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「くっ、!」


防弾チョッキ…!銃弾は貫通しなかった。名前はもう一発…!と引き金を引こうとすると銃を掴まれて体勢を崩した。「わ、」と引っ張られて前に倒れそうになるが足で踏ん張って阻止した。

失敗した…!逃げないと…!

名前は軽い身のこなしで降谷の顔面を蹴ろうとしたが、避けられた。そのまま、足を掴まれて休憩室の奥、ドアとは反対側に投げられた。どさ、と床に倒れる。その拍子に銃が手から離れ、床を滑って降谷の足元で止まる。それを彼は踏み潰した。バキ、と鈍い音がした。


「…っ、」
「すみません、名前さんがいきなり危ないものを取り出すので。」


窓から…!後ろにある窓を視界に入れて、未来を見ようとする。しかし、「未来を見て逃げるつもりですか?」という安室の言葉に名前ははっとした。現実に視界を変えると安室は目の前にいて名前の左手を掴んだ。


「貴方の弱点を教えましょうか?」
「、…。」
「未来を見ている時は今目の前で起こっていることは見えない。つまり、"目"を使っている間は隙だらけなんですよ。」


まあ、パートナーがいればその心配はないですけどね、と降谷は言った。降谷の右手にクマのぬいぐるみ。それを名前は見ると「さ、触らないで!警察!」と叫んだ。青ざめている。
大切なものを敵が触らないでほしい。それは大事なもの、それは…、


「この中に薬を入れていたんですね、全然気づかなかったです。流石名前さん。」
「……。」
「風見に何を飲ませたんですか?教えて下さい。彼は僕の部下なんです。」


ぐ、と降谷はぬいぐるみを持つ力を強くした。
部下を助けなければ、そして彼女も…。
「や、やめ…、」と名前は震えた。ポロポロと涙を流している。


「!っ、」


思わず降谷は動揺して彼女の左手を掴む力を緩めてしまった。その瞬間、名前はぬいぐるみを奪い取ってドアまで走った。
このぬいぐるみは初めて安室さんから貰ったもの。命より大切なもの。やめて、そんな乱暴な扱いしないで。
ドアに手をかけて開けようとしたが、開かなかった。


「無駄ですよ、後輩に外から鍵をかけさせました。」
「、こ、この…!」


こつこつと足音の鳴らして降谷は微笑みながら言った。名前はキッと彼を睨む。
信じていたのに、信じた結果がこうだ。全部嘘だったのだ。
心がパリンと割れる。
あの優しさは、温もりは、全部嘘だった。
名前は泣くのを我慢した。とにかく目の前の裏切り者を殺さなくては。


「な、何が目的…。」
「僕達に協力してくれるなら教えますよ。」


似たような台詞をどこかで聞いた。そうか、そうだ。私を連れ去ろうとしたあの女性二人も同じことを言っていた。…そうか、あの二人も警察…"目"のことを漏らしたのはやはりこの人…!
最初からそのつもりだったんた。ずっと側にいてくれたのも、世話役として接してくれたもの、結局は"目"が欲しいから。
皆そうだ。私なんか見てくれない。皆、"目"を欲していた。
…私は誰のもの?
目の前が真っ暗になる。もうダメだ…私、生きていけないよ…。
黙って俯いてしまった名前を降谷は見つめた。これでおしまいだ、と。
するとガチャガチャ、とドアの鍵が開く音がした。チャンス…!と名前はドアの方を向いた。一瞬だけの未来なら隙だらけの筈がないと思って。
しかし、ダン、と降谷の腕が視界を遮る。後ろにあった壁に手をつかれて逃げることができない。


「だめですよ、そうやって対象を見る時もタイムラグが生じる。気をつけて下さいね。」


名前はぎゅ、と強くぬいぐるみを抱きしめた。それを見た降谷は一瞬悲しそうな表情をした。「…名前さん、」と空いていた手を彼女に伸ばした。
撫でようとしていたのだ。安心させようと。僕は味方だと。
しかし、名前は拒否した。殺されると思って目を強く瞑り顔を逸らし、震えていた。
降谷は目を見開いて手を引っ込めた。


