19

がやがやと賑わう教室で名前はぽかんと立っていた。目の前には知らない男子生徒がいた。


「好きです!付き合ってください!」


きゃああ、とクラスの女子が注目する。側にいた蘭と園子はワクワクしている。
名前は告白だと理解するのに数秒かかった。



「え?告白された?」
ポアロにて、蘭と園子は早速安室に報告した。「名前ちゃん、告白されたんですよ!」と。安室の横には梓もいて恋話に興味津々だった。
こ、く、は、く。安室は笑顔を貼りつけて「そ、そうなんですねえ…。」と動きが気ごちない。
いや、平常心平常心…。ただ告白されただけだし、名前さんも興味ない筈…。
しかし名前は頬を赤くしてもじもじしていた。


「名前ちゃん、可愛いもんねえ。どう返事したの?」
「…つ、付き合ったことも、彼氏もできたことないから…その、」


その瞬間、パリンと皿が割れた。え?カウンターに座っていた三人組は音がした安室の方を見る。安室は冷や汗を流して手から皿を落としていた。珍しい。
梓はめっちゃ青ざめてる…やっぱり名前ちゃんのこと…と思っていた。流石にフォローを入れようと梓は決心した。


「でもでも!名前ちゃんは気になると男の人とかいないの?例えば…。」


チラチラと梓は安室の方を見る。安室はというと箒で割れた皿を集めている。梓のアイコンタクトに気づいた園子も蘭も「「あっ、」」と口を揃えた。2人も少し察しているらしい。


「そ、そーよ!例えば金髪のイケメンとか!」
「??」
「いつも名前ちゃんのこと心配してくれてる人!」
「うーん…。」


そんな人いたか…?と名前は考えた。というか、


「明日デートしてみたら?って言ったの蘭と園子じゃん。」


「「そ、そうだけど!」」と二人は焦った。「あんた鈍すぎ!」「名前ちゃん、もっと考えてあげて!」そんな様子を見ていた梓はふふと笑った。


「名前ちゃん、名前呼びになってる。」


!と名前は目を泳がせた。
い、いけないことだっただろうか…。
友達なんていない名前にはわからなかった。


「大丈夫、凄くいいことだから。友達と仲良くなるって凄くいいこと。沢山、友達を作って、触れて、心が暖かくなるといいね。」


その言葉に名前は恥ずかしそうに照れた。ふふ、と梓は名前の頭を撫でた。凄く暖かい。

パンと銃声が頭に響く。
ジンの姿が脳裏に浮かぶ。壊されたぬいぐるみにジンが持つ銃。
そして、何も思わない幼い私。

でも、心が暖かい。
名前は嬉しそうに胸を押さえた。


「…うん。」


「ところでデート頑張ってね!」梓は安室のことを忘れていた。



「ふふーん、」
ここはマンション、名前はソファにゴロゴロして鼻歌を歌っていた。上機嫌だ。にまにましながらメールを打っている。スマホには告白してきた男子からのメールが映し出されていた。『明日、行きたいところはある?』と。
行きたいところか…特にないかな。
どうしようかな、とうーんと考えていたら後ろからひょい、とスマホを取られた。あ。


「安室さん。」
「僕の帰りに気づかないくらい楽しそうですね。」


安室は眉を顰めて名前の後ろに立っていた。スマホの画面を見ると男の名前が映し出されていた。メール本文には『どこでもい』まで書かれていた。
デートのメールである。それに気づいた安室は思わずそのままスマホを割りそうになった。しかし、名前は気づかない。


「おかえりなさ、むぐ、」
「…名前さん、それで付き合ってるんですか?」


ずもも…と怒りを露わにしながら名前の顎を掴む。??と安室が怒っていることに気づいた名前だが、なんで怒っているのかわからない。
「、あゆも、さん?」上手く話せないとわかった安室は名前から手を離した。そしてズイ、と顔を近づけた。笑顔だがめっちゃ怒ってる。


「名前さん、彼氏なんか作ってはダメです。」
「なんで?」
「なんでって……あ、」


いや、ここは折角の行きたいという彼女の意志を尊重しなくては。蘭さんと園子さんと仲良くなれたんだ。良い成長じゃないか。大切なものを作ってはいけないという考えを掘り起こしてはいけない。でもなんでだろう、凄く釈然としない。僕が育てた名前さんが他の男と…!
と安室は父親の気分になっていた。


