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「ねえ、安室さん。名前お姉ちゃんどうしたの?」


ポアロにて、安室は皿洗いをしていた。お客さんはコナンのみ。コナンは蘭から「最近名前ちゃん休みなのよねー、メールも返事来ないし。」と聞いて心配していた。


「んー?なんで僕に聞くのかな?」


と平常心を装っていた安室は気持ち穏やかではなかった。
早く彼女を連れ戻さないと。今何をしているのだろうか。体調は?心は?…無事ではないだろう。一刻でも早く彼女の様子が聞きたい。
安室を見ていたコナンはずっと思っていた。

(そのお皿…いつまで洗ってるんだろ。)

凄い泡立っている。


「…安室さん、やつれた?」
「あはは…、そう見える?」


気のせいじゃない?と安室は戯けた。
コナン君は鋭すぎる。…公安として察しられる訳にはいかない。
カランカラン、とドアのベルが鳴る。梓だ。買い出しに行っていたのだ。はあー!疲れたー!と荷物をカウンターに置いた。


「お疲れ様です。沢山買ってきましたね。」
「はい!新作スイーツについて…ちょっと思い出したことがあるので!」
「?なんですか?」


梓はにっこーとして答えた。


「安室さんがいない時、名前ちゃん、ドーナツが食べたいって言ってたんですよ!」
「…。」
「珍しいですよね!名前ちゃん、甘いもの苦手なのに!でも段々好きになってくれて嬉しいですよね!これも安室さんが頑張ったお陰です!」


「そうなんですね。」と静かな安室に梓はえ?と驚いた。コナンも驚いていた。明るく返事するのかと思っていたから。
「私、食材片付けますねー。」梓はキッチンに入り冷蔵庫に入れていく。
するとヴーと安室のスマホが震えた。スマホ画面には『田所』の文字。秒で安室は電話に出る。「すみません、ちょっと…、」とポアロの外に出た。


『あ!ふ、降谷さん!?すみません…仕事中に…。』
「大丈夫だ、どうした?」
『名前ちゃんの具合が突然悪くなって…私、どうしたらいいか…。』
「分かった、今すぐ行く。どこにいる。」


嫌な予感しかしない。彼女に何をさせたんだ。
安室は梓に一言行ってポアロを上がった。急いで車に乗り込んで名前がいるマンションに向かった。

汗が止まらなかった。なんでこんな時に僕は側にいないのかと。一番、彼女のことを知っているのは僕の筈なのに。

マンションに着いて、降谷は走って部屋に向かった。田所に言われた部屋のインターフォンを押した。田所はすぐ出てきた。


「降谷さん、こちらです!」


名前の部屋に入ると彼女はベットで横たわっていた。苦しそうに呼吸している。熱も出ていた。降谷は「名前さん、大丈夫ですか?」と頬に手を当てた。返事はなく、薬もない、どうすれば…!
田所に話を聞くとただ名前を車に乗せていただけらしい。乗せていた時間は40分。…?未来は見させていない?


「わ、私のせいでしょうか…な、何が何やら…」
「落ち着け、とりあえず警察医に電話する。」
「あ、それがその…、」
「?」


田所は何か言いたげだった。しかし黙ってしまった。


「どうした。」
「…名前ちゃんが、」
「…う、」


名前はうなされていた。目を閉じて苦しそうだ。はあはあ、と息を切らしながら小さな声で言った。腕にはぬいぐるみがあった。


「あ、むろ、さん…。」


!と降谷は辛そうな表情をした。
「、私、部屋出ますね。」と田所は部屋から出た。
ずっと名前は彼の名前を呼んでいたのだ。
降谷は思わず名前を抱きしめた。僕はここにいます、と。名前は朦朧とする意識の中で降谷の服を力なく掴んだ。彼女に降谷の声は届いていない。


