35

名前と降谷は警察庁に戻った。名前は降谷から離れようとしなかった。ずっとしがみついていた。

ここは会議室。二人はそこにいた。名前は何をされるのか分からず、青ざめていた。涙は止まっていた。降谷の隣に座って震える手で彼を抱きしめていた。
不味い、身体が熱い。熱が出始めている。


「…名前さん。」


降谷は名前を抱きしめ返した。そして安心させるように頭を撫でた。あの時は拒否されたが、名前は受け入れてくれた。しかし、震えは止まらない。
すると、名前はびくりと肩を震わした。
その様子を見た降谷は僕が怖いのか…と撫でるのをやめた。その時、コンコンとドアがノックされた。
「太田です。」と彼女の声。
太田と田所が入ってきた。名前は見ようともしない。


「…少し確認したいことがあるんだけど。」


太田は名前を睨んだ。田所は目を泳がせている。
…?なんだ?確認したいこと?
降谷は名前を見ていた。


「苗字さん、貴方。"目"が使える範囲が広がっているわね。」
「!!」


名前は目を見開いた。見つかった、ばれた、と冷や汗が流れる。返事をしない名前に太田は続けた。


「あの時、私の手を弾いた時、貴方、視界に入れてなかったわよね?」
「…。」
「その上追いかけていた他の職員が言っていた。まるで手に取るように行動パターンが読まれていたと。逃げている最中、ずっと"目"を使っていた証拠。その時間は40分以上。持続時間も伸びている。そして…、」


名前は震える。ぎゅ、と降谷の服を掴む。「名前さん…。」と降谷は呟く。
不味い、範囲が広がるということはそれだけ負担がかかるということ。きっともう目は殆ど見えていない。


「未来と現実、両方が見えるようになってるわね。」
「なっ、太田…憶測を言うな!」
「ならどうして走りながら公安の動きが分かったの?」
「っ、」


これを上に報告されては不味い。ただえさえ未来が見える子だ。上層部に管理されて二度と会えなくなってしまう。
降谷は名前を抱きしめる腕を強くした。もう離さないと。
それを見た太田は目を細めた。


「何か勘違いしてるようだけど。」
「…。」
「私達は国の為に働いているのよ。」


じゃあ、確認も取れた事だし私は上にこの事を報告してくるわ、と太田は部屋を出ていった。田所は彼女を追いかけた。出る間際、ちらりと名前を見て。
ガシャン、とドアが閉まる。


「…名前さん、さっきのは本当ですか?」
「…。」


名前は小さく頷いた。まさか…と降谷は汗を流した。
どうする、もう二度と彼女と離れたくない。これ以上は心が壊れてしまう、彼女も僕も。
すると、名前の降谷を抱きしめる力が弱くなった。微かに呼吸が息切れしている。体調が悪化したのだ。マンションに戻らないと。しかし…。


「横になりましょう。」
「…帰り、たい。」


名前は呟いた。
本当に僕は彼女を連れて帰れるのだろうか。上に逆らうことはできない。いや、でももう…限界だ。
すると小さな音でノックされた。太田が帰ってきた、と降谷は警戒した。ドアがキイ…と小さく開く。田所だ。


「…あの、」
「入れ。」
「…。」


田所は気まずそうに入ってきた。ぐったりとしている名前を見ると眉を下げた。


「名前ちゃんの体調は…。」
「見れば分かるだろう。」
「!そ、そうですよね…あの、先輩から伝言です。」


そして、田所は一言一句間違えずに言った。


「さっきのは嘘です。上に報告するつもりはありません。ざまあみろ、鬼上司。たまには痛い目見ろ。」


かちん、と降谷は固まった。あ、あいつ…!とわなわなと角が出てくる。それを見た田所はひえーー!だから伝言なんて嫌だったんだ!と泣いた。
ぶっ、と吹き出す声。名前が笑った。降谷と田所は驚いて名前を見た。


