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「安室さんのファン?ふーん?」


マンションで。二人は夕食を食べた後、ソファでゴロゴロしていた。といっても名前は安室にべったりしていただけ。
相原は安室のファンでよくポアロを訪れる。安室にもよく告白しているし、後をつけたりしている。その度に安室は全力で撒いている。


「安室さん、大変ですねー。」


と何とも思っていない名前は安室の髪を弄り始めた。白髪ないかなーと。


「名前さん、目をつけられてるんですから気をつけて下さいね。」
「大丈夫です!何かあったらやり返します!」
「だめです。」


名前さんなら殺しかねない、と思って安室は即答した。


「それより、明日は蘭と一緒に買い物行くので遅くなります。」
「(それより…)分かりました。夕飯作って待ってますね。」


名前は安室にキスしたことをそんなに重要視してなかった。安室はキスされたことを思い出しで頬を少し赤くした。ちら、と名前を見ると彼女は鼻歌を歌いながら髪を弄っていた。はあ…と安室はため息をついた。

(…なんか意識してるの僕だけみたいだ…。)






次の日の夕方、名前は蘭と出かけていた。暫く街中を歩いて洋服屋に入った。全く私服を持っていない名前がどれを買えばいいのか分からず、蘭を誘ったのだ。


「名前ちゃんは…このワンピースとかどう?」


蘭が持ってきたのは黄色い花柄のワンピース。可愛いー!と名前は嬉しそう。お金は沢山持ってきている。他にも買えそうだ。


「…あ、」


と名前の目に入ったのは赤いルームウェア。


洋服屋を出て、名前の両手に紙袋。「ありがとう!蘭!」と笑顔だった。すたすたと歩く二人は楽しそうに話していた。
それを遠くから見つめる相原。たまたま名前を見つけて睨むように追いかけた。

「(あの子、絶対許さない…!)」

痛い目見せてやる!

名前はバイバーイと蘭と分かれた。一人になった名前に相原はチャンス…!建物の陰に隠れながら追いかけた。…ん?この道、安室さんの後をつけてた時の同じ道だ。
まさか本当に妹…?
それはそれで羨ましい。
名前はどんどん人気のない道に入っていく。
無防備な名前に相原は石を投げようと側にあるそこそ大きい石を拾った。その時、名前は道を曲がった。相原は追いかけて道を曲がろうとした。
その時、ばさ、と紙袋が地面に落ちた。


「…っ!」


名前は相原の顔を掴んで壁に押し当てた。ぐ、と力を強くする。相原の鞄が肩からずれ落ちる。
「っ、は、離しっ、」と相原は苦しくもがいた。掴む名前の手を引っ掻き、傷ができる。しかし、名前は何も喋らずそのまま殺そうとした。
ポアロで見ていた呑気な笑顔とはかけ離れた冷たい目。相原は怖くなって涙を流す。
名前には相原がどんなことしてくるか、未来が見えていた。視界には入っていないものの、それが見えていた。
未来は視界に入る範囲でしか見えていなかったが、その範囲は広がっていた。つまり、背後でも見えるようになっていた。
しかし、名前は気付いていない。
害のある人間を殺す、その事しか考えてなかった。目を細めて更に力を強くする。


「!!」


その瞬間、左目に強い痛みが走った。名前は思わず相原を離して目を押さえた。耳鳴りがキーンと響く。


「けほ、ごほっ、」


苦しそうに相原は地面にへたり込んだ。名前は「くっ、」と鞄を持ってその場から離れた。下手に相原に近づけば反撃されると思ったからだ。
相原は名前が去ると目の前に二つの紙袋があるのに気づいた。中には洋服が何枚か入っていた。


「うっ、痛い…!」
と名前は苦しそうに路地裏をふらふらと歩いていた。耳鳴りは止まっていた。
こんな痛み、初めてだ。なんとか帰らないと…。
すると後ろからコツコツとヒールの音がした。


