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「うっ、い、いたっ…!」


あまりの痛みに名前は顔を歪めて安室の服を強く掴んだ。彼女の首筋に噛み付いている安室はぐ、と更に強く噛みつく。名前が逃げないようにぎゅっと抱きしめる。
逃げて欲しい、逃がさない、離れて欲しい、離さない。矛盾した気持ちが交錯する。
安室は早くこの熱から逃れたかった。でもどうすることもできなくて、彼女に欲をぶつけるしかなかった。


「あむ、ろさん…!痛い…!」


しかし安室は離れる気配がない。寧ろ、噛みつく力を強くした。
大丈夫って、ずっと側にいてくれるって言ってくれた。
噛み付いている首筋はパーカーから全く隠れない、すぐに見つかってしまう場所。でもそんなこと考える余裕はなかった。
暫くして、口の中に血の味がした。ああ、やりすぎたとボーッとする頭の中で思う。唇を離すとそこは血が滲んでいた。彼女の顔を見るように離れると顔を赤くして涙目で僕を見ていた。その表情すら、自分を煽っているんじゃないかと勘違いしてしまう。


「はあ、はあ…っ、」
「、可愛い…、」


安室は名前の頬にそっと触れた。ずっと触れていたい、君の心の中が見たい。
じわりじわりと欲が次から次へと溢れてくる。
熱に犯されている頭ではもう何も考えられなかった。縋り付くように名前にキスしようとしたが、彼女は目を瞑って顔を逸らした。嫌だ、と。でも安室は許さなかった。顎をがっと掴んで正面に向けさせて、無理やりキスした。


「んっ、ぅっ…安室さん、どうし、」
「黙って。」
「!ふっ…、」


名前は何故彼がこんなことをするのか分からなかった。触れるな、近づくなという彼の言葉を無視したからだろうか。
でも、それよりも彼が怖い。
いつも優しく触れてくれるのに、熱で熱っているのに、冷たかった。
それとは裏腹に安室は苦しそうに顔を歪ませながら、少し唇を離したかと思うと黒いネクタイをしゅるりと外した。


「熱い…。」


ベストとワイシャツのボタンを外して、床に脱ぎ捨てた。
初めて見る彼の素肌に名前は顔を赤くして見ないように目を逸らした。


「…こっち見て。」
「い、嫌…。」
「お願い。」


しかし、名前は見ようとしない。安室は小さく舌打ちすると熱い大きな手を彼女の服の下に入れた。「!」とびっくりした名前は思わず侵入してくる彼の手を掴んだ。


「な、何を…!」
「抱きたい、いや抱く。」
「だ、ダメです…!」


なんで、君は抱かれてもいいから僕に近づいてきたんじゃないのか。僕のことが好きだから触れてくれたんじゃないのか。
僕はこんなにも君のことが好きなのに。
好きで好きでたまらないのに。
名前は知らなかった。安室の気持ちが。
それに抱くとは?ハグのこと?でも、なんで服の中に手を入れるの?嫌な予感しかしない。
名前は抱かれるという本当の意味を知らなかった。
ずっとあの部屋にいて、テレビも本もなかった。だからそういうことの知識がなかった。
しかし、安室の力が強くてどんどん服の中に手を入れてくる。息が荒くなる二人の吐息が混じる。


「名前さん、お願い。やらせて。」


一言だけでいい、いいよと言って欲しい。まだ辛うじて意識は保っていた。薬に抗っていた。だから、彼女の言葉を待った。
早く、早く、返事をしてくれ。
めちゃくちゃに泣かせて、喘がせて、抱き潰したい。どんな表情をするだろうか。
しかし名前は首を横に振った。


「、な、なんで…、」
「…あ、安室さん、お、おちつ…きゃっ、」


我慢できない、と安室は力づくでパーカーの裾を掴んで上に上げた。無理やり脱がせて彼女の手を拘束するように上にまとめた。白い素肌が晒される。
「や、やだ!」と青ざめた名前は何をされるか分からなかった。ただ、彼から離れようと足を動かした。しかし、安室は上に跨っている為意味を為さない。
彼は彼女の薄い腹に唇を寄せてキスしたり舐めたりした。


「…甘い。」
「ううっ、んっ、」


名前は恥ずかしさのあまり、目を強く瞑った。早く終わって欲しい、満足して欲しいと願っていた。
けど、安室の熱は上がるばかり。終わらせる気も全くなかったし、満足もしていない。
それを助長するかのように心臓がどくりと鳴った。煩いくらいに鳴るそれは先程追加で飲んだ媚薬が効いてきたのを示す。


「はあっ…、可愛い、もっと声出して、」
「ひゃ、う…んんっ、」


もうどうにもなってしまえ。壊れよう、一緒に。
安室は彼女の薄い腹、みぞおち、胸元と唇を滑らせていく。
柔らかい、暖かい、気持ちいい。でももっと、もっと。
いくら求めても心が満たされない。彼女から触って欲しい、触れて欲しい。死ぬほど、骨の髄まで愛されたい。
もっと愛して。