「…ご、めんな、さい…。」


降谷は何故彼女が謝るのか、謝るのは僕の方なのに、と彼女の頭を撫でた。
謝らなくていいんです、名前さんは何も悪くない。悪いのは全部僕。
名前の体調は良くならなかった。
ここでは、治らないか。
降谷は名前を抱きかかえた。部屋から出てきた二人に田所は近寄った。


「あの、先輩に訳を話しておきます。今日は…、」
「分かってる。明日になったら返すよ。」


万が一、降谷の元に名前がいると上に報告されると不味い。降谷にはもう名前を保護する権利はない。
降谷は名前を車に乗せて、運転席に座った。心配になって名前を見る。「う、…、」とうなされていた。早く戻ろう…。
降谷はマンションの部屋に名前を入れてベットに寝かせる。


「…名前さん…。」


心配そうに彼女を撫でる。薬は…残っていた筈と降谷は薬を取ってきて名前に飲ませようとしたが、名前は嫌がった。
降谷は薬を口に含んで名前にキスした。ギシリとベットが軋む。熱い彼女の口内に舌を入れて薬を奥に入れる。「んっ、」と名前が苦しそうにする。そして口移しで薬を飲ませた。ごく、と名前は薬を飲み込んだ。
少し離れると降谷は名前の頬に触れて再びキスをしようとして顔を近づけた。しかし、名前の顔を見て途中で止まってベットから降りた。

寝室にはまだ沢山のクマのぬいぐるみが置かれてあった。
いつかこのぬいぐるみ達ともお別れだな…。
そういえば名前さんはぬいぐるみの中に薬を隠していた筈…。処分しよう。

降谷は一番大きなぬいぐるみの綿が出ているところから手を入れた。ばらばらと出てくる錠剤。こんなに…と降谷は引いていた。まだあるのか…?と手探りで薬を探す。すると一枚の紙を見つけた。なんだ?とそれを引っ張り出す。

出てきたのは写真。
男性と女性…そして五人の子供達が笑顔でピースしていた。
写真は所々焦げていて男性の顔、女性の顔、そして女性が抱える赤ん坊の所は見えなかった。

誰の写真だ…?



降谷は一睡もしないで名前が起きるのを待っていた。もし、夜が明けたら目が覚めなくても彼女は太田と田所の元へ返すつもりだ。降谷はずっと彼女の手を握っていた。


「ん、…あ、れ?」
「!…名前さん、大丈夫ですか?」


大丈夫ではない。名前の熱は下がっていなかった。それ程、"目"を酷使していた。
名前の視界は半分しか見えていなかった。微かに見えてる視界もぼんやりとしか見えていない。
降谷の姿は入っていない。遠くから暖かい声がする、と朦朧とする意識の中思っていた。


「…名前さん、」
「……逃げな、きゃ、」


そして名前は言った。
逃げる隙を見つける為、田所が運転する車の中、40分間ずっと"目"を酷使していたこと。動画のように見る為に無理やり持続的に"目"を使っていた。
それ聞いた降谷は青ざめた。
確か彼女が"目"を使える時間は20分まで。それ以上は負担が大きすぎてすぐに体調を崩す。ただえさえ、まだ追いかけられていた時の体力が戻っていない。


「名前さん、ダメです。もう"目"は使ってはいけません。」


休ませないと。降谷は名前の目に手を当てた。名前は再び眠った。
これでは、彼女の身がもたない。

朝の8時。まだ寝ている名前を降谷は起こさないように抱きかかえて部屋を出た。勿論彼女の腕の中にはぬいぐるみ。車に乗せて降谷は太田と田所が住むマンションに向かった。

マンションの部屋から出てきた田所はかなり心配していた。
「名前ちゃん…!」と駆け寄り、彼女をベットに寝かせた。
降谷は一通り、事情を説明した。それに聞いた田所は「そ、そんな…。」とショックを受けた。


