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「新しい仕事?」


ここはホテルの最上階にある高級レストラン。名前は黒いパーカー姿でベルモットに会っていた。組織の人間と会う時は黒いこの格好すると決めていた。
バーボンは、組織に"目"の範囲が広がったことは言わないように、と言った。どうして?なんで?組織の役に立つのに、と言うとバーボンは悲しい表情で私の肩を掴んだ。


「僕は名前さんが心配なんです。」


私はそれ以上聞くことが出来なかった。彼を心配させたくない。
"目"を酷使しすぎると体調を崩す、失明するかもしれない、死ぬかもしれない。だからそう言ったのだろうか。

ベルモットはくるくるとワインを回して言った。名前はぱくりと目の前にあるステーキを口に入れる。


「昔、組織の大切なものが奪われていてね。それを取り返してほしいの。」


す、とベルモットは名前にとある写真を渡した。そこには眼球の写真。う、ぐろい、と名前は眉を顰めた。思わず、ステーキを食べていた手を止める。


「こ、これは?」
「仲間の目よ。やっと見つけたの。今度、山の中にある大富豪の別荘でオークションの品として出るの。」


ふーん?と名前は写真を手に取った。それをじっと眺める。オークション…どこかで見たな。
そんな彼女の様子をベルモットは目を細める。それは何かを確認するように。しかし、すぐににこりと微笑んだ。


「名前ならできるわよね?私は一緒に行くことはできないけど、他の仲間が同行するわ。」
「わかった。」


写真を鞄に入れると気を取り直してステーキを食べた。ぱくぱくと食べている名前の姿を見てベルモットはふふと笑った。彼女のその反応に名前は首を傾げた。


「?どうしたの?」
「よく食べるようになったわね。食に興味なかったんじゃないかしら。」
「…。」


バーボンと暮らしてから…いやその前から。彼はよく私に料理を持ってきていた。最初は警戒していたけど、残せば失礼だと思って食べ切っていた。彼の料理は暖かい。優しさと温もりが詰まっている。


「もっと食べなさい。はい、私のステーキ。」
「太らせる気?」







「…。」
名前は新しい仕事のことを迷わず安室に報告した。安室は顔を顰めた。自分が今担当している案件と同じものだからだ。まさか、彼女がこんな形で関わるとは思っていなかった。


「…分かりました。僕は一緒に行けませんが、"目"は酷使しないように。」
「はい!」


本当は組織の仕事なんてしない方がいい、と言った方がいいのだろうけど分かってくれないだろう。
彼女の今回の仕事はオークションに出品されるこの写真の眼球を奪ってくること。他にも沢山の品はある。何故、これなのだろうか。


「安室さん?」


黙って難しい表情で考えこんでいる彼に名前は首を傾げた。そんな彼女に気づいた安室はにこ、微笑んだ。心配させてはいけない。
おいで、と両手を広げると名前は嬉しそうに抱きついた。
暖かい体温を感じながら安室は抱きしめる。
青い目を鈍く光らせながら。

暫くして膝の上で、すーと眠る名前を起こさないように優しく撫でる安室は彼女を抱き抱えて寝室のベットに寝かせる。その拍子に襟口から鎖骨が出る。じ、とそれを見た安室はうずうずして彼女の顔の横に手をついた。ギシリとベットが軋む。キスマークをつけてしまおう、無防備な彼女が悪いんだ、と自分勝手に人のせいにする。…鎖骨に近づいて止まった。


「…見えないところにつけないと。」


他の男が近づかないように本当は見えるところにつけたいけど。彼女に嫌われるのは嫌だ。
でもなー…と考える。
あ、そうだ。こうしよう。
安室は名前を肩を掴んでうつ伏せにした。首後ろに吸い付いてキスマークをつける。ここなら見えないだろうと。

そして安室も名前を抱きしめながら眠った。



「じゃあ、行ってきます!」
数日後、名前は鞄を持って玄関に立つ。それを安室は心配そうに見る。そんな彼の様子に気づいた名前は笑顔で言った。


「大丈夫です、すぐ戻ってきます!」
「…そうですか。」


安室も後で公安として行くのだ。彼女の話では他の組織の人間も行くらしい。
安室は名前の頬に触れて「気をつけて下さいね。」と言った。


「はい!」


と名前は部屋から出て行った。パタン、とドアが閉まると安室はベランダに出た。暫く経つと名前が外を歩いている。
スマホを操作して風見に電話をする。


「ああ、彼女が出た。僕も向かう。」







深い森の中、名前はどんどん奥へ進んでいく。草をかき分けて、地面を踏むと小枝を踏んでパキパキと音がする。名前はあまり"目"使わないようにした。普段ならここで周りを警戒して"目"を使うのだが、安室に言われた通りにした。

(もう体調悪くして安室さんに迷惑かけたくない…。)

森を抜けて見えたのは赤い屋根に白いレンガで出来た大きな別荘。門を潜り名前は2回り以上大きい扉をノックする。ギイ…と開かれて出てきたのは眼鏡をかけたメイド。


「名前様ですね。お待ちしておりました。」


こちらへ、とメイドは名前を奥へ案内する。名前は別荘に入って行く。バタンと、ドアが音を立てて閉まる。

それを木に隠れていた安室は眉をしかめて見ていた。


「これを着てください。」と渡された黒いメイド服。名前は躊躇なく腕を通す。
名前のここの大富豪の従業員として働くのだ。隙を見て眼球を奪う。
別荘は大広間には赤い絨毯に中央には茶色の階段。シャンデリアや絵画が飾ってある。
…大富豪の娯楽だな。名前は思う。
「中を案内しますね。」
名前はメイドについて行く。キッチン、オークションが開かれる部屋、控室。別荘はまだオークションの参加者は来てなかった。


「あの…出品される品はどこにありますか?一応確認したいです。」
「そうですね、こちらです。」


メイドはとある部屋をノックした。「失礼します。」と言うと、部屋の中から「入りなさい。」という男性の声がした。
部屋の中央にはテーブル、その上には布を被せられた出品物、ソファに座る小太りな男がいた。


「やあ、君は今日から入ってきた子だね。」


ニコニコと男は名前に近づいた。煙草の匂いがする。すると男は名前の顎を掴んで顔を舐めるように見た。あまりに失礼な行動に名前は眉を顰めた。


「んんー?君、良い目の色をしてるね。どうだい?片目1億で取引しないかい?」


あはは、と男は笑った。
男もまた人体収集家だ。特に若い女の体が好きだ。特に眼球は。
触るな、と名前は思ったが、我慢した。これも仕事の為だ。


「旦那様。ご冗談きついです。」
「はっは!ごめんよ!まあ、考えてくれよ。」


メイドが注意してくれて男は名前から手を離した。
「折角だからそんな目を持つ子に自慢の品を見せよう。」と男はとある品を持ってきた。布で被せられている。名前の前で布を取る。「!」と名前は目を見開いた。


「これが少女の目さ。」


そこには透き通るように輝く眼球があった。



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