「降谷さんって怖がられてる。」


クスクスと笑っていた。普段優しい安室のイメージとはかけ離れている、と。
「…名前さん。」と降谷は恥ずかしそうに咳払いをした。ニコニコとしている名前を見ると降谷は安心して頭を撫でた。名前は嬉しくて目を細めて、もっと、と言った。


「安室さんの手、暖かくて大好き。」


降谷は顔を少し赤くした。むず痒いな…と。
ふと視線を感じた。田所はじいっとその様子を見ていた。…あ、と降谷は思わず手を離した。
するとぱ、と田所は笑顔になった。そしてきゃー!と言いながら、


「…やーん!二人ともお幸せに!この会議室は暫くは使わないのでゆっくりしていってくださいね!」


バイバーイと田所は会議室を出た。パタン、ドアが閉まる。
ゆ、ゆっくりって…。そ、そうだ!名前さんを警察医に見てもらわないと!と思って降谷は言った。
しかし、名前は降谷に抱きついたまま動かない。


「…暫くこうしていたい。」


目を瞑る名前にドキドキと降谷の心臓が鳴る。
…やっぱり可愛い。癒される。
…好きだ。
娘とか妹とかそんな馬鹿なことは言わない。
もっと側にいたい、触れたい。君のことが知りたい、守りたい。
降谷は自然と名前の頬に手を添えた。


「…僕も充電していいですか?」
「え?」


ぱち、と名前は目を開けた。充電…?
ここ数日、触れられなかった隙間を埋めるように降谷は名前の背中に手を回して、身体を密着させた。
上を向かせると、そのまま名前の唇に触れるだけのキスをした。
びっくりした名前は真っ赤になって固まった。その反応が可愛くて降谷は何度も角度を変えてちゅ、ちゅと音を立ててキスをする。
名前は嫌がってはいない。恥ずかしいのだ。いつも自分がする側だから。


「あ、安室さ、」
「何ですか?」
「そ、その…、」


目を泳がせた名前を降谷はつい面白くてくすりと小さく笑う。そして「大丈夫です、僕に任せて。」と囁くと名前をソファに押し倒した。混乱して目を回す名前を降谷は眺める。
…可愛すぎる。
うっとりと見ていた。
でももっと触れたい。
降谷は名前が着ているワイシャツのボタンを上二つ外した。顔を彼女の首筋に埋めて舌を這わせる。
「んっ、」と名前はびくりと体を震わせる。彼女の体は熱で火照っていた。足をもぞり、と動かす。降谷は荒くなる息を隠そうともせず何度も首筋にキスをした。ゾクゾクと唆る。
もっと声が聞きたい、可愛い顔が見たい。
でも彼女は体調が悪い、そろそろ終わらせないと 降谷は彼女の鎖骨を舐めてそのままキスマークをつけようとした。


「ひゃっ、うっ…!いた、」
「、は、可愛い…。」


赤くなったそこを降谷は撫でる。満足そうに目を細めると彼女の唇に再びキスしようと体を近づける。それに気づいた名前はぎゅ、とぬいぐるみを抱きしめた。
ああ、そうだ、このぬいぐるみは。
そこで降谷は名前が持っているぬいぐるみを視界に入れた。
僕が彼女にあげたぬいぐるみだ。
嬉しくなって、降谷は微笑んだ。


「名前さん、ありがとうございます。」


そして、後3センチでキスするというところでガチャとドアが開いた。風見である。


「降谷さん、警察医の彼と連絡取れまし…あ。」


……あ。
風見の目に飛び込んできたのは乱れた名前と彼女に覆いかぶさる降谷。
わなわなと名前は顔を赤くする。見られたと。
降谷は静かに怒った。


「…風見、ノックくらいしろ。」
「す、すみません!!」





「はい、これで大丈夫。」


医務室で名前、降谷、風見、そして警察医の男性がいた。名前の左目には眼帯が巻かれていた。
名前さんの左目は殆ど見えてなかった。酷使した代償だ。右目は辛うじて見えている。安静にすれば視力は元に戻るらしい。耳鳴りも頭痛も今はしていない。
ただ熱がこれから出てくるので解熱剤を貰った。
名前は眼帯が気になるのか触っている。