「お別れは済んだかしら。」


ドアから出てきたのは太田だった。後ろには田所もいる。じっと見つめた降谷は名前から離れた。太田は震えている名前を見ると言った。


「乱暴な真似をした私を睨んだ癖に貴方も大概ですね。大きな音が外まで響いてましたよ。」
「…。」


降谷は言い返すことができなかった。
田所は名前の元に側に駆けつけた。「大丈夫ですか?怪我してないですか?」と。名前は何も答えなかった。ずっと俯いていた。三人には彼女の表情は見えなかった。


「それじゃあ、苗字さん。行きましょうか。」


太田は彼女の手を掴んで引っ張った。名前ははっとして手を弾いた。「…あ、」と名前は青ざめた。まだ震えている。しかし太田は構わず再び名前の手を掴んだ。無理やり、ぐい、と引っ張った。


「な…!名前さ、」


彼女に乱暴なことをするな、と降谷は手を伸ばそうして固まった。自分がそんなことをする資格はないと思ったからだ。
名前は一瞬だけ降谷を見た。不安な瞳で。しかし太田に引っ張られて休憩室を出た。
休憩室の外は野次馬でいっぱいだった。"人形"を一目見ようと集まっていたのだ。"人形"を見た職員は口々に言った。


「酷い…ボロボロじゃない…。」
「降谷さんが保護してたんだろ?」
「えげつねえなあ…あんな女の子に…。」


風見も合流していた。あまりの言いように怒りが湧き立つ。「お前ら…!」と言い返そうとしたが、降谷は止めた。


「いいんだ、これで…。」



名前は小さな会議室に入れられた。逃げないようにと両手には手錠。「ごめんね、少し我慢してね。」と田所は隣に座る。太田は上に報告してくると会議室を出て行った。


「…名前ちゃん、騙すようなことしてごめんね。」


名前は震えていた。これから自分はどうなるのか、と不安でいっぱいだった。
道具のように使われる?殺される?
田所は心配そうに名前を抱きしめた。しかし、震えは止まらない。

(ショックよね…降谷さん凄く気にかけてたもん…それだけ二人は仲が良かった…。)

田所は本当はこんなことしたくはなかった。

これはまだ彼女達が名前の保護を命令されていない時の話。
降谷は本庁で仕事をしていた。田所は好奇心で"人形"について質問した。


「降谷さーん、"人形"さんとはどうですか?仲良くしてますか?」
「ん?ああ、まあな。」
「私も見たいなー、会いたいなー。その可愛い子に!」


可愛いものが大好きな田所はきゃっと頬に手を当てた。それをじろ、と降谷は睨む。
きゃー!怖い!ごめんなさい!降谷さん大変なのに!と田所は凍りついた。
すると降谷はふっと、笑った。


「名前さんは可愛いよ。」


その表情はとても暖かくて優しかった。
降谷さんは名前ちゃんのことを大切にしていた。きっと名前ちゃんも…。でも彼女にそんな言葉はもう通じない。今度は私が大切にしなくちゃ…。


「これからよろしくね。名前ちゃん。」


田所は優しく彼女の手を握った。



結局、三人はそのまま帰ることになった。空はまだ明るい。昼過ぎだ。
着いた先はマンション、勿論降谷のではない。「ここで三人で住むんですよー!」と田所は明るく言った。彼女は名前の手を握って部屋に入らせた。部屋は綺麗だった。必要な家具は一通り揃っていて、汚れはなかった。
名前を保護する為に買った部屋だった。
田所はソファに彼女を座らせた。


「名前ちゃん、お腹すいてません?何食べます?食べたいものないですか?」


名前は何も話さなかった。目に光は宿っておらず、でもぬいぐるみをずっと抱きしめていた。構わず田所は名前に明るく話しかけた。


「安心してくださいね。私達は名前ちゃんの味方です。仲良くしましょ?」
「…。」


ど、どどどうしよう、公園であんな酷いことして味方だなんてすぐ信じてくれないよねー!うわーん、せんぱーい!と田所は心で泣きながら太田に助け舟を出した。その視線に気付いた太田は「ああ、」と言った。


「その内、立ち直るでしょ。放っておきなさい。」


私、ご飯作るから、と太田はキッチンに向かっていった。
わーん!せんぱーい!



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