38

安室さんは抱きしめてくれるようになった。それはとても嬉しい。凄く暖かい。心がぽかぽかと満たされる。

キスは…恥ずかしいけどそれも嬉しい。
するのもちょっと恥ずかしいけど、されるのは凄く恥ずかしい、むず痒い。

でもずっと安室さんといたいな。そんなこと言ったら困らせるだろうから言わないけど。




「らーん!久しぶり!」
「名前ちゃん!やっと来た!」


心配したんだよ!と蘭は私を抱きしめる。私も蘭を抱きしめる。暖かい…。
安室さんから許可をもらって今日は学校に通った。
「心配したんだよー!」と蘭は言う。
私達の様子を見ていた園子は呆れたように言った。


「…あんた達、よく教室でそんなイチャイチャできるわね。」
「園子も抱きしめて欲しいの?」
「遠慮するわ。」


ぶんぶんと園子は手を振った。いらないと。

警察は怖い。無理やり、私達組織を捕まえようとしている。今回のことではっきりした。"目"の情報は漏れて狙われている。
私は今まで通り過ごしたい。
でも安室さんのことが好きだ。大好きだ。
だから組織には秘密にしておく。
安室さん、警察なんかやめて、組織の仲間になればいいのに。
いつかきっと分かってくれる筈。

私達が正しいことをしているということを。


「今日もポアロ行くでしょ?」
放課後、蘭は言った。私は勿論行く、と言った。園子も入って3人でポアロに向かう。
3人で楽しく話しながらポアロに入る。カランカランとドアのベルが鳴る。安室は笑顔で「いらっしゃい。」と言った。


「安室さん!」
「こんにちは、名前さん。」


名前は構わず安室に抱きついた。ぎゃー!安室さんが死ぬ!悶え死ぬ!と青ざめた蘭と園子は「名前!離れなさい!」と引っ張った。しかし、名前は安室にしがみついて離れようとしない。
「…。」安室はそんな様子を見つめていた。
にこ、と微笑んで名前の頭を撫でた。

((あれ、顔が赤くなってない。))

と蘭と園子は思っていた。わーい、と喜ぶ名前によしよしと撫でる安室。見ていた他の客はいいなあ…と眺めていた。


「あら、名前ちゃん。」
「梓さん!」


梓がスタッフルームから出てきた。

そうだ、梓さんに安室が警察の人だとバレたかもしれない。私は泣きじゃくってたし、安室さんはあの時何も言ってなかったし。
怪しさマックスだ。

名前は冷や汗を流しながら梓のところへ行った。


「あの、あ、梓さん…。」
「ん?どうしたの?」


梓は知らないふりをした。にこにこと名前を見ている。
…そんな梓の気持ちを察した名前は嬉しそうに「ありがとうございます。」と言った。





パン、パンと銃声が鳴り響く。
ここは警視庁にある射的場。降谷と風見が射的の練習をしていた。
それをじーとtシャツと短パン姿の私服姿の名前はぬいぐるみを持って離れたところで彼らの後ろ姿を見ていた。
そんな名前をちらりと風見は見た。ここにいていいのだろうかと。心の傷は大丈夫なのかと。
名前はまだ降谷の側から離れようとしない。
以前よりはマシになったが、マンションではずっとくっついている。
名前は本庁に行く降谷に、「私も行きます。」と自ら言ったのだ。
名前は警察の情報を組織に流すつもりはなかった。
こつこつ、と足音が聞こえた。


「おい。お前が"人形"だろう。」


ガタイの大きな男がライフルを鞄に入れて名前に近づいた。ぎろり、と鋭い目が彼女を射抜く。
名前は彼の敵意に気づいて、目だけ向けた。返事はしなかった。
男の名前は村井。公安の人間だ。
そんな二人の様子に気づいた降谷と風見は銃を止めて様子を見た。


「警察はお前を恨んでいるからな。」


"人形"だからと特別扱いはしない、村井はそう言った。
"人形"…を恨んでいる人間はいる。組織の仲間で"目"を使って間接的に人を殺している。直接人殺ししている他メンバーと変わりはない。
名前も降谷も風見もそれを分かっていた。