そして次の日、16時ごろ。楽しそうに男子生徒と歩く名前を安室は彼女の後を隠れながら追いかけていた。下手に視界に入れば未来を見られて直ぐに見つかってしまう。
…めっちゃ楽しそう。


「やーん、青春〜!」
「名前ちゃん、頑張ってー!」


と園子と蘭はわくわくしながら安室の横にいる。因みにコナンもいる。学校帰りにたまたま隠れている安室達を見つけてなんだなんだと合流した。コナンは

(…なんで俺こんなことしてるんだろ。)

と呆れていた。
名前と男子高校生はクレープ屋でクレープを買っていた。
いちゃいちゃしやがって…!と安室は建物の壁をぐ、と力を入れて掴んだ。今にもヒビが入りそう。それに気づいたコナンは慌てた。


「あああ安室さん!落ちついて!クレープ買ってるだけだから!」


と言った矢先、男子高校生が名前に「クレープ食べる?あげるよ。」と食べさせていた。勿論、男子高校生が一口食べた後。もぐもぐと名前は食べている。間接キス完了。
ぶち、とブチ切れる安室。
因みにクレープは甘いものではなく、ご飯系のもの。


「あいつ!!殺す!」
「きゃー!安室さん!待って!落ちついて!」
「そうですよ!今行ったら台無し!!」


ぎゃーぎゃー!と騒ぐ安室達に周りの人間はなんだあれ…と見ていた。その声は名前と男子高校生にも届いていて

(なんだか騒がしいな…。)

とすたすたと前を歩いた。
暫くして落ち着いた安室は地面に膝をついて息を切らしていた。


「、名前さんがっ、キズものに…!」
(((何を言ってるんだろう、この人は)))


じっと見ていた三人はちょっと引いていた。こんな取り乱す安室さんは見たことないと。
すると見かねた蘭は安室に近づいて言った。


「あの…安室さん。ずっと気になってたんですけど…。」
「?」
「名前ちゃんのこと好きなんですか?」
「え?」


安室は固まった。その反応に三人はえ、と声を出した。
え?…え?好き?僕が名前さんのことを?いやっ、確かに一緒に住んでいて彼女の色んな表情を見て可愛いなって思っているけど、ただそれだけで…。心を知らない彼女に色々教えている訳で…これは父親みたいな兄みたいな感覚で!そ、そう!
安室はスマイルを作りながら立ち上がった。


「や、やだなあ、蘭さん。べ、別に名前さんのことそんな風には…。」


ぶんぶんと違う違うと手を振る安室にドクドクの心臓が嫌な音を立てていた。汗もかいてる。
「あ、名前お姉ちゃん。映画館に入った。」とコナンはしらっと言う。


「なっ、そんなとこ…!」


と安室は走って行った。残された三人は引き気味にやっぱめっちゃ好きじゃん、と思っていた。


「名前、どこに座ったのかしら…。」
映画館は暗かった。園子はキョロキョロと名前を探す。映画はラブストーリーものだった。デートにうってつけである。
安室は目を凝らしながら周りを見ていたが、見つからない。


「あれ、皆。どうしたの?」


後ろから名前がひょっこり現れた。!?!?と驚く安室達は青ざめてだらだらと冷や汗を流した。誤魔化さないと…!
因みに名前はトイレに行っていた。


「…えと、そう!蘭さん達と映画見にきたんです!わー、名前さんもいるなんて奇遇ですね!」
「ふーん?」


未来を見ないでくれ、と安室は切に願った。まいっか、と名前は言った。


「じゃあ、折角ですし皆で見ましょうか。」
「…え?いいんですか?」
「はい。」


こっちです、と名前は安室達を連れて行った。園子はいやダメでしょ、なんてこの子鈍感…と哀れんでいた。
「あ、名前ちゃん。戻って…、」と男子高校生は嬉しそうにこちらを向いて、安室達を見て固まった。なんで?と。
安室はじーっと男子高校生を睨んでいる。名前呼びしたから。しかし前にいる名前は気づかない。

(((安室さん、めっちゃ怒ってる…)))



[*prev] [next#]