「ありがとうございます。」
「いえいえ、当たり前のことしただけですよ。元気になるまで"目"は使わないで下さいね。」
「はい。」


にこーと警察医のは言った。そして名前をじっと見ていた。


「…降谷さんにセクハラでもされた?」
「!!!」


ぼっと赤くなる名前は先程の事を思い出す。因みにボタンはちゃんとつけている。キスマークは見えないはず。降谷はびく、と青ざめて目を泳がせ、見てしまった風見は誤魔化すようにこほん、と咳払いした。その様子を見た警察医はあれ、ときょとんとした。


「されたの?」
「し、してないしてない!」
「なんで降谷さんが答えるんですか?」


「さ、されてないです…。」と名前が恥ずかしそうに小さく言った。思いっきり分かりやすいが、警察医はあっはーと笑った。


「だって、こんな可愛い女の子と会議室で二人っきりなったらいくら降谷さんでも耐えられないだろうと思ってカマかけてみました!」


でも何にもなくてよかったです!と警察医は笑顔で言った。名前はこの人は心臓に悪い…とバクバクさせていた。
(こいつ…後でシバく。)という降谷の心情を読み取った風見は南無阿弥陀…と唱えた。
「…だけど、気をつけてね。」と警察医は優しく言った。


「…ここから本題。もう"目"を無理やり酷使しない方がいい。いや、したらダメだ。」
「?体調が悪くなるからですか?」
「それもあるけどー…。」


警察医は言葉を選ぶように言った。


「君の"目"は凄く便利だ。でもね、気づいているだろうけど、どんどん症状が悪化している。それは"目"の機能が上がるにつれて。」
「…。」
「気をつけて。今回はまだギリギリ初期で助かったけど、失明する恐れがある。最悪、熱が上がりすぎて…」


警察医は黙った。こんな女の子に言ってもいいものかと。降谷と風見は顔を見合わせた。分かっていた、二人も。


「死にますか?」
「!…。」


名前は言った。警察医は目を逸らした。しかし彼女は彼を見続けていた。ぬいぐるみを抱きしめる手は微かに震えていた。


「…大丈夫です。確かに怖いけど、降谷さんがいるので大丈夫です。」
「そっか。」


警察医は彼女の頭を撫でた。「これで診察は以上です。気をつけて帰って下さいね。」と言った。

医務室から出ると太田と田所がいた。二人は名前達に気づいた。


「あ、太田さんと田所さん。」
「名前ちゃーーーん!!ごめんなさいーーー!!!」


ぎゅう、と田所は泣きながら名前を抱きしめた。ぴえーんと大泣きである。
…この人、こんなんでよく公安が務まるな…と名前は思っていた。


「心配してたんですよー!体調大丈夫ですか!?」
「大丈夫で、」
「よかったですー!帰ってちゃんと休んで下さいね!!!」
「は、はい。」


痛いくらいにギチギチと抱きしめられて、それに気づいた降谷はぺい、と剥がして、ぽいと太田の方に田所を投げた。名前さんに触るな、と。凄く怒ってる。


「降谷さん!酷いですー!嫉妬なんてみっともないですー!」
「貴方ちょっと黙った方が身のためよ。」
「はっ!!!」


鬼の降谷に気づいた田所はさっと太田の後ろに隠れた。
太田は臆せず、降谷の前に立った。


「上には"人形"が貴方に懐いて離れようとしない、コミュニケーション能力に異常があると報告したわ。」
「…。」
「"人形"は特殊な環境で育ったからね。下手に人員を変えない方がいいという判断になったわ。」
「…そうか。」


感謝する、と降谷は言った。太田はきょとんとした。あの恐れられている降谷さんがこんなこと言うなんて…と。しかし、はんと鼻で笑った。


「こんな女の子に言い寄っちゃう公安にそんなこと言われたくないわね。」
「あ??」
「降谷さん!帰りましょう!そうしましょう!」


その間、名前は田所に可愛いーと抱きしめられていて見てなかった。



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