30

時は遡り、降谷のマンションの一室で二人きりになる名前と風見。二人はずっと無言だった。
名前はクマのぬいぐるみを抱きしめて風見をじっと見ていた。…凄い警戒している。
風見は降谷から彼女の護衛を任された。勿論、下手に出ていかないように監視も。もしかしたら太田達がきてしまうかもしれない。その時は彼女を死んでも守るようにと。
しかし、

(こうも警戒されると動きにくいな…。)

"人形"は未来が見える。それは視界の範囲内。20秒先のこと。持続時間は20分。
下手に動けば怪しまれる。


「……あの、」
「!何ですか?」


名前は風見を見ながら言った。


「…安室さんとはどんな関係なんですか?」
「え?えーと、」


怪しまれず、誤魔化さなければならない。風見を眼鏡をかけ直した。よし!


「安室さんとは大学の先輩後輩でして、よく勉強を教えてもらっていたんですよ。」


高校生には大学の仕組みがよく分からないはず、と嘘をついた。
未来に声は付かないことも知っている。会話から未来を憶測することは出来ないだろう。


「…安室さん、優しいですもんね。」


と名前は嬉しそうに言った。
この子はいい子だ!と風見は「そうなんです!」興奮気味に言った。


「安室さんは本当に頼りがいがあって、自分がピンチの時、何度も助けられて…!あ!でも、流石に3徹した時の顔は鬼のように怖くて…!」


と言って風見は固まった。あ、やばい、言いすぎた、と青ざめた。しかし、名前は気付いていないようで「そうなんですね。」と言いながらクマのぬいぐるみの腕を動かしていた。その様子を見た風見はよ、よかった…と安心した。
そして「お茶出します。」と言って立ち上がった。名前がキッチンでお茶をコップに入れる。その時もぬいぐるみを持っていた。
その後ろ姿を風見は眺める。特に怪しんでいる風には見えない。
きっと信頼している降谷さん…いや、安室さんの友人だと分かり、警戒を解いたのだろう。
降谷さんに懐いているのがわかる。
そんな彼女を引き離すのが可哀想だ。


「どうぞ。」


と名前はテーブルにお茶を出した。普通のお茶だ。丁度熱弁して喉が乾いていたところだ、と風見はコップの半分程、お茶を飲んだ。それを名前は眺める。


「ありがとうございます!…あ、れ。」


グニャリと視界が歪む。どさり、と風見は倒れた。くかーと寝ている風見を名前は立ち上がって冷たく見下ろす。ぬいぐるみの背中からどさどさ、と沢山の錠剤が落ちる。


「ぬいぐるみって便利ですよね。ベルモットから昔教わったのですが、ぬいぐるみ達の中には色んな薬が入ってるんですよ。自白剤、自害剤…まあ色々。これは安室さんにも教えてないんです。敵を騙すならまず味方から。」


安心してください、貴方が飲んだのはただの睡眠薬です。と名前は風見のジャケットを調べて始めた。内ポケットから警察手帳が出てきた。名前はそれを開くと公安と書かれていた。
あの時の警察か…。
口封じに殺すか、と名前は自分の鞄が置いてある寝室に入り、拳銃を持ってきた。そして、かちゃ、と銃を風見の頭に向けた。手が震える。
ふと相原の言葉を思い出した。これは彼女の家に泊まっていた時のこと。


「ねえ、なんで私を助けたの?」


相原の部屋で名前は聞いた。相原はえ、えと…うーん…と言いづらそうにした。そしてそっぽ向きながら言った。


「こ、困ってる人を助けない訳ないじゃん。」


名前は黙ったまま銃を下ろした。今ここで殺しては遺体と血がこの部屋に残る。後始末はバーボンに相談すればいい。
この人と安室さんの関係がただの大学の先輩後輩とは思えない。あの安室さんがそんなただの人間と私を一緒にさせない。
安室との信頼関係が裏目に出た時だった。信用するあまり逆に名前は疑った。
そもそも、安室さんはどこに行った?何故、目的地を言わない?
名前は再び風見のジャケットを調べ始めた。出てきたのはスマホ。指紋認証だ。パスワードじゃなくてよかった。名前は風見の手を持ってロックを解除させた。すぐに開いたのは通話履歴。

(さっきこの人は安室さんと電話していたはず。)

と名前は通話履歴を見た。そこには安室の文字はなかった。代わりに『降谷さん』と書かれていた。
安室さんではなく降谷さん…?
名前は首を傾げた。わからない。ぽい、とスマホを床に投げた。
コップは半分飲まれている。後20分で起きるか…。
名前は立ち上がって安室の部屋を出た。


丁度20分後、風見は起きた。しまった!と風見は青ざめた。何故、自分は寝ているんだ、と。部屋を見ると名前の姿はなかった。代わりに落ちている大量の謎の錠剤、警察手帳、スマホ。全てを理解した風見はさあ…と青ざめた。
あのお茶には何かの薬が入っていたんだ…!そして寝ている間に正体を知られた。
きっと向かった先は降谷さんのところ。
風見は靴を履いて大急ぎで部屋を出た。スマホを操作する。
丁度、階に来ていたエレベーターを開きながら言った。


