02
「…え?ひったくりを捕まえる?」
休み時間、本を読んでいたら名前の元に毛利蘭と鈴木園子がやってきた。「私たちでひったくりを捕まえない!?」と。思わず目が点になる名前。
「昨日の苗字さん、蘭の拳避けてたじゃない?あれは絶対何かやってたでしょ!」
「え、えーっと…。」
組織の事は口外するなと言われている。
この高校の入学する前にベルモットは言っていた。
『名前、組織のことは誰にも話しちゃ駄目よ。
』
『どうして?』
私達は世界の為に動いているのに。
名前は小さい頃から組織の人間から『全ては世界の為に。』そう言われて育ってきた。だから、人殺しも窃盗も全て良い事だと思ってきた。
と言っても名前は"目"を使うだけ。人殺しも窃盗もしたことがない。
『貴方は言うことだけ聞いていればいいの。』
ずっと周りの人間の言うことだけを聞いていた名前はそのせいで自分で何かを決めることは出来ない。
ご飯を食べなさい、休んでいなさい、ここにいなさい、全て命令しなければ不安になってしまう。
唯一自分の意思が働くのはクマのぬいぐるみだけ。
「苗字さん?」
「!あ、えと…、」
「無理しなくていいよ。来たばかりなんだから。」
「う、ご、ごめん…。」
そして二人は去って行った。あはは、と楽しそうに話す二人に名前はほんの少しだけ不思議に思った。
なんで笑っているのだろうと。
友達なんていない彼女は友達を作るということがわからないのだ。
今日も一人で下校していたら前に毛利蘭がいた。今日はベルモットに呼ばれていないので真っ直ぐ帰る予定だったが、クマのぬいぐるみを買う為に別の道から帰っていた。
(あれ…。)
と思ったのも束の間、毛利蘭もそのクマのぬいぐるみが売っている雑貨屋に入っていった。
名前も躊躇わず入っていく。別に悪いことではないのだから。
雑貨屋にはクマのグッズか沢山あった。シャーペンやポーチ、缶バッチ等。
しかし、お目当てのクマのぬいぐるみはなかった。売り切れになっていたのだ。
諦めて店から出ようとすれば「苗字さん!」と後ろから毛利蘭の声がした。
「苗字さん、クマが好きなの?」
「…?」
唐突に聞かれたその質問にクエスチョンマークを浮かべならコクコクと頷く。パアと表情を明るくした毛利蘭は「ちょっとまってて!」とレジに向かった。言われた通り暫く待っていると小走りに毛利蘭は戻ってきて可愛くラッピングされた小さな小包を名前に渡した。
「はい!クマのキーホルダー!昨日のお詫び!」
無理やり持たされたその中には小さなクマのキーホルダーが入っていた。
嬉しいのか驚いたのか、自分でも分からない名前はとりあえずお礼を言おうと「あ、あり、」と口を開くと「あ!もうこんな時間、事務所の手伝い行かなくちゃ!」と毛利蘭は走って店を出ていってしまった。
ぽつんと残された名前はまあいいか、と彼女も店を出た。
店を出るとぽつりぽつりと警察がいた。
ーー警察は嫌いだ。
組織の大人達から何度も聞かされた。警察は世界のために活動している私たちの邪魔をしていると。
何故と聞けばベルモットはこう言った。
「貴方の"目"は特別だから。"目"を奪われないようにしないとね。」
答えになっているようでなっていないような返事が返ってきた。
名前は警察に見向きをせず横を通り過ぎた。
耳に入ってきたのは「この辺りでひったくりが…。」「目撃情報は…。」という会話。
ひったくり…昨日の男のことだ。
「すみません。」
一人の警察は話しかけてきた。
どうしよう。組織の事を聞かれたら…なんて答えればいいのだろう。
そう思ったのも束の間、警察は「この辺りでひったくりを見ませんでしたか?」と聞いてきた。名前は首を振ると警察はすぐに去っていった。
そういえば、毛利蘭は見てたんだっけ。
どうでもいいことだ、と名前は頭の中から毛利蘭を消した。
今日は仕事がある。
組織の裏切り者を始末する仕事。
名前はマンションに着くと黒いパーカー姿に着替えた。
そしてベットで横になってゴロゴロしていると玄関の外から「アン!」と犬の鳴き声がした。