「はあい、名前。」


ベルモットだ。手をひらひらと振っている。
…またお願いだろうか、手には小さな紙袋があった。


「…何か用?」
「あら、左目どうしたの?押さえて。」
「…ちょっと痛むだけ。」
「そう?」


ベルモットは名前の前からまできた。そして手を引っ張った。「お願いがあるの、手伝って。」とウィンクして名前を路地裏から出して、側に停めてあったバイクのサイドカーに乗せた。


「ノックリストに載った警察を殺しにいくから手伝って頂戴。」
「わ、わかった。」


そしてベルモットはバイクを走らせた。


お願いが終わったのは、夜の23時過ぎだった。ずきずきと痛む左目を押さえながら名前は暗い道を歩いていた。
不味い…ふらふらしてきた。もう少しでマンションに着く…。
ベルモットは銃でノックを撃ち抜いていた。それを名前は無関心に眺めていただけ。
「それで仲間は…、」「遺体で見つかったようです。」と安室と誰かの話し声がする。
誰だろう、そういえば安室さんは遅くなるって言ってたな。名前はこっそりと安室が誰と話しているのか気になって遠くの花壇に隠れて見ていた。
安室はスーツ姿で、黒髪の男と話していた。
?誰だ?安室さんの知り合い?
黒髪の男は後ろ姿で暗い上、よく見えない。すると男は何かを落とした。

(何を…、目を凝らして未来を見てみよう…。)

ぐ、と目に力を入れる。名前の頭にその落ちたものを拾う男の手が映し出される。
落ちたのは警察手帳。公安の文字があった。
思わず名前は目を見開く。
なっ…!警察…!?なんで…!なんで安室さんが警察と…!
未来を見た時声は聞こえない。
もう一度見ようと目に力をいれた時、ずきん、と左目が痛む。だめだ、限界だ…。兎に角、警察がいるなら暫く隠れよう。


「名前さん!遅かったですね、おかえりなさい。」
男が去るのを見届けた後名前はマンションに入った。安室が持っていた鞄のチャックを閉めた。それを名前はじ、と眺めた。
あの鞄…何が入っているんだろう…。勝手に見るのは失礼だと思って見なかったし聞かなかった。


「名前さん、手、どうしたんですか?」
「!ああ…。」


名前は安室に指摘されて傷にやっと気づいた。
「ちょっと猫に引っかかれました。」と名前は靴を脱いで部屋に上がった。
あれ、いつもなら抱きついてくるのに、と安室は不思議に思っていた。
そのまま、名前は寝室に入ってベッドに倒れ込んだ。左目がまだ痛む。なんで、こんなに痛むんだ。


「名前さん、僕、先にお風呂入りますね。」


寝室の外から声が聞こえた。名前は返事だけした。パタパタ…と足音が遠のくと名前は音を立てずに寝室から出て、テーブルの上に置いてある鞄の元に行った。
それを眉に顰めて見た後に恐る恐るチャックを開けた。
…安室さんが戻って来る前に確かめよう。
ドキドキと心臓が悪い方向に鳴る。


「名前さん。」
「!!」


名前は後ろにいる安室に気づくと振り返ることができなかった。どくどくと心臓が煩い。
安室さんは…まさか……警察の人間?
ノックは一人じゃない、今日殺した人も、彼も。


「僕の鞄を見ていたので気になって隠れていたのですが、何してるんですか?」
「そ、それは…。」


手が震える。
拳銃も、仲間もいないこの状況、力の強い彼から逃げ切れる自信がない。


「あの…。」


今名前には安室がどんな表情をしているのか分からなかった。
逃げなきゃ、逃げないと。


「そんなに鞄の中が気になるなら見せましょうか?」
「え?」


と安室が鞄から取り出したのはレシピ本。てっきり警察の書類が入っていると思っていた名前は目を点にした。
にこにことしている安室に名前はなんだ…と脱力した。



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