「すみません!降谷さん!苗字さんがいなくなりました!」
『……は?』


風見はエレベーターに乗って1階を連打した。ドアが閉まる。
風見は状況を説明した。


『分かった、お前の言う通り、彼女は僕を警察の人間だと怪しんでいる。きっと本庁に向かってくる筈だ。』
「組織の人間を本庁に向かわせるわけにはいかないので、自分は足止めを…。」
『いや、』


そして降谷は言った、ここから僕の言う通りに動いてくれ、と。


風見が去った階で名前はエレベーターの近くの階段からひょっこりと顔を出した。先程の会話を聞いていたのだ。

(やはり、安室さんは降谷…なんで偽名?どっちが本物?)

風見がエレベーターに乗るように仕向けたのは名前。ボタンを押して乗らずに階段に隠れていた。
エレベーターを見ると下に降りていく。名前は階段から急いで1階に降りた。
マンションから出て、名前は風見を探すと車に乗っている最中だった。そして車を発進させた。
名前は近くにいたタクシーに乗り込んで前の車を追ってくれ、と言った。
安室さんが、バーボンが、ノックなら私のやる事は一つ。殺すのみ。
名前が持っていたクマのぬいぐるみの中には一つの拳銃が入っていた。

車を運転する風見はちらりと後ろから追ってくるタクシーを見た。

(降谷さんの言った通りだ。)

『まず風見は普通にエレベーターを降りろ。そしてすぐには車に乗らず、暫く経ってから車に乗れ。彼女を待つんだ。彼女を確認したら車を発進、彼女はタクシーでついてくる筈。タクシーが見失わないようにわざと尾行させるんだ。』


風見はわざと車を遅くした。彼女から見えるように。
彼女は未来が見える。下手に降谷さんと連絡を取らない方がいい。


風見の車は警察庁に入った。名前はタクシーを門の前で停めた。…緊張して手汗が出る。名前は普通に門から入ろうとした。門衛が名前を話しかけて止める。


「こらこら、お嬢さん、警察庁に何か用かい?」
「…。」


名前は殺すか?とぬいぐるみの中に手を入れた。待て、ここで騒ぎを起こせばあっさりと捕まってしまう。
死ぬなら仲間の為に死にたい。
私の目的はノックを殺すこと。
にこ、と名前は門衛に話しかけた。


「お兄ちゃんの忘れ物届けに来たんです!降谷さん…公安の降谷さんってどこにいますか?」
「公安ねえ…すまないねえ、それは教えてられないんだ。」
「えー!」


ちっと名前は心の中で舌打ちを打つ。流石に簡単には教えられないか。


「そうだ、ロビーで待つといいよ。そこで警察の人にお兄ちゃんの忘れ物を渡すといい。」
「ありがとう!」


すたすたと歩く名前に門衛はあれ?ぬいぐるみしか持ってないぞ、と思っていた。
名前は本庁の敷地内に入って行った。木の影に隠れていた風見は名前の視界に入らないように降谷に電話した。「苗字さんが本庁に入りました。」と。
ロビーに入るとスーツを着た警察が沢山いた。こいつらが全員敵…。と名前は歩いていた。所々、視線を感じる。ふと見てみると男数人が名前を見てヒソヒソと話していた。


「なあ、あの子。噂の…。」
「資料に載ってた。あいつが…。」
「どうしてここに…?」


怪しまれている。
そりゃそうか、あの人は安室さんに私が出て行ったことを報告していた。公安部はどこにあるのだろう、と案内図を見ているとぽん、と肩に手を置かれた。!と名前は勢いよく振り向く。
そこには安室がいた。安室はニコリと微笑んだ。


「名前さん、こんなところで何してるんですか?」


それに名前は返事をしなかった。
私のことを知っている筈、ここで殺す。こいつは警察側の人間だ。
落ち着け、ここには邪魔者が多い。ひやりと冷や汗を流す。名前はにこ、と微笑んで安室に抱きついた。


「お兄ちゃん!お兄ちゃんに会いたくて来ちゃった!ねえ、案内して?お仕事何してるの?」
「え?ちょ、」


不味い、降谷は慌てた。名前は高校の制服を着ている。周りは降谷さん…?高校生に何のプレイを…?と疑いの眼差しを向けていた。
わー!と青ざめた降谷は名前を誰もいない休憩室に名前を連れてきた。にこにこと名前は笑顔だった。


「お兄ちゃんどうしたの?」
「…名前さん、お兄ちゃん呼びはやめてください…。」


危うく死にかけるところだった。「そうですか。」と名前は冷たく彼を見据えてぬいぐるみから拳銃を取り出した。それを降谷の胸に当てる。


「降谷さんの方がいいですか?」


パン、と銃声が響いた。



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