28

「あ!おかえりなさい。」


安室が帰ってきて名前は抱きついた。「ただいま、名前さん。」と安室は彼女の頭を撫でる。
名前は警察のことを聞こうとしたが、何となく安室が落ち込んでいるのを見て言うのをやめた。


「ん?甘い匂いしますね。何か食べてたんですか?」
「苺大福食べてました。」


苺大福…?甘いものが嫌いな名前さんが?わざわざ買ったのか?
「女の人から貰って…。」と言う名前に知らない人からもらったものを食べるなんて…と叱ろうとしたら、


「その女の人、田所って言ってました。」
「!」


目を見開く安室はその名前を知っていた。
名前は安室のその反面に首を傾げる。


「…名前さん、話があります。」


安室は部屋に入っていった。名前はついていく。そしてソファに座ると彼は「もしも…、」と口を開いた。
どうしたんだろう、と名前は疑問に思っていた。


「世話役が変わるとしたらどう思いますか?」
「え!変わるんですか?次は誰…?」


がーん、とショックを受ける名前はまたか…としょんぼりしていた。でもわがままを言える立場ではない。
彼はもっと短かった。
慣れている。コロコロと世話役が変わるのは。


「…仕方ないです。組織が決めたことは変えられないし…。」
「例えばの話ですよ。」


そっか!すぐ変わる訳じゃない!ならもっと安室さんといれる!と名前は思った。
でもいつかその時がくる。…寂しい、悲しい。折角沢山暖かいことを教えてもらったのに。
そう考える名前を安室はじっと見つめる。


「ま、例えばの話ですから!まだまだ先のことかもしれませんし!」


ぱ、と安室は笑顔を作ると名前もそうですね、と微笑んだ。


「夕飯はやっぱり焼き魚がいいですか?」
「はい!」





「あら、名前ちゃん。」
数日後、学校帰り、名前は田所に話しかけられた。またこの人だ…とずもも…と名前は眉間にシワを寄せて警戒した。それに気付いた田所は「あら?人見知り?」と言った。


「お姉さん、これから帰るの。良かったら一緒にお茶しない?」
「遠慮します。疲れてるんで帰ります。」


ぷい、と名前は反対方向を向いた。しかし田所はめげない。名前の視界に入ると「いいじゃない。美味しいスイーツ屋さんあるの。」と誘う。


「スイーツ嫌いなので。」
「あら、ごめんなさい。じゃあ…、」


と田所はうーんと考えて、ぱ、と微笑んだ。
「定食屋さんなんてどう?」と。
もしかしたら焼き魚あるかも…と思った名前だったが、「い、いや、行きません!」とそっぽを向いた。しかし田所は彼女の手を握って言った。


「うんうん、好きみたいね!一緒に行きましょう!」
「わ、ちょ、ちょっと、」


そして、名前は無理やり田所に連れ出された。

それを離れたところで偶然見ていた相原は「あれは…。」と呟いた。
私のライバル!とギンと目を鋭くさせた。
何もわかってなかった。

名前が連れられてきたのは真新しい定食屋。あまり人はいなかった。


「はい、焼き魚定食。」


と目の前には温かい焼き魚が置かれた。わー!と目を輝かせる名前は頂きます、と両手を合わせた。もぐもぐと食べる名前を優しく眺める田所の前には豚カツ定食があった。よく食べる。


「ふふ、焼き魚好きなのね。」
「はい!」


と警戒心が薄れた名前は笑顔で答えた。田所はじ、と名前の目を見た。
これが…未来が見える"目"。貴重だ。なんとしても…。
にこ、田所は微笑んだ。


「とても綺麗な目ね。」
「?ありがとうございます。」


突然なんだろう、と名前は思ったが、焼き魚が美味しい。


「私ね、この国の為に働いてるの。」
「ふーん?」
「でもね、ちょっと困ってて。」


私も世界の為に働いてるけど…同じ世界の人かな。と少し共感した。
うんうん、と話を聞くと田所は続けた。


「名前ちゃんに手伝ってほしいの。」
「え?」
「お願いよ。大好きな焼き魚も奢ったじゃない。」


お願いを一つ聞く代わりに欲しいものをもらう。それが私のルール。うーん…と名前は考える。焼き魚奢ってもらったしなあ…クマのぬいぐるみじゃないけど。うーん…うーん…仕方ない。


「いいですよ。」
「本当!?ありがとう〜。」


二人は定食を食べた後、店から出た。楽しそうに話している二人を見て相原がぐぎぎ…と歯を食いしばる。
絶対、後悔させてやる、と。

一方、名前と田所。


「何の手伝いすればいいんですか?」
「私のお仕事のお手伝い。」
「?」
「まあ、詳しいことは先輩に教えてもらって。これから紹介するわ。」


…?先輩に私を紹介する?
田所はスマホを操作していた。メールを打っていた。名前からそのメールは見えなかった。
「公園に行きましょう。」と田所は名前を彼女と初めて会った公園に連れていった。公園にはパンツスタイルのスーツを着た女性が立っていた。
近づくと眼鏡をかけた黒髪ボブの女性だった。


