25

「名前ちゃん、可愛い〜!」
「ふふ。」


ぎゅーと蘭を抱きしめる名前に安室はじーと見ていた。犬に例えれば尻尾を振っている…。


名前さんが蘭さんのお泊まりから帰ってきて3日が経った。小さくだが笑うようになったし、何より楽しそうだ。いい事だ。蘭さんの家にウェイターの制服を持っていくと聞いた時、気は確かかと思った。コナン君を怪しんでいる節もあったが、何とも言ってこない。
それに何より。その3日間とも、学校の帰りにポアロに寄ってくれているのだが、ずっと蘭さんにべったりだ。
な、何があったんだろう…。女子高生怖い…。


「はい、あーん。」
「あーん。」


と蘭さんは名前さんにケーキをあーんってしている…。あれ、名前さん、甘いもの嫌いじゃなかったっけ。なんでこんな時、園子さんはいないんだろう。


「美味しい?」
「うん!」


美味しいと言ってもらえて嬉しい…。


「…名前さん、甘いもの好きになったんですか?」
「安室さん!蘭からもらえるものは何でも美味しいです。」


蘭さんだからか。え?一番長くいるのは僕だよね?なんで蘭さんにこんなに懐いてるの??


ポアロが終わって、停めてある車に乗り込むと風見から電話があった。安室はぴ、と電話に出る。


『降谷さん、以前関わった事件なのですが…。』
「分かった。今、丁度ポアロが終わったところだ。本庁に向かう。…そうだ、風見。」
『?何ですか?』
「…女子高生はお互いハグをするようなものなのか?」
『…は??』


風見はいきなりこの人は何を言っているんだ?と思っていた。しかし降谷は真面目。
降谷さんの悩みならば…!風見はこほんと咳払いして自分を落ち着かせた。役に立ちたい。


『自分は男なので詳しくは…でも女の子同士だとやはりハグしやすいのでしょうね。』
「…そういうものか。いや、何でもない。疑問に思っただけだ。じゃあまた後で。」


結局、マンションに帰ってきたのは23時だった。
はあ…疲れたと玄関を開ける。
「安室さん、おかえりなさい。」と名前は出迎える。
…よし、聞いてみるか。ぐ、と気合を入れる安室。


「名前さん。」
「何ですか?」


何て聞けばいいのだろう。いや!難しく考えるからいけないんだ。降谷零頑張れ。にこ、と笑顔を作る。怪しまれないように…。


「蘭さんと仲良いですね!」
「前からですけど…。」


そ、そうですよね!と安室は大きな声で言った。ま、間違えた…そうじゃないんだ…。
なんで蘭さんにべったりなのか聞きたい。でも、「蘭のこと(そういう意味で)好きだから!」と笑顔で言われたら父として兄としてメンタルが持たない。死にそう。


「えーーーと、」
「?」
「お泊まりから帰ってきて…、」
「はい?」
「……蘭さんに、凄い懐いてる、な、と…。」


凄く恥ずかしい…!なんだこれめっちゃ恥ずかしい。なんでハグするんですか?って聞けない。
「ああ。」と名前は言った。ドキドキしながら返事を待つ安室。


「大好きだからです!」


にっこーと笑顔で答える名前に安室はぴし、とヒビが入った。大好きって、大好きって…。
名前さんから大好きというか言葉が聞けただけ嬉しい…。頑張って育てた甲斐がある。
感動して心で泣く安室。すすす、と名前は安室に近づいた。


「もちろん、安室さんのこと好きですよ?」


!!え!?す、好き…!?嬉しすぎる。
そしてあろう事か名前は安室に抱きついた。ふふ、と嬉しそう。勿論、顔が真っ赤になる安室。
こ、これは蘭さんみたいに抱きしめ返していいという事…?いや、まて、落ち着け。それはアウト過ぎる…。
宙に浮く安室の両腕。


「名前さん、ちょっとこれは…。」
「嫌ですか?」
「…嫌じゃないです。」


ぎゅー、と名前は安室を強く抱きしめる。かわいさに悶える安室は必死に名前の頭を撫でた。


「成る程、蘭さんと一緒に寝たんですね。」
名前はお泊まりの事を話した。安室の足の間に座ってもたれかかっている。安室は後ろから抱きしめようか迷った挙句、頭を撫でている。幸せそう。
そっか、そういうことがあったからか。よくよく考えると撫でられるのが好きだし、スキンシップが好きなのかもしれない。
…組織ではこういうことがなかったんだ。
愛情がなかった。





「安室さーん、勉強教えてー。」


次の日も安室はポアロで働いていた。安室は髪を染めて化粧しているギャルっぽい女子高生二人に呼ばれて数学を教えていた。帝丹高校の生徒ではない。女子高生は安室さん、かっこいい…!と目をハートにしていた。流石女子高生に人気な安室。
勉強を教えて終わると女子高生は言った。


「ありがとう〜!かっこいいー!」
「エローい!」
「(エロい?)それは良かったです。頑張って下さいね。」


にこ、と安室は仕事に戻った。
女子高生達は話す。「安室さんいつも紳士だよねー!」「顔真っ赤にしたとこ見てみたい!」とワイワイ話す。
その会話は安室の耳にも入ってきていた。
聞こえてる…。そんなかっこわるいところ見せられる訳がない。
すると離れたところに座っていた別の女子高生が意気込んで席を立つ。


