15

チクタクと時計を音が響く。
安室さんは私にお願いをしない。それはきっと"目"が要らないから。じゃあどうして世話役なんて買って出たの?
安室さんにとって私は興味のない存在なのかもしれない。

幼い頃、仕事で外に出ていた時のこと。名前はベルモットの後をついていっていた。「あはは!」「きゃはは!」と近くで同い年くらいの女の子と男の子が笑って歩いていた。それをじっと名前は見ていた。


「ねえ、ベルモット。あの子達は鞄を持ってどこに行くの?」


学校に行ったことのない名前は不思議でたまらなかった。そもそも学校があるということも知らなかった。


「名前には関係ないわ。貴方は選ばれた特殊な子なんだから。」


そしてベルモットはそんな様子を見せないように名前を車に乗せた。

後々、ベルモットから聞いたのだが、自分以外の人間は未来を見ることができないらしい。初めて知った時は驚いた。てっきり皆見えるものだと思っていたから。

たまにこの特別な"目"が無ければ私はあの子達のように笑えたのだろうかと思う。普通、が羨ましい。


ヴー、とスマホが震えた。メールだ。開くと毛利さんからメールが来ていた。『今日もお休み?大丈夫?』私はそれを返事をせず閉じた。
大切なものは作ってはいけない。いつか壊されるから。ジンに。
そしていつかは安室さんも壊す筈。
いや、私が自分で壊してしまうから。
そして名前はぬいぐるみを抱きしめてソファで眠った。


ガチャガチャと鍵が開く音がして名前は目を覚ました。窓を見ると空は真っ暗だった。ドアが開く音がして名前はぬいぐるみを持ちながら玄関に向かった。
ふああ、まだ眠い…。


「ただいま帰りました。いい子にしてましたか?」
「は、はい。」


いい子。組織から連絡も来ないし、部屋からも出ていない。安室さんの言う通りにした。
私はいい子…?
すると安室は名前を撫でた。それが気持ち良くて名前は目を細める。
「あ、そうだ。」と安室は手を離して鞄を開けた。…。もっと撫でて欲しかった、と名前は心の端で思っていた。
なんだろう、この気持ち。ぽかぽかして暖かい。


「蘭さんが名前さんに休んでいる間のプリントを持って来てくれたんですよ。」


ばさ、と鞄から出てきた大量のプリント。名前はそれを受け取ると宿題の山が出てきた。…面倒だ、と思っていたらひらりと一枚床に落ちた。それを見ると『三者面談』と書かれてあった。…?三者面談って何?首を傾げる名前に安室は眉を顰めた。安室はぱ、とそれを拾うと「これは…。」とぶつぶつと呟きながら部屋に入っていった。
…未来を見てしまおう。なんて書いてあるんだろう。
安室が持つプリントには『三者面談のお知らせ。都合の良い日にちを…』と日程が書かれてあった。そして下の欄には『どちらが参加可能ですか?丸をしてください。 父親、母親』と記載されてあった。
父親…?母親…?どういうことだろう、名前はてくてくと安室の後ろをついていく。


「安室さん、父親と母親ってなんですか?」


三者面談って何するんですか?
私には両親はいない。…そもそも私に両親なんて存在しているのだろうか。
固まる安室はどう答えたらいいものか…と考えていた。安室自身も彼女の両親のことは知らない。


「…名前さん、未来見ました?」
「あ、」


だめだったのだろうか。しゅん、と小さくなる名前は未来を見たことを注意されたのは、初めてで戸惑っていた。
それに気づいた安室は「あ、いや、」と声を濁らせた。


「名前さん、とりあえず座りましょうか。」


二人はソファに座る。名前は安室の言葉を待った。怒られるのだろうか。


「……名前さんはご両親についてジンやベルモットに何か言われたことはありませんか?」
「?いえ、何も…。」
「そうですか…。三者面談というは…そうですね、先生と生徒、そして生徒の親が話し合うことですよ。」