「先輩、可愛い子連れてきました。」
「そう、おつかれ。貴方が苗字さんね。後輩から話は聞いてるわ。仕事の手伝いをしてくれるって。」


助かるわ、とその女性は名前に近づいた。目の前に立つの身長の高い女性は名前を見下ろした。こ、怖い…と名前は後ずさる。すると、女性はにこりと微笑んだ。


「私の名前は太田。よろしくね。」


と太田は手を差し出した。「よ、よろしくお願いします…。」と名前は握手しようと手を出した。その手を素早く太田は掴んだ。そして名前の横にいた田所は名前の手首に手錠をかけて、自分の手首にもつけた。


「な!」


突然の出来事に声を出した。ガシャガシャと名前は手錠を外そうとする。しかし、なかなか外れない。


「抵抗しないで。大人しくすればすぐ外すわ。」


太田は冷たくそう言った。
「ごめんねー、名前ちゃん。」と田所はにこにこしながら言った。
心臓がどくどくと鳴り響く。青ざめた名前は本能的に危ない、と感じていた。
キッと二人を睨みつける。
逃げるチャンスを…未来を見て…、


「未来を見て逃げる気?」
「!!なんで、それを…、」
「さあね、ついてきたら教えるわ。」


この人達何者…!?なんで"目"の事を…!このままどこかに連れて行かれたらまずい…!
名前は思いっきり手錠を掴んでぐ、と力を入れた。少し、パキとヒビが入る。よし!外れる!と気を抜いた時、太田が名前の頬を引っ叩き、倒れた。因みに手錠で繋がっている田所も。
その様子を相原はど、どうしようと隠れて見ていた。


「やーん、痛ーい!何するんですか!私のこと忘れてましたよね!」
「ごめんなさいね。余計なことをしようとするから。」
「無視ですか!?」


「くっ、」と名前は目を凝らす。未来を見ようとすれば、太田が名前の手を踏んだ。あまりの痛さに未来を見ることができなかった。顔を歪ませた。


「っ…!」
「先輩!やりすぎですって!あまり傷つけたら上に怒られます!」
「大丈夫よ。多少の怪我くらい。」


なんなの…この人達、私をどうするつもり…!
ぎりぎりと太田は名前の手を踏む。
「名前ちゃーん、悪いようにしないから大人しくしてて?」と田所が言うが信用出来ない。


「すみません!!警察さん!こっちです!!!」


突然大きな声に太田と田所は「「え?」」と声を出して声のした方を向いた。名前は太田の足の力が抜けた隙に手錠を壊して公園から走って逃げた。
「あっ!待って…!」と太田も田所は名前を追いかけた。


「ど、どどどうしよう…!」


叫んだのは相原。警察なんて嘘だ。嘘ついちゃった…!と青ざめていた。彼女の近くには紙袋が二つあった。

ブー!と車のクラクションが鳴る。名前は無我夢中で走って道路に出た。勿論、車が走っているがお構いなし。車はクラクションを鳴らし急停車。そのせいで車同士がぶつかり、混乱していた。名前は道路を抜けるとそのまま路地裏に入って暗闇に消えた。
太田と田所は道路に出ることが出来ず、そのまま追いかけることが出来なかった。


「ど、どうします?先輩。」
「くっ…逃げ足が早い…。こっちから周り道しましょう。」



はあ、はあと名前は路地裏を歩いていた。後ろを振り返って二人が追いかけていないことを確認するとそのまま座り込んだ。
なんで"目"のことを知っているのか。ノックが情報を流した…?それしか考えられない。まだ組織にノックはいる。仲間に伝えないと…。名前はスマホを開き、連絡帳に入っている組織のメンバーのメアドを押す。


「……バーボンに…、」


安室さんに…と文字を打とうとした時、路地裏の隙間からウー!とパトカーの音がして思わず名前はスマホをポケットに仕舞った。
マンションに帰ったら報告を…。未来を見ながら逃げるんだ。
こっちの道はダメだ、違う道から帰ろう…。
それから名前はパトカーと太田と田所から逃げていた。この日に限って何故かパトカーが多い。事件でもあったのか…?運が悪い。
名前は路地裏から顔を出して安全かどうか確認する。ここは安全か…。
どれくらい"目"を使ったんだろう…。
早く帰らないと…。


「あの子じゃないですか?目暮警部。」
「似てるな。」


離れたところから名前を見ている二人の警察。公安から渡された写真には名前の顔写真を高木は持っていた。詳しいことは伝えられていないが、彼女の捜索が捜査一課にも回ってきたのだ。
高木が「君、ちょっといい?」と名前の肩に手を置いた。びく、と肩を跳ねらせる名前は振り返らずに逃げた。
「あ!ちょ、ちょっと!」高木と目暮は追いかけた。

すると、路地裏から手が伸びてきて名前は引っ張られた。…!?と驚いて引っ張った本人を見ると相原だった。


「こっちよ!」


と相原は名前の手を握って奥へ奥へと進んで行った。
警察を撒けたのを確認すると二人は息を切らして、とある図書館の敷地にある林の中にいた。周りに誰もいないことを確認すると相原は溜息をついた。


「な、何がどうなってるの…?」
「わ、わからない…。」


公園での一部始終を見ていた相原はてっきり誘拐だと思っていた。会話は離れていて聞こえていない。
「と、とりあえず助かった…。」と名前は木にもたれかかった。
しかし、このままマンション帰れば安室さんも危ない。巻き込む訳にはいかない…ベルモットに連絡…いや、下手に見つかったらこちらもまずい。…あ、と名前は相原を見る。


「ここから貴方の家近い?」
「え?ま、まあ…5分くらいかな。」
「泊まらせて。」
「!?」



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