「降谷さんに近づいて、ここにきて組織に連絡するつもりか?」
「…。」
「そのぬいぐるみ、薬や拳銃が入っているんだろ。寄越せ。」


その言葉に名前は眉を顰めた。勿論ぬいぐるみにはもうそんなもの入っていない。
村井は組織を恨んでいる。以前、組織に殺された公安の人間は彼の上司。何も答えない名前に苛立ちを覚える。
村井は名前を手を伸ばした。
「おい!」と降谷が走って近寄る。やめろ、と。乱暴なことはするなと。
しかし、名前は動じない。じっと村井のその大きな手を見ている。村井は手を止めた。


「未来を見たか。俺が手出ししないと。」


くるり、と村井はやってきた方に戻って行った。
「名前さん!」「苗字さん!」と降谷と風見は名前の元に駆け寄って心配した。
名前はずっと村井の背中を見ていた。


公安部にて。降谷はパソコンを操作して報告書を作っていた。流石に忙しそうな降谷に抱きつかない名前は隣に座ってじっと彼を見ていた。ふと、降谷のデスクに置いてある書類を視界に入れた。そこには「闇オークション」と書かれてあった。名前は降谷から何も聞いていない。そこには眼球の写真があった。それをじっと見る。
「あ。」と名前の視線に気付いた降谷はその書類を見えないように裏返しにした。


「コーヒーでも飲みますか?」


と降谷が名前に持っていた缶コーヒーを渡す。名前はありがとうございます、と言って蓋を開けた、その時、


「名前ちゃーーん!こんにちは!」


と笑顔の田所がやってきた。後ろからどしん、と抱きしめられる。「わ、」とバシャ、とコーヒーはその衝撃で名前にのtシャツにかかる。さあ、と青ざめる田所。


「わああ!ごめんなさい!コーヒー持ってるの気づかなくて!」
「だ、大丈夫です。」


ぎゃー!とわたわたと慌てる田所。どうしよう、降谷さんに怒られる!と。降谷はその様子を見て名前にハンカチを渡した。拭いてください、と。内心めっちゃ怒っていた。


「き、着替えましょう!私脱ぎます!!」
「落ち着きなさい…そうね、着替えた方がいいわ。風邪ひくわ。」


しかし、女性の公安職員は今この二人しかいない。太田も田所も着替えは持ってきていない。
ふむ、太田は考えた。今ここで着替えを持っているのはー…。


「降谷さん。」
「!」
「丁度持ってますよね。なんで何も言わないんですか?」


彼女が風邪引きますよ?と太田は含み笑いで言った。降谷は黙っていた。勿論太田は降谷が着替えを出さない理由を知っていた。
自分の服を着た名前を見たら、絶対抑えられなくなるのを分かっていたから。
降谷はぐさぐさと刺さる太田の視線を感じで冷や汗を流していた。名前はなんだろう?と首を傾げた。


「降谷さあああん!!名前ちゃんに着替え貸してあげてくださあい!」
「お前は少し黙っていろ。」


ぴえーん、と大泣きする田所。

そして名前は太田と田所に連れられて女子トイレで着替えた。
公安部に戻ってきた名前を見て、降谷は固まった。
降谷が持っていた白いパーカー。大きすぎて手も履いていた短パンも出ていなかった。かなりぶかぶかである。
うっ、可愛い…!と思う心を必死で抑える。
思わず、ばっと顔を逸らす。それに気づいた太田はふっと笑った。名前を前に出した。


「苗字さん、降谷さんは疲れてるみたいだから…。」


その言葉に降谷はお、助け舟か?珍しい。やっと僕を上司だと理解したか、とパソコンを操作する。
しかし、


「抱きしめてあげて。」
「!?」


思わず降谷は太田の方を見る。彼女はここで恥かけ鬼上司、とニヤニヤしていた。
あれー、どうしたんですか?抱きしめてもらったら男なんだから回復しますよね?色んな意味で。とテレパシーを送った。
ぐぬぬ、と断わるに断れない降谷は頬を赤くして固まった。え、え?と仕事中なのにいいの?と名前は太田と降谷を交互に見ている。
因みに周りの職員も好奇心で見ている。そんな周りの視線に降谷は、はあとため息をついた。ギ、と椅子を動かして名前の方を向いた。


「…名前さん。」
「?」
「おいで。」
「!」


降谷は両腕を広げた。名前はわーい、と笑顔で座る降谷に抱きついた。降谷はよしよしと彼女の頭を撫でる。
…幸せだ、ふわふわしてる。…癒される。
ふと、降谷は見ている周りの職員の方を向いた。ぎろり、と睨んだ。

見るな、と。



[*prev] [next#]