29

今日も本庁での仕事があった。彼女達の姿がなかった…。不安が募る。
マンションに帰ると名前さんは帰ってきていなかった。もう夜の23時だ。遅くなる時は連絡してくるのにメールが一切ない。
…連絡を、とスマホを操作する。しかしぴたりと止まった。
彼女達が僕の事を下手に喋っていたら?ノックだとバレてしまう。
これは待つしか…。

しかし深夜の2時になっても彼女は帰ってこなかった。まさか、もう彼女達に捕まってしまった…?冷や汗が止まらない。彼女は何も知らない。そして警察を嫌っている。

チクタクと時計の針が進む。

プルル、とスマホが震えた。画面には『太田』の文字。僕はすぐに電話に出た。


「もしもし。なんだ。」
『そちらに"人形"は来てますか?』
「…。」


やはり彼女達のせいか。僕は来ていないと言うと太田は淡々と『そうですか。夜中に申し訳ありません。』と言った。その言葉に苛立ちを覚える。他に言うことはないのか。


「お前…名前さんに何をした。」
『公安に協力を願っただけです。逃げられましたけど。』
「…名前さんはどこに。」
『知りません。』


それでは、と太田は通話を切った。ツーツーとスマホが鳴る。
…探しに行こう。





結局、名前は見つからなかった。安室は一睡もしないで探し、マンションに戻っていた。
警察の人間だとバレた…?組織の人間のところに戻った?
嫌な方向へと考えてしまう。まずい、また彼女の心が冷たくなってしまう。
すると、ガチャガチャ、とドアの鍵を開ける音。安室は大急ぎで玄関に向かった。名前だ。


「名前さん!」
「…あ、安室さん…。」


疲れている名前を安室は優しく抱きしめた。よかった…無事で…。
彼女の足元には紙袋が二つあった。
名前は安心したのか、そのまま、すー…と眠った。
名前はまた"目"を酷使しすぎた。相原の家に泊まっていたが、疲れはそう簡単には取れなかった。
安室は彼女を抱きかかえて寝室に寝かせた。心配そうに名前の頭を撫でる。
…一体何をされたんだ。手首は赤くなっていた。…?

ピンポーンとインターフォンが鳴らされた。
誰だ?こんな時間に、と安室は玄関を開けるとそこには太田と田所がいた。田所は太田の後ろに隠れてあわあわと青ざめていた。目の前にいるのが鬼の降谷だから。
「…。」と降谷は太田を睨む。


「…帰れ。」
「ここに"人形"がいますよね。」
「…。」


見ていたのか。道理でタイミングがいい訳だ。
降谷は再び、帰れと言った。


「せんぱーい、私帰りたいですー。作戦失敗しましたし、名前ちゃんにも嫌われて私どうすれば…。」
「ちょっと黙って。」


うえーん、と田所が泣く。しかし太田がピシャリと冷たい。ふと降谷は田所の手首を見た。赤くなっている。


「…名前さんに何をした。」
「別に。本庁に連れて行こうとしたら抵抗したので、手錠で繋いだだけです。」


ばちばちと降谷と太田の間で火花が散る。あわわ、と田所が青ざめる。超怖いと。

彼女達二人、公安の後輩。安室の代わりに名前の保護を上から命令された。だから、彼女を連れて帰ろうとしたのだ。まずは本庁で情報を聞き出そうと。そして、とあるマンションで監視兼護衛。

太田は本庁でも冷徹だと有名だ。犯人を捕まえるならどんな手段をも選ばない。
正反対に田所はニコニコと明るく臆病で怖がり。


「…兎に角帰れ。彼女は寝ている。」
「なら簡単に連れていけますよね。」
「お前…いい加減にしろ。」


太田に掴みかかろうとした降谷だが、流石に女性にそんな事はできない。それを悟った田所は漁って太田の腕を掴んだ。「せ、先輩!今日は疲れましたし帰りましょう!?ここは降谷さんに任せましょう!」とぺこぺこと降谷にお辞儀してその場を去った。

安室はドアがガシャン!と閉めた。凄くイライラしている。
はっとして名前が寝ている寝室へと向かった。起きてしまっただろうか、と不安になったが彼女はぐっすりと眠っていた。

安室は名前が起きるまで側にいた。因みに寝てない。
起きた名前に安室は再び抱きしめた。しかし、名前は青ざめていた。


「…あ、安室さん、」
「……。」


そして名前は言った。"目"のことが組織の人間以外に知られていること。女性二人に捕まったこと。手錠をかけられて叩かれたこと。追いかけられて、"目"を酷使してしまったこと。
ぐ、と安室は彼女を抱きしめる力が強くなる。


「、そ、組織にノックがいます。」
「…分かりました。僕が調べておきますので。」


名前さんは安心してください、と安室は言った。まさか、そのノックが安室だと知らずに。
しかし名前は言った。


「な、なんであの人達は私を捕まえようとするんですか…?わ、私、どうなっちゃうの…?」


それに安室は答えることが出来なかった。


その日は安室は本庁に用事があった。しかし彼女を置いていくことも出来ない。正直、ここに残りたい。けどそういう訳にもいかない。
あまり乗り気はしないが…風見に協力してもらうか。
安室は風見に電話した。「今から僕の部屋に来れるか?」と。

1時間後、風見が来た。初めて見る男に名前はかなり警戒していた。安室の後ろに隠れた。
名前の手首には包帯、叩かれた頬には湿布が貼ってあり痛々しい。
名前は風見が公安の人間だと気づいていない。


「名前さん、彼は僕の昔の後輩です。信頼してくれて大丈夫ですよ。」
「…。」


しかし名前は安室から離れなかった。眉を下げて不安そうに風見を見ている。
組織の人間…?でもコードネーム持ちの一部の構成員しか私に会えないはず。この人は誰…?


「風見、彼女を頼んだ。絶対にこの部屋から出すなよ。」
「分かりました。」


「あ、安室さん…!」と玄関に向かう安室を追いかけた。行かないで、と。しかし、安室は行かなくてはならないので、名前の頭を撫でて部屋から出た。


車に乗り込み、本庁に向かった。
公安部の部屋に太田と田所がいた。ふと降谷と太田の目が合った。ばちばちと火花が飛ぶ。それを察した後輩達は鬼の戦争が…と冷や汗を流していた。しかし太田はしらっと降谷に話しかけた。


「…今朝はどうも。"人形"の具合はどうですか?」
「まだ寝ている。」
「本日、私達が保護しますので、そのつもりで。」


太田もイライラしていた。作戦が失敗に終わり、ターゲットが寝ていたにも関わらず取り逃した。彼女は降谷から離れると田所が「せんぱーい!」と慌ててついて行った。


「…彼女、"人形"の保護受け持ったんだってよ。」
「ええ…田所ならまだしも、太田かよ…その子可哀想だな…。」


ヒソヒソと後輩達は噂していた。
確かに可哀想だ。折角、彼女の心が暖かくなってきたというのに。
あまりの苛立ちに降谷はばき、とパソコンのキーボードを割った。
こええ…と逃げる後輩達。

しかし時間の問題だ。上が決めたことだ。名前さんの意思関係なく、彼女は彼女達に保護される。

すると降谷のスマホが震えた。風見だ。


『すみません!降谷さん!苗字さんがいなくなりました!』


……は?



[*prev] [next#]