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安室さんの様子がおかしい。どうしたんだろう。私、何かしちゃったかな。
オークションから帰ってきた日から、目を合わせても話しかけても元気がない。空元気だ。
私は寝室のドアの隙間からリビングを見る。部屋は電気がついておらず、暗かった。ソファで安室さんは背中を丸めて、大きな手で顔を覆っていて表情は見えない。どう声をかければいいのか分からなくて私はドアを閉めた。
彼の笑った顔が好きだ。
暖かい声が好きだ。
けど、それとはかけ離れた安室さんの様子。元気付けたい。でもきっとその原因を作ったのは私。
オークション会場で返り血で真っ赤に染まる私を見た安室さんの表情が忘れられない。
信じられない、という表情で目を見開き、ショックを受けたような…。
どうして?なんで?私には理解できなかった。
いつの日か、彼が言っていた。人を殺してはいけない、と。
私じゃない、と言っても信じてくれないだろう。それに、私は殺そうとしていたから。
それに、私は"目"を使って何人も殺してきたから。
ポロポロと涙が出てくる。自分でもなんで涙が出たのかわからない。けど、悲しかった。
自分のせいで大切な人を傷つけた。
次の日、安室さんは警視庁のお仕事に行った。「行ってきます。」と無理やり笑顔を作って玄関から出た。
一人残された私は、返事が出来なかった。
その後、私は学校に行った。
ボーッとしている私に蘭と園子は話しかけた。どうしたの?と。
「…大切な人を傷つけた。」
そうとしか言えなかった。安室さんのことは秘密だし、なんて言えばいいのか分からなかった。
「喧嘩でもしたの?」
「してないけど…。」
「名前ちゃんは何か言ったの?」
「な、何も…。」
何も言ってないし、言われていない。寧ろそれが問題だったのだろう。
「何があったかわからないけど…。」と蘭は私の頭を撫でた。
「悪いことしたって思ってるのなら謝るべきだよ。」
「…。」
「名前ちゃんは仲直りしたい?」
「…うん。」
…謝ろう。理解してほしいなんて思っていない。ただまた笑ってほしい、元気になってほしい。
帰ったら沢山謝って…そして今安室さんがどう思っているのか聞こう。
でも何に対して謝ればいいんだろう。
しかし、安室さんはその日は帰って来なかった。公安のお仕事が忙しいのだろう。スマホには『帰れないです。』と一文送られていた。時間は21時を過ぎていた。私はいてもたってもいられなくなって部屋を出た。
警視庁に着いて、名前は公安部を目指した。夜だというのに中は人も多く明るかった。
公安部の部屋を覗いてキョロキョロするが降谷はいなかった。休憩室で休んでるのかな…と名前が思っていたその時、
「おい。」
村井が話しかけてきた。
降谷が休憩室から公安部に戻ってきたのはその20分後だった。彼は頭を抱えていた。
名前さんが人を殺した…いや、今まで"目"を使って間接的にはとはいえ人殺しをしていた。それは分かっていた。でも、まさか直接してしまうなんて…。
落ち着け、まだこの目で全てを見た訳ではない。早とちりするな。
「あ!降谷さん!」
田所が慌てた様子で降谷に近づいた。降谷は「どうした?」と足を止めた。
「や、やばいです!名前ちゃんが…!」
「え?」
話を聞いた降谷は青ざめてその場所へ向かった。
「っ…、」
ここは使われていない会議室。名前は村井に強く腕を引っ張られて投げ出された。その拍子に部屋にあった椅子に背中をぶつけ、床に転がった。彼女は痛みに耐えるのに精一杯だった。
「逃げる気はないみたいだな。」
村井はぎろりと名前を睨んだ。
名前は何も言わず彼に着いてきたのだ。未来を見なくても何をされるか分かっていた。
彼は自分を恨んでいるのだから。
私は悪くない。だって殺したのは私じゃない。私は直接この手で人を殺したことはない。
でも、なら、なんで目の前の人はこんなに怒っているの?どうして悲しんでいるの?
ふと安室さんを思い出す。
きっと彼も怒っていたんだ。悲しんでいたんだ。
「何とか言えよ!」
胸倉を掴まれる。足が宙に浮く。息が苦しくて顔が歪む。
何て言ってほしいの?私はどうしたらいい?
『悪いことしたって思ってるのなら謝るべきだよ。』
蘭の言葉がこだまする。
悪いこと…大切な人を、安室さんを傷つけた。謝りたい。
でも目の前のこの人はどうだろう。大切な人でも何でもない。
傷つけてもいい人ではないの?
安室さんが言っていた。人には大切な人がいると。
この人にも大切な人はいる…?
私が安室さんが大切なように、彼にも大切な人がいる?
私は私の胸倉を掴む彼の腕を掴んだ。
「…ごめ、んなさい。」
その時、村井の目が見開いた。ぎりと歯を食いしばると名前を床に再び投げた。
「うっ…!」と名前は起き上がらなかった。"目"を使って逃げる気も抵抗する気もなかった、最初から。
「人を殺しておいて、謝るだけで済むと思ってるのか!?」
村井は足を上げた。蹴られる…!と名前は目を強く瞑った。しかし、痛みはやって来なかった。
名前は恐る恐る目を開けると目の前に降谷がいた。彼は村井の足をぎり、と掴んでいた。いい加減にしろ、と。
「ふ、降谷さん!な、なんでそんな奴庇うんですか!?そいつは警察の敵ですよ!」
「…そんなこと分かってる。」
「なら…!」
「だからと言って傷つけていい理由にはならない。警察のお前ならよく分かるだろう。」
「っ!」
村井は足を下ろした。苦虫を噛み潰したような表情をした後、「…許さない。」と呟いた。
「苗字さん!」「名前ちゃん!」と太田も田所も入ってきた。すると太田はパシーン!と村井の頬をひっ叩いた。突然の展開に名前をぎょっと丸めた。太田は怒りに任せて村井の胸倉を掴んでがくがくと揺らした。
「あんた!何やってんのよ!」
「す、すみません…せ、先輩…。」
「2時間説教ね。」
「え!?」
ずるずると村井は太田に引きずられて会議室を出て行った。「先輩!待ってくださーい!」と田所は二人の後を追う。
村井は太田より後輩で田所とは同僚。
残された名前と降谷。降谷は心配そうに彼女を見て「大丈夫ですか?」と口を開いた。しかし、名前は黙っていた。
「名前さん?」
「…あの、ごめんなさい。」
「大丈夫ですよ、怪我してないですか?」
「…違います。その、」
名前は村井の事で謝った訳ではなかった。
降谷もそれを察して黙った。
「人を傷つけて…殺してごめんなさい。…村井さんの言う通り、謝って済む事じゃないけど…。」
目を伏せて謝った。
自分がどれほど酷いことをしたのか、まだ分からない。
でも大切な人を、大切なものを傷つけた心の傷を知った。
悪いことをしたなら謝らないと。傷つけたのなら謝らないと。
そんな名前の気持ちを察した降谷は優しく彼女を抱きしめた。
でも名前の中ではふと疑問が浮かんだ。
なら、どうして?私の大切なものを壊したジンはどうして謝ってくれないの?
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