22

名前は由香と会場の外のベンチに座っていた。
どうしたものかなーー、と考えていた。


「…それで私、男の子が苦手になっちゃって。あ!でも名前様のことは、その、仲良くなれたらなあって思ってます!」
「僕も由香様と仲良くなりたいですよ。」


きゃー!と赤い顔を隠す由香。彼女を冷たく見る名前。
こんな会場の近くで誘拐する訳にも行かない。もっと離れたところに行かないと。
由香は引っ込み思案な性格から幼い頃から男子から虐められていた。だから、優しくした名前のことをころっと惚れてしまったのだ。
…そこを突くか。
人は弱みを知られて、そこを優しくされると弱い。好意寄せてしまうこともある。と組織の人間から教わった。
「僕なら、」と名前は優しく微笑み由香の肩を抱いた。そして顔を近づけて言った。


「由香様の事虐めたりしませんし…いや、由香は素敵な方なので僕は更に虐めたくなりますね。」
「はあ…、名前様…!」


この台詞、幼い頃仕事でホテルに泊まっていたテレビのドラマでやっていた。名前の心はしらーと白けていた。これも組織の為である。
その様子を離れたところで見ていた安室は青ざめていた。しかし、由香を見て、あの子が今回のターゲットの…と思考を戻した。
名前さんはターゲットだからあんな事言ってるんだ…。
ちょっと引いた安室。


「名前お姉ちゃんってあんなキャラだっけ?」
「こ、コナン君!」


ひょこっとコナンが顔を出した。わー、凄いね、百合の花が見えると感心していた。いちゃいちゃしてる二人に安室ははらはらしていた。


「で、コナン君はなんでこんなところに?」
「ちょっとトイレ行こうと思ったら安室さん見つけたから着いてきちゃった!」


笑顔で言うコナン。勿論嘘である。会場にいる時からこそこそと安室についてきていた。名前を探すのにいっぱいいっぱいだった安室は全く気付いてなかった。


「さ!行きましょう!名前様!」


と由香は名前の腕を引いて建物の外へ出た。
しまった、このまま、会場から離したら組織の的だ。追いかけないと、と安室は走った。勿論コナンも。二人が何の目的なのか見極めないと。

由香と名前は段々と会場から離れていった。会場の敷地から出て、向かいに立っているホテルに入った。エレベーターに入ると安室とコナンは階を確認して他のエレベーターから向かった。


「……コナン君はついてこなくていいんだよ?」
「えへへ。」


8階に着いて、安室とコナンは辺りを見回した。パタパタと足音が聞こえる。「名前様!こちらです!」と由香の声。二人は声がした方に向かう。ドアがパタン、そしてガチャと鍵がかかる。
な、何をするつもりだ…と安室は嫌な方へと考えてしまう。いや、名前さんがそんな、女の子とまさか…。いや落ち着け。今僕は公安でありバーボンだ。私情は慎め。


「え、ちょ、由香様、」
「遠慮なさらないで!名前様!」


…何をしているんだ。気になって仕方がない。
「キスしましょ!キス!」「わ、あの、」やばい、今すぐ乗り込みたい。
一緒にいるコナンはかああ、と顔を赤くしていた。こちらも恥ずかしい。
すると声は聞こえなくなった。そうか、この後、計画では…。
ガチャガチャとドアの鍵が開く。現れたのは服を少し乱した名前に抱きかかえられて眠っている由香。


「あ、安室さん…となんでコナン君?」
「え、えと、そう!また探偵ごっこ!」


名前はじっとコナンを見た。まいっか、余計なことすれば殺すだけだ、と完結させると青ざめている安室を見た。


「…安室さん?」
「名前さん、部屋で何が…。」
「ああ、さっき、」


部屋に入るなりベットに押し倒されてた。何されるんだろ、と思いながら見ていたらワイシャツのボタンを外された。ぺろり、と首筋を舐められる。流石の名前はぞわ、と鳥肌が立つ。いや、ここは仕事優先と我慢した。由香はハートをいっぱい飛ばして花畑状態。

「キスしましょ!キス!」
「わ、あの、」

興奮気味な由香は顔を近づけた。仕方ないな…と名前は由香の首を腕を回した。
そして袖に隠し持っていた即効性の睡眠薬が入った注射を由香の首後ろに刺した。
とさりと由香は眠った。

その話を聞いた安室は名前さんがキズものに…とショックを受けていた。しかも相手は女の子。


「この女性は安室さんに渡します。」
「!そうですね、分かりました。」


名前は安室に由香を渡すとすたすたとエレベーターに向かった。ぽち、とボタンを押して開く。
下っ端のメンバーにも姿を見られてはいけない名前はこの後は安室に任せるつもりらしい。
てくてくとついていくコナンを名前はちらりと見た。


「コナン君。」
「な、何?」
「余計なことしないで。…と言っても無理だろうけどね。」
「?」


その様子を見ていた安室は難しい表情をした。
…未来で何を見た?
すると名前は屈み…そのままコナンが持っていた時計型麻酔銃を掴んだ。そしてそのまま力を入れてバキと壊した。