「今日は安静にさせろ。」
「わ、分かりました…。」


太田は黙っていた。降谷は部屋を出ようと靴を履いて玄関にいた。後ろにいた太田は彼に話しかけた。淡々と。


「薬は飲ませたんですか?」
「ああ。」
「残りは?」
「…。」


はい、と太田は手を出した。寄越せ、と。勿論、降谷は渡したくなかった。降谷は少し黙った後、ジャケットの内ポケットから残りの薬を太田に渡した。
「彼女の荷物、こちらに送っておいてくださいね。」と太田は付け足した。降谷は振り向かず言った。


「…分かってる。」


ガシャン、と玄関のドアが閉まる。
はあ、とため息をつく太田は名前が眠る部屋に戻った。田所は彼女の手を握っていた。
二人で任されたのは理由がある。一つは何らかの事故で片方が死んだ場合、もう片方の人間が彼女を護衛する為。そしてもう一つは彼女のカウンセラーの役目。太田は不適切だった。元々、太田のみの任務だったが、あまりに冷徹だと有名な太田。後輩の田所が採用された。
しかし、田所は情に流されやすい性格だ。
"人形"を守ることも重要だが、公安が一番守らなければならないのはこの国。
もし何かあった時、我々は"人形"をも殺さななければならない。


「じゃあ、私は仕事に行くわね。この子の看病をお願い。」
「は、はい。」


太田は名前と田所に背を向けてドアに向かった。ドアノブに手をかけると、「、名前ちゃん!起きちゃダメです!」と田所の声。振り向けば名前が体を起こしていた。顔はまだ赤い。


「…わ、私も行く…。」


「だ、ダメです!休みましょう!」と田所は名前の肩を押して寝かせようとした。しかし、名前は耐える。はあはあ、と息が荒い。太田はじっとその様子を見る。


「…警察の役に、立つ…。」
「そう、いい心がけね。」


薬もある。大丈夫だろう。やっとわかってくれたか、と太田は名前の近くに近寄った。ポケットから黒いアイマスクを取り出した。それを名前につけると彼女の腕を引っ張った。こうすれば未来を見て逃げることもないと考えて。

車に乗せて、太田は運転した。田所と名前は後ろに座った。田所は心配そうに「無理しないでくださいね。」と声をかけていた。太田は何も話さない。

本庁に着いて、田所はアイマスクを外した。眩しい、と名前は目を顰めた。視界は完全には見えていないが、夜よりは良くなった。
"目"を酷使した代償はじわじわと大きくなっていた。


「ねえ、あの子。"人形"じゃない…?」
「あ、本当だ。ふらふらだけど大丈夫かな?」


そんな彼女の様子を見ていた職員はヒソヒソと噂していた。そんな声が耳に入った、側にいた風見はえ?と振り向いた。そこには名前の姿があった。太田と田所と一緒にいる。風見は降谷から今日は彼女が本庁に来ないことを知っていた。そして、降谷は今日はポアロのシフトが入っている。

「さ、行きましょう、名前ちゃん。」と田所が優しく彼女の手を握って歩く。ずっと名前を見ていた。その前を太田はスタスタと歩く。

名前はもたつく足で歩いていた。俯いた顔を上げていた。見えないと意味がない。
(早く…早く…、)と焦っていた。

あまりに見ていられない状況に風見は彼女達に近づいた。ざ、ざという足音に気づいた名前は風見の方を見た。


「おい、なんでその子がここにいる。」
「!か、風見さん、こ、これは…、」


田所は青ざめてもごもごと言葉を濁した。どうしよう、と。
「この子がここに来たいと言ったからよ。」と太田は冷たく言った。
彼女の意思…?何故…?風見を眉を顰めた。降谷さんに報告しなければ、と風見はポケットからスマホを取り出そうとすると…名前は風見の方に向かって走り出し、風見のワイシャツを掴んだ。


「安室さんはどこ!?どこにいるの!?」



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