「安室さん!」
「?」
「す、好きです!連絡先交換してください!」


と、茶髪ボブの女子高生は手紙を差し出す。この女子高生は何度か安室に告白したり、手紙を渡そうとしている。
それを見ていた女子高生二人組はまたあの子、告白してるよ…と思っていた。
しーん、と静かになる店内。梓はあわわ…と慌てていた。
安室は苦笑いしながら「いや、お客さんとはそういうことは出来ないです。」と断った。


「な、何でですか!?仲良くしてるのに!」
「…前も言いましたが、相原さん。流石に女子高生とは…、」
「じゃ、じゃあここでバイトします!そしたら交換できますよね!?」
「バイトは募集してなくて…」


告白してきた女子高生…相原は目に涙を溜めた。どうしたものか…と安室は困っていた。
するとカランカランとドアのベルが鳴った。名前達だ。安室は後ろにいる名前を見て「あ、い、いらっしゃい。」とぎこちない。
名前はにこと安室に近づいた。そして安室で隠れていた女子高生には気付いていない。


「安室さん、こんにちは!」
「!!」


と安室の背中に抱きついた。ぼっと、顔が赤くなる安室。耳まで赤い。「いや、あの、名前さん…。」と小さな声で言う。
初めて見た光景に蘭と園子もびっくり。
あ、安室さん死にそう…。助けよ。


「な、何してんの!?名前!」
「ハグしてる。」
「見たら分かるわよ!つ、付き合ってんの!?」
「?いや?」


好きだからハグしただけの名前はきょとんとしていた。相原からは安室の顔が見える。
(あ、安室さんの顔が真っ赤…。この子は…?)と名前を見た。うわ凄く可愛い。
相原と店の空気に気づいた察しのいい蘭と園子は名前を安室から離した。


「ちょ、ちょっと!」
「?」
「あんた、安室さんの何よ!」


相原は名前に突っ掛かった。怒っている相原を見て、蘭と園子は安室さんのファンか…と理解した。
この子なんだろう、安室さんの友達かな?と名前は呑気に思っていた。
因みに安室は手で赤い顔を隠している。


「(えーっと、一緒に暮らしてることは言っちゃダメだしな…友達?うーん…そうだ!)妹!」
「…は?」


ぺかーっと笑顔で答えた。相原は予想外の答えに目が点になった。
以前、自分のことを妹だと言っていたしちょうどいいだろうという考えだった。
「、名前さん!妹なんて…!」と復活した安室は小声で言う。?と顔に出す名前。
その様子を怪しそうにじっと見ていた相原は「へーーーー。」と腕を組んだ。めっちゃ怒ってる。全然似てないので当然怪しまられる。


「兄妹ならハグも普通よね。」
「そ、そうです!兄妹です!」
「さっきは妹さんからハグしてきましたし、今度はお兄さんからハグしてもらいましょうかね。」
「!?」


安室は汗を流した。この子は何を言ってるんだ。
僕からハグ!?そ、そんなことしたら捕まってしまう…!警察なのに。
「流石に皆さんの前では…。」と断ろうとする安室に店内の客は「見たーい!」と興味津々である。逃げ道がない。


「(ふん、兄妹なんてどうせ嘘。紳士な安室さんがハグできる訳な…。)」
「……わ、分かりました。」


安室は緊張しながら震える手で名前を抱きしめた。安室の顔は真っ赤である、勿論。名前を撫でたことは何度かあるが、抱きしめるなんて到底出来ないと思っていた。こんな形で抱きしめるなんて思いもよらなかった。ドキドキと心臓が煩いくらいに高鳴る。
お、落ち着け、今この子は妹だ…!と自分に言い聞かせる安室。
相原は見たくなかった光景。わなわなと顔が引きつる。しかし自分から言ったので堪える。
こ、こうなったら…!と相原は言った。


「…じゃあキスしてください。」
「!?!?」
「できますよね?兄妹なら。」
「いや、流石にそれは…。」


相原の思わぬ台詞に安室は赤くなったり青くなったり。流石に不味い、と思った園子はぐるぐると手を回して口パクで名前に言った。

『名前!キスなんてしたことない!って言いなさい!』
「!」

園子のアイコンタクトに気づいた名前はこくこくと頷いた。よかった、と園子はふーと汗を拭く。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん。」と名前は安室の服を引っ張った。お兄ちゃん呼び可愛い…と安室は思いつつ小声で「な、何ですか?」と言う。相原にも聞こえている。相原はじいっとその様子を見る。


「ちょっと屈んで?」
「?え?」


言われ通り安室は屈んだ。耳打ちか?と。何か作戦があるのだろうか。
すると、ちゅ、と名前は安室の頬にキスした。
すぐ離れると名前は言った。


「頑張って、お兄ちゃん。」


にこ、と笑顔。でもやっぱり少し恥ずかしい。
「あ、う…あの…、」とぐるぐると目を回す安室は理解しきれてなかった。頬には温かい感触が残る。
い、今キスされた…。と混乱している。
名前はというと園子に『やったよ!』とぐっと親指を立てた。そういう意味ではない。
見たくなかった光景に相原は鞄を持って「安室さん最低ー!!」と泣きながら店を出て行った。
ポカーンとそれを見る名前。何だったんだろう今の。


「お兄ちゃん、あの人どっか行ったよ。」
「…。」


あまりの恥ずかしさに顔を上げられない安室。



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