「なっ、」
「これで、私を眠らせるつもりだった?」


ぐ、とコナンの腕を引っ張り、冷たく見下ろした。
な、なんで時計のこと知ってるんだ…!
コナンは必死に名前から離れようしたが、力が強くて離れることができない。


「名前さん!彼は関係ありません!」
「?何を言ってるんですか?関係ないなら殺しても問題ないです。」


名前は一旦腕を離してそのままコナンの首を掴んだ。ぐ、と強くするとコナンは苦しそうにした。名前はそのまま殺そうとした。
「ダメです!」と安室は由香を下ろして名前の腕を掴んだ。睨み合う二人。


「離して下さい。」
「…分かりました。世話役の言うことは聞かないといけませんしね。」


名前はコナンの首を離した。コナンはけほ、と喉を抑えた。朦朧とする意識の中、せ、世話役…?と考えていた。


「まあ、早くここから離れた方がいいですね。」


名前は由香を抱きかかえてエレベーターに乗った。
「コナン君、立てる?」「う、うん…。」と二人もエレベーターに乗り込む。5.4.3…とエレベーターは降りていく。後5秒で一階に着くというところでドン、と大きな音がしてエレベーターが止まった。電気も消えた。


「思ったより早かったですね。」
「まさか…!」


ジンだ。キャンティとコルンと共にヘリに乗り銃でこのホテルを破壊しようとしているんだ。
名前は平然としていた。未来が見えるからだ。このエレベーターの中にいれば安全だと。
しかしホテルにいる他の人間は無事ではない。安室はドアを蹴ってこじ開けた。


「?何してるんですか?」
「ここから出るんです。…名前さんは先に帰っていて下さい。」


この中にいれば平気なのに。安室がドアをこじ開けたことで未来が変わる。ぐるりと。


「!安室さん!今出たらダメです!」


名前は安室の腕を引っ張って、エレベーターに入れた。がしゃん、と瓦礫が落ちる。その衝撃で砂埃が舞い、視界が真っ暗になった。しまった!と安室は腕で顔を覆い、側にいたコナンを引き寄せた。
前が見えない、次々と瓦礫は落ちてくる。
「名前さん!うわっ、」と安室はコナンを庇うのに精一杯だった。
まずい、由香さんが!
眠っている由香の上に瓦礫が落ちる。

ぱら、ぱら…と砂が落ちる音がする。銃声が鳴り止み、人の声が聞こえる。「大丈夫か!?」「逃げろ!」と。
由香は「ん…、」と目を開ける。砂埃が鼻に詰まる。視界が暗い。


「…大丈夫ですか?」
「!名前様!こ、これは…、」


ホテルは倒壊は半壊していた。天井があった場所からは暗い星空が見える。
名前は由香を庇って背中に瓦礫を受けた。頭から血が流れている。ぽたぽたとそれは由香のドレスに付く。


「あの、」
「地震が起きたみたいですね。由香様がご無事でなりよりです。」


にこりと名前は微笑む。由香は青ざめた。あまりにも酷い怪我をしていたから。どさりと名前は由香にもたれかかった。気を失った。


「きゃあ!名前様!名前様!」


泣きながら名前を呼ぶ由香。倒れた名前の袖からコロコロと注射器が転がり、それは安室の足に当たる。安室はそれを拾うと、由香の側に座った。


「すみません。もう少し眠っておいて下さい。」


見られでもしたらこの人まで殺されてしまう。由香は眠ると安室は二人を抱えた。


「コナン君、無事だろ。」
「あはは、ま、まあね…。」


よっこいしょ、とコナンは瓦礫から出てきた。相変わらず運がいい。安室の腕や額からも血が流れている。
コナンは安室の後ろを着いていく。
世話役、名前さんの世話役とはどういうことだ。二人の関係って…。
思い浮かぶのは灰原の"人形"の話。未来が見えなければ時計のことなんて知ることも出来ない筈。
しかし、二人は何も話さなかった。暫くしてホテルには騒ぎを聞きつけた警察がやってきた。このまま名前が見つかれば、彼女の立場が危うい。


「降谷さん、この騒ぎは…。」
「後で話す。」


風見も来ていた。由香はそのまま病院に運ばれた。降谷の隣で気を失う名前を風見が見ると、


「彼女が例の…。」
「そうだ。この事は誰にも言わないでおくれよ。」
「わかりました。」


安室のスマホが震えた。ベルモットからだ。メールだ。『名前は無事?』と一言だけだった。
無くなったら困るんだろうな、"人形"が。
そして安室は名前を抱きかかえて、その場を去った。

降谷と風見の会話をパトカーに隠れて聞いていたコナンは顎に手を当てて眉をしかめていた。

(例の…なんだ?それに彼女の存在を隠す理由は?)



[*prev] [next#]