「名前さん、好き、」
「…え、あの、」
「好きなんです、頭がおかしくなるくらい。」


熱のせいで口が滑ってしまった。本当はこんな形で言うつもりはなかった。
安室は荒い呼吸を隠そうともせず彼女にキスした。長い長いキスをした。ちらりと彼女を見ると目をぎゅっと瞑って顔を赤くしていた。…可愛い、可愛すぎてもっと色んな表情が見たくなる。
すっと顔の横に置いてあった手を動かす。その手を彼女の黒いズボンに伸ばす。脱がそうとしているのだ。それに気づいた名前は拘束されていた両手を解いて、力を込めて彼の胸を押した。


「や、やだ!安室さん!」
「はあ…無理。したい。」


ドキドキと二人の心臓が鳴り響く。
怖い、安室さんが怖い。なんで私の話を聞いてくれないのか。でも側にいるって言った。…嘘はいけない。拒絶してはいけない。
名前はふるふると震えて彼の胸を押していた両手を離した。きゅ、と小さくなって安室のお願いを聞こうとした。
その彼女の反応を承諾と受け取った安室は心底嬉しそうな表情をした。
これでこの熱とも解放される。楽になれる。


「…名前さん、」


好きだ、と言おうと手を伸ばした瞬間、ぷつんと意識が途切れる。媚薬が効きすぎたのだ。
とさ、と名前に倒れ込む安室はすーと寝息を立てながら眠った。
「あ、安室さん…?」と名前は呆然としていた。
…眠ってる、と安室をゆっくりとベットに寝かせて名前は服を着て彼の隣で目を瞑った。



次の日の朝、カーテンから朝日が覗く。目が覚めた安室は起き上がって頭を抱えた。さあ、と顔が青ざめる。
…やってしまった。
襲ってしまった。その上告白もしてしまった。完全に嫌われる。
まだ隣で眠る彼女の首を見た。赤くなっている歯形がくっきりと出ていた。かさぶたが出来ていた。と、とりあえず大きめの絆創膏を貼っておこう…。
鞄から絆創膏を取り出して首に貼る。ついで床に投げ出されていた服を掴んで着た。


「…ん、」


もぞもぞと彼女が起きた。安室の顔が赤くなる。どうしよう、なんて言おう。ベルモットに媚薬を飲まされてあんなことしたなんて言っても今更信じてくれないだろう。


「ふああ、おはようございます。」
「お、おはようございます…。」


んー、と腕と背中を伸ばす彼女に僕の心臓は嫌な方にドクドクと鳴る。「…。」と彼女は首を押さえて黙った。そして、昨日の夜の事を思い出したのか、顔を赤くして布団の中に潜っていった。


「あの、名前さん。す、すみません…。」


しかし、彼女から返事は来ない。やばい、嫌われた。なんて言えばいいのだろう。どう声をかければいいのだろう。


「…僕のこと、嫌いになりましたよね…。」


嫌いになるに決まっている。あんなことされて嫌いにならないわけがない。
「…えと、」と布団の中から彼女が少し顔を出した。その表情は目を泳がせながら戸惑っていた。


「…こ、怖かった。」
「…。」
「…でも、嫌いになんてならないです。寧ろ、好きって言ってもらえて、嬉しかった…。わ、私も、わっ、」


思わず安室は名前を抱きしめた。
優しい、暖かい。ずっと触れていたい。
とくんとくんと心臓が鳴る。これは嫌な音じゃなくて幸せの音。
名前は彼の体温の感じるように背中に腕を回した。優しい彼に戻ってよかった、と。


「…きっと、僕の好きと名前さんの好きは違います。」
「え?」


安室はふっと微笑んで彼女の頬に優しく触れた。


「僕の好きは凄く重いんです。ずっと触れていたいし、付き合ってその先もしたい。」
「…。」
「束縛だってしたいし、叶うことなら鎖で繋いでずっと閉じ込めたい。」
「……。」


え?と名前は少し引いた。少し、安室から離れようとすれば、ぐっと彼の力が強くなって、まるで離れさせないと言わんばかりに抱きしめた。
「まあ、それは冗談ですよ。」とにこりと微笑んだ。冗談に聞こえなかったけど…と名前は思った。


「わ、私は…その、そんな…。」
「分かってますよ。僕のことそういう意味で好きじゃないってこと。」
「…そ、それは、」
「ここまで知ったんです。覚悟してくださいね。」
「??」


すると、ぐ、と体重をかけられてあっという間に押し倒された。至近距離にある安室の顔に名前は顔を赤くした。え?また襲われる?と警戒していた。しかし安室は右手を伸ばして、名前の唇に触れた。


「今まで我慢してましたが、これから遠慮なく貴方を狙いますね。」



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