きっと誰かの犬だろう。構わず名前はベットで横になる。
19時。時間になって名前は起き上がり黒い鞄を肩にかける。中には拳銃が入っている。
マンションを出ると駐車場でベルモットが待っていた。
ヘルメットを被ってサイドカーに乗る。
暫くバイクを走らせているとベルモットが口を開いた。
「ぬいぐるみは買えた?」
「ううん、売り切れだった。」
ベルモットは名前の初めての世話役だった。
名前は幼い頃は組織が所有する敷地にある小さな部屋に閉じ込められていた。そこは窓はなく、ドアが一つあるだけ。ご飯の時と"目"が必要な時のみ組織の人間が出入りしてくる。
部屋には大小様々のクマのぬいぐるみがあった。これは彼女の誕生日に組織の人間が買ってきたもの。
所々、綿が出ているものがある。原因はジンだった。
幼い名前がクマのぬいぐるみを手で動かして遊んでいる時だ。パンと大きな音がして持っていたぬいぐるみが床に転がった。
叫ばない、泣かない、怯えない、そんな名前はドアの方にいるジンの方を向いた。銃口から煙が出ている。
「ふん、大切なものが壊されたのに無反応か。」
ジンは名前に近づいた。怖がらない名前の大きな瞳にはジンが映る。ジンは彼女のそんな目の縁を触った。
「それでいい。お前はずっとそのままでいろ。」
お前の持つ"目"は特別なのだから。
「ここに裏切り者が?」
着いた先は古びたアパートだった。仮にも組織の一員だからもっと高そうなマンションかと思っていた名前にベルモットは「貴方はここで待機。」と言った。
待機というは"目"を使いつつ、周りに不審者がいないか見張ること。
ベルモットがドアを開けると隙間から男が数人いた。ジンとウォッカと裏切りの男だ。
ウォッカは男を取り押さえており、ジンはソファに座って煙草を吸っている。
「!ベ、ベルモットまで…!助けてくれ!俺は何も…!」と助けを求める表情が名前から見えたが、ガシャンとドアが閉められた。
「あら、往生際が悪いのね。死ぬ前に組織のデータが入ったUSBはどこ?」
「そ、そんなもの知らない!俺は本当に…!」
『おい、黒の組織のデータが数億で取引されてるの知ってるか?』
ベルモットの右手にあるボイスレコーダーから男の声がした。青ざめる男の表情を見るとベルモットは満足そうに笑みを浮かべ、ボイスレコーダーの電源を切った。
「な、何でもする!だから許してくれ!」
「あーら、ジン。何でもするってよ?許してあげたら?」
ジンはふう、と口から副流煙を出すと「そうだな…。」と呟き言った。
「死んだら許してやるよ。」
その瞬間、コンコンと玄関のドアをノックする音。ギイとドアが開き名前が顔を出す。
「どうした、名前。」とジンは目だけ彼女に移した。
「後20秒でこの部屋、爆発するよ。」
「はあ、嫌な目にあったわ。」
道路を移動するベルモット。サイドカーには勿論名前がいた。爆発から逃れ、皆、帰路に着く。
名前は自分の周りの20秒先の未来を見ることができる。
これが組織のコードネーム持ちのほんの一握りが知っている事実。
「結局、USBは見つからず。未来にはなかったんでしょ?」
「うん、どうするの?」
「そうねえ、私もここを離れないといけないし…。」
「離れる?」
ベルモットは組織からの別の仕事でここを離れることになっている。では、名前の仕事のパートナーは誰になるのか。ジンだろうか。
「バーボンよ。」
「バーボン?」
「会ったことなかったわよね。そのうち、彼を紹介するわね。USBの事もバーボンに任せるわ。」
そしてベルモットはバイクのスピードを上げた。
髪が風に靡く。
これは彼女と、彼の物語。
数日後、街中にあるテレビでニュースが流れることを名前は知らない。
『米花町のとあるアパートで原因不明の爆発事故が起きました。火元と見られた部屋には男性の遺体が発見されました。男性の部屋から女子高生の鞄が幾つも発見されており、警察は男性の余罪を調べています。ーー。』
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