安室はどうしたものか…と悩ませていた。
彼女の親は何者なのか、生きているのか、はたまた死んでいるのか。彼女自身、何も知らない。


「あ、あの、三者面談はどうすれば…。あ!安室さんが来てくれるとか…。」
「いや、それは不味いです。」


笑顔で即答した安室。がん、とショックを受ける名前。
流石に29の男が17の娘なんて無理がある。確実に社会的に死ぬ。
公安として学校側に連絡するか…。
「まあ、この件は僕に任せてください。」と言うと名前はすんなりと受け入れた。


「じゃあ、夕飯作りますね。何か食べたいものはありますか?」


焼き魚だろうか?そろそろ別の料理も作りたいけど。
と考える安室は名前の言葉を待つ。その時は名前はどうしよう、と顔を赤く染めた。
恥ずかしい…!いや、でもさっき少ししかしてくれなかったから…でも私からお願いなんてした事がない…。
ぷるぷると震える名前に安室は可愛い…と眺めていた。


「あ、あの…」
「はい?」
「な、何でもするので、その…お願いが…、」
「いいですよ。僕で良ければ。」


にこりと微笑む安室に名前はかなり目を泳がせた。


「…あ、頭、撫でて下さい…。」


わー!恥ずかしい…!と名前は手で顔を覆う。予想外な答えに安室はポカンとした。しかしすぐに微笑んで名前の頭を撫でた。まさか、お願いを聞いてくれるとは思ってなかった名前は目を丸めて安室を見た。ふふ、と小さく笑う安室は心なし嬉しそう。





一週間が経って、名前は制服に着替えて学校に向かった。凄く機嫌が良かった。こんなに休んだのはいつぶりだろう。後二週間はある。その間に沢山撫でてもらおう。
あの後、何度も、「お願い聞きます!」と安室に言った名前だが、その度に安室は「何もないですよ。」と言った。ちょっと悲しかった名前だが、ないなら仕方ない。
久しぶりに登校した名前を見つけた蘭は彼女に駆け寄った。


「名前ちゃん!久しぶり!」
「!も、毛利さん!」
「大丈夫?体調悪かったの?」
「う、うん。でも、あむ、」


安室さんが看病してくれた、と言おうとして名前は口を手で塞いだ。
そういえば、一緒に住んでることとか全部他言しないように言われてるんだった…。
だらだらと冷や汗を流す名前に不思議に思った蘭は「名前ちゃん?」と聞いた。


「め、メール返事してなくてごめんなさい…。」
「いいよいいよ!気にしてないよ!」


早く学校行こっか、と蘭は走った。名前も追いかけて走って学校に向かった。
がこ、と下駄箱を開けるとひらりと何か落ちた。…?何だろう、と名前はそれを拾う。小さな紙切れだった。
上履きに履き替えた蘭は「教室いこー!」と名前のところへ駆け寄った。名前が持つ紙切れに目をやると「それどうしたの?」と聞いた。


「それってラブレターじゃない!?!?」


教室で、大きな声で園子は言う。きゃー、と頬に手を当てる。肝心の名前はラブレター?何それ?と目を点にしていた。


「好きです!って付き合って下さいって!そういうことでしょ!」
「…?」
「名前ちゃんのことが凄く大切ってことだよ。」


大切、その言葉に名前はじ、と手紙を見た。
『お前に大切なものなんて必要ない。』心の奥底からジンの声が侵食する。じわり、じわりと。だめだ、そんなもの、作ってはいけない。
手紙には『好きです。』としか書かれてなかった。…で?
それをひょい、と取った園子は言った。


「はあ〜、ウブねえ。この言葉だけとは…。」
「いいじゃない、純粋で。」


あはは、と笑う二人を他所に名前は冷や汗を流していた。
幸せなど感じてはいけない。自分にそんな資格などないのだから。
名前の様子に気づいた蘭は「名前ちゃん?どうしたの?」と質問した。


「え?」
「ラブレター貰っても嬉しくなさそう。…あ、好きな人でもいるの?」
「す、好きな人?い、いない…。」
「ふーん?」



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