前、安室さんと何かあったの?」
「え!?い、いや…あ、わ、私これにする!」


絶対何かあったな…と園子はじとーと見た。名前は焦ってミルクティーを指差すと「ご注文はお決まりですか?」と安室がいつの間にかやってきていて、びっくりして横にいた蘭に抱きついた。だらだらと冷や汗を流す。


「…う、えと、」
「名前さんは何を頼むんですか?」
「その、」
「ん?」


安室は笑顔で逃がさなかった。わざとだ。
声を出すに出せない名前は顔を真っ赤にして固まった。
「まあ、いいですよ。」という彼の台詞にホッとしたのも束の間、名前の顔の横の壁に手を置いて顔を近づけた。名前に安室の影がかかる。その青い瞳は獲物を狙う肉食獣のようで。名前はあわあわと慌てた。


「僕はいつでも心の準備は出来てるので。」


じゃあごゆっくり、とにこと、安室は離れて他のお客さんのところへ行った。



「あ、安室さんに告白された!?」
その後ポアロを出て、蘭と園子は名前を離れたファーストフード店に連行した。安室さんと何があったのか、二人は問い詰めた。観念した名前は真っ赤になって正直に「こ、告白された…。」と言った。二人はとても驚いた。


「え、え、なんて言われたの!?」
「えーと、好きですって…。」
「他は!?」
「うーんと…。」


名前は一生懸命に思い出していた。なんて言われたっけ…あ、そうそう。「束縛したいとか、鎖で繋げたいとか…。」と言うと蘭と園子はかなり引いた。ドン引きである。しかし、肝心の名前は恥ずかしそう。

((安室さんの性癖がやばい…。))
「も、もしかして、首の怪我って…あむ、」
「ち、違う違う!犬だってば!」


食い気味に名前は焦って手をぶんぶんと横に振った。その反応に二人は((安室さんなんだ…。))と声を出さず理解した。


「…いいや。で付き合うの?返事はしたの?」
「い、いや…。」
「なんで!?あんなイケメンに告白されといて!!」
「そ、園子、声大きい…!」


しーっと名前は人差し指を立てた。周りの人達はなんだろうとこっちを見ていた。こほん、と園子は咳払いする。蘭は「名前ちゃんは安室さんのことどう思ってるの?」と口を開いた。


「え?うーん…ポアロの従業員。」


そして大切な人。蘭も園子も大切な人。二人はなーんだ、と声を揃えて言った。

どうしてだろう、前に知らない男子に告白された時ば何とも思わなかったのに、安室さん相手だと凄くドキドキする。
きっとあの夜、あんなことされたから気まずいんだろうな。変に緊張してるんだ。
普通にしてればいいんだ。


その日の夜。マンションに帰って宿題をしているとガチャガチャと鍵が開く音がする。リビングのドアから顔を出して玄関を見る。


「ただいま、名前さん。」


ん、と安室が両腕を広げる。おいで、と。名前はパアと表情を明るくして彼に小走りに近づいて…目の前に来て、かちんと止まった。おずおずと離れると安室は首を傾げた。


「どうしました?」
「い、いえ、その…、」
「僕が名前さんのこと狙ってるからわざとこうしたと思ってます?」


こくこくと名前は頷いた。安室は靴を脱いで名前に近づいた。名前は一歩、また一歩と後ずさる。その表情は強張っていた。


「まあそうですね。内心、告白して意識してくれてるのはとても嬉しいです。それを利用しようと思ってますよ。」
「!」


安室はにこりと微笑んで名前の頬を両手で掴んだ。顔を真っ赤にした彼女は目を泳がせていた。そんな彼女を見て、安室は眉を下げて言った。


「…でも寂しいですね。」
「え?」
「そのせいで名前さんは僕に触れることすらなくなってしまった。」
「そ、それは…、」


もごもごと名前は言いづらそうにした。実は名前も同じことを思っていた。でも下手に触れてしまって勘違いさせてしまったら…?
まだ、自分の気持ちがわからない。


「逃げてもいいですよ。」
「?」
「絶対捕まえますけどね。」
「!あ!ちょ、ちょっと!」


がば、と安室は名前に抱きついた。ぐりぐりと彼女の首筋に顔を埋める彼を見て名前は小さくくすりと微笑んで抱きしめ返した。

でもやっぱり、1日一回安室さんを抱きしめないと気が済まない。彼と会う前は毎日クマのぬいぐるみを抱きしめていた。
夜、ベットで寝息を立てて眠る安室の横に座って名前はじっと彼を見つめる。
…寝ている時ならいいかな。少しくらい。
と彼女はもぞもぞと安室の腕の中に入って抱きしめて眠った。
暫くして名前のすー…という息が聞こえると安室は少し目を開けた。起きていたのだ。

(まあいいか。これで許してあげよう。)

と、彼は彼女の頭を優しく撫でて、抱きしめた。






「え?遊園地ですか?」
とある日、安室が仕事から帰ってきた時、名前はにぱーと嬉しそうに「蘭達と遊園地に行くんです!」と言った。
…蘭さん達と一緒か、なら心配はないかな。組織からの仕事もない。


「楽しんで行って下さいね。」
「はい!お土産沢山買ってきますね!」


「…。」と突然名前は黙った。綺麗な髪を弄りながら目を斜め下に向けて少し顔を赤くした。


「あの、安室さんは…その、」
「はい?」
「私といる時どんな気持ちですか…?」
「?」


どうしたんだろう、いきなり。安室はきょとんとした。ああ、でも、そうだな。
安室は横に座っている名前に顔を近づけた。


「凄く楽しいですよ。ずっとずっとこうしていたい。」


そして、そのまま柔らかい唇にキスしようとした。
しかし、名前は「そ、そうなんですね、」と上の空。
…?その反応に疑問を持った安室は眉を顰めた。目の前に自分のことを好いてる男がいるのにその反応はなんだ、と。


「…名前さん、何かありました?」
「え!えーっと、いや、な、なにも…あはは。」
「…。」
「えーとえーと。」


じとーと安室は名前を見つめる。絶対何か隠してる。
ぐ、と彼女の腰に腕を回して体を密着させた。逃げ道のない名前は観念して小さな声で「ちょ、ちょっと…気になる人が…。」と言った。
ぴしり、安室のこめかみにヒビが入る。


「ほー…僕というものがありながら気になる人。誰ですか?クラスメイトですか?」
「い、いや、その、」
「だ、れ、で、す、か?」


あ、安室さん、怒ってる…と名前は青ざめた。そして更に小さな声で言った。


「…お、沖矢昴さんって人…。」



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