プロローグ

その日は大雨だった。真っ暗な空。時間は深夜。
路地裏で少女は傘をささず、重たい足を引きずりながら歩いている。雨が髪をつたい、目の縁にかかる。それが涙のように流れる。ずきずきと痛む左目を押さえる。


「…っ、う、はあ、はあ…。」


少女はその場に倒りこんだ。ばしゃりと水たまりが跳ねて服にかかる。冷たい、寒い、少女の心は冷たくなる。しかし、誰も助けてはくれない。
ウー、というパトカーのサイレン音。その音にはっとなって少女は立ち上がって走って闇に消えた。







「ハロ!散歩に行くぞ!」


アン!と白い犬が嬉しそうに返事をする。いい天気だね、と安室は言う。快晴だ。ハロにリードをつけて、準備しているとヴーとスマホが震えた。メールだ。安室はスマホを操作するとベルモットからだった。


『いいことを教えてあげる。』


その文面に安室は目を細めた。スマホを閉じて、ポケットに入れる。ハロはもう一度アン!吠えた。早く散歩に行こう、と。安室は撫でて、ドアを開ける。マンションを出ると、引っ越し屋のトラックがあった。誰か引っ越してきたのだろうか。業者の近くには黒い帽子を深く被った少女がいた。顔はよく見えない。あの子かな?と安室はなんとなく思う。少女は安室の方を見向きもしない。


「けほ、こほ、」
「熱ですか?大丈夫ですか?」


そんなやり取りが聞こえた。まあいいや、と安室はハロの散歩に足を進めた。



「転校生ですか?」
ポアロにて。蘭と園子がやってきた。二人は紅茶を頼んで楽しく談笑していた。お客さんはその二人しかいないので安室も話に加わると、どうやら二人のクラスに転校生がやってくるらしい。どんな子かな、仲良くできるかな、二人はわくわくしていた。


「友達になれるといいですね。」


にこり、安室は微笑んだ。二人は「はい!」と明るく返事をした。


ポアロの帰り、安室はマンション近くのドラッグストアに寄っていた。包帯や消毒液を探していた。この店は大きく品揃えもいい。しかし、商品が多すぎてどこにあるのか分からない。安室はウロウロしながら探していた。
すると、曲がり角から少女が現れてぶつかった。安室は倒れはしなかったが、相手の少女はへたり込んでしまった。


「大丈夫ですか?すみません、前をよく見てなくて…。」


安室は手を差し伸べた。少女は返事をしない。黒い帽子を被っていて顔は見えない。
あれ、今朝見た女の子と似てる…。
少女は苦しそうに肩を揺らしながら呼吸していた。
「あの、」と安室は少女の肩を掴もうと手を伸ばす。すると、パシンと弾かれた。…え?思わぬ出来事にぽかんとする安室に、少女は何も言わず立ち上がり走って店を出た。


「何だったんだろ…あの子。」


床には解熱剤が落ちていた。



ここはとあるマンションの一室。先程の少女は胸を押さえてベットに横たわっていた。はあはあ、と苦しそうに呼吸する。帽子は無造作に床に落ちている。


「くそ…、」


少女は顔を歪めて苦しさから逃れようとした。シーツを強く掴む。
部屋には数えきれないほどのクマのぬいぐるみが飾られてあった。
床には空になった解熱剤の瓶が転がっている。少女は熱を出していた。しかし、看病する者はいない。
熱から逃げるように、気を失うように少女は目を閉じた。



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