01

ここは帝丹高校、2年B組。


「えー、今日からこのクラスで一緒に勉強する苗字名前さんです。皆、仲良くしてあげてね。」


担任の先生が言う。
クラスメイトが教壇に立つ転校生に注目する。しかし、その転校生はにこりとも笑わない。緊張しているからか、と思ったクラスメイトもいたが、転校生は構わずそのまま空いている席に座った。
HRが終わり、席に座っていた転校生はクラスメイトの女子に囲まれる。


「ねえねえ、苗字さんはどこから来たの?」
「目の色めっちゃ綺麗だね!ハーフなの?」
「今日の帰り、私たちと寄り道しない?」


質問責めに少女は「…え、う…。」と困った様に声を漏らした。
クラスメイト達は返事を待っている。

どうやら、少女は人見知りのようだ。もしかしたら先程、教壇に立っていた時は緊張していたのかもしれない。
__どうすればいいのか分からない。どうしよう。
とぐるぐると頭を悩ませていた。
すぐ横にある窓から差し込む光で、目が透き通るような色をしている。


「えと…遠慮しとく…。」


やっと絞りだした声は「寄り道しない?」の返事だけ言った。

「それ絶対ひったくりだよね!」
昼休み。
名前は一人で弁当を食べていた。誘われても人見知りのせいでクラスメイトは去っていってしまう。彼女は自分で物事を決めることができない。これは彼女の幼少期に深い問題がある。

("あの人"の考えていることはわからないなあ…。)

ボーッと考えていた彼女の耳に入ってきたのは先程のひったくりの台詞。
クラスで目立つギャルグループの会話。


「女子高生相手にひったくりとかキモいよね!」
「ほんとほんと!何に使ってんだろ!」
「あたしらで捕まえて金毟り取らない!?」


そーだーそーだ!と話すクラスメイトの話を名前は興味がない。
ヴーとスマホが震える。メールだ。名前は操作すると"あの人"からメールがきた。
メールを読もうとすると…


「ねえ、苗字さん。」


びっくりしてスマホを落としてしまった。ガシャン、床に落ちたそれを話しかけた毛利蘭は拾おうとする。スマホの画面は床に向いている。
やばい、見られてはいけない。


「触らないで!」


思わず大きな声を出してしまった名前はハッとして口元に手を当てた。
「だ、大丈夫、自分で拾う…。」
そう言って急いでスマホを拾った。
毛利蘭は「せ、先生が呼んでたよ…?」とたじろぎ気味に言った。
名前はお礼を言って職員室に向かった。
彼女が教室から出たのを見届けると鈴木園子が毛利蘭に近づいて、不満そうに話しかけた


「なーにあれ。折角、伝えてやろうとしたのに!」
「仕方ないよ。私も驚かせちゃったし。」





その日の夕方、マンションの一室。名前の部屋で彼女は制服の脱ぐ。そして無造作に置かれている黒いパーカーを着て、黒いズボン、黒い帽子に髪を入れる。
…こっちの格好の方が落ち着く。
いつもこの格好でいた彼女はこの黒い格好は一番落ち着くのだ。
またヴーとスマホが鳴る。電話だ。彼女は電話に出ると英語で返事をした。


「今から行くよ。」


がやがやと賑わう街中で少女は下を向きながら歩く。来たばかりの米花町で地図アプリを見ながら目的のレストランを目指す。
ふと、視界入ってきたガラスのショーケースにクマのぬいぐるみが飾られてあった。彼女は早足でショーケースに向かう。目をキラキラと輝かせてショーケースに手をかける。


「か、可愛い〜…!」


少女はクマのぬいぐるみが大好きだ。
ど、どうしよう、買おうかな。でもこの前、買ったばかりだし…。
と頭をぐるぐると悩ませる。
『4500円』と書かれた値札を見て、彼女は意外とするな…と顎に手を当てた。財布を開けて…すぐ閉じた。うん、足りない。
諦めて、少女は目的地に向かった。
すると前から黒い格好をした男が走ってきて肩がぶつかった。男はそのまま人混みに消えていった。


「ひったくりー!」


聞き覚えのある声に名前は周りを見渡した。まあいいや、私には関係ない、と再び歩き出すと前から次は毛利蘭が走ってきて、
なんと名前に殴りかかろうとした。
え?と思うより先に目の前に拳が向かってくる、その瞬間、名前は毛利蘭の腕に手をついて軌道を変える。避けたその瞬間彼女の帽子がぱさりと地面に落ちる。肩に髪がかかる。


「ご、ごめんなさいー!」
頭がテーブルにつくんじゃないかと言うほど頭を下げる毛利蘭は何度も何度も謝っていた。「まじでごめんね、苗字さん。」と鈴木園子も謝った。
ここは喫茶ポアロ。女の店員が一人で働いている。

話を聞けば、二人で寄り道にしていた時、近くにいた女子高生の鞄が引ったくられたらしい。それを見ていた毛利蘭はその正義感から犯人を追いかけた。しかし、途中で人混みで見失ってしまい、黒い格好をした名前を犯人だと勘違いして殴りかかってしまった。


「だ、大丈夫だから…えと…それじゃ、私…。」
「お待たせしました。苺のパンケーキです。」


名前が席を立とうしたら、コトンと置かれた苺のパンケーキに彼女は首を傾げた。え?頼んでないよ?と。
すると毛利蘭は「私の奢りだから!」と涙目で言った。
暫く毛利蘭を見てはあ、と溜息をついた。
少し冷や汗を流し、フォークを持ってパンケーキを口を含む。


「あ、甘すぎ…。」


名前は甘いものが苦手だった。そうとは知らずガーン!とショックを受けた毛利蘭。
「甘いもの苦手だったんだね!ごめんね!」と再びペコペコと頭を下げる毛利蘭に「き、気にしないで。」と名前はパンケーキを残してポアロを後にした。

はあ…酷い目にあった…。と再び溜息をつく。夜景の見えるレストランで名前はグラスに入った水を飲む。白いテーブルクロスにタキシードを着た従業員、ドレスを着た客。場違いなパーカーを着ている名前はちらちらと客から視線を感じていた。しかし、それを何とも思わない。


「学校はどう?」


名前の向かい側に座る女性は赤ワインの入ったグラスを手に問いかけた。赤いドレスに白いネックレスが煌びやかに光っている。
「つまらないところだよ。凄く。」
名前は学校での人見知りを感じさせないほどつらつらと話した。


「貴方が学校に行きたそうにしていたから入学させたのに。」
「いつ私がそんな風にしてた?」
「あら、私に反抗するの?」


小さい頃は可愛かったのに、そう言い返されれば名前は口を噤む。


「あ、そうだ。欲しいものがあるんだけど…。」
「あら、何かしら。」
「クマのぬいぐるみ!」


女性はふふ、と微笑むと「いいわよ。」と名前に金を渡した。それに対して名前は首を傾げた。いつもなら一緒に買いに行くのだ。


「私はこれから仕事。一人で買ってきなさい。」
「ありがとう!ベルモット!」


名前はクマのぬいぐるみの事でしか笑わない。
小さい頃から彼女はそれとずっと一緒だった。マンションの部屋にはクマのぬいぐるみだらけ。
彼女の心の拠り所はそこしかないのだ。
ベルモットはそれを知ってか知らずかよく彼女にクマのぬいぐるみをプレゼントしていた。





古いアパートの一室で黒い服を着た男は「これでもない…これでもない…。」と女子高生の鞄を漁っていた。
そして男の目から涙が流れる。頭を抱え、男は酒に逃げていた。


「どうして見つからないんだ…!」



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