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"人形"を手の内に入れることに成功した。でももっと信頼関係を築かないと。その為には警察の人間だとバレてはいけない。
何も知らない彼女に愛情も暖かさも全て教えないと。
上に"人形"を特定したこと、手の内にいることを話した。
結局は自分も"目"を利用したいだけ。警察の為、いや日本の為にお願いしたいだけ。
これではベルモットと同じである。
休憩室にいると後輩が入ってきた。


「降谷さん!"人形"と暮らしてるんですか?」
「ああ、まあ。」


公安でも密かに噂になっている"人形"。"目"を持っているなんてあり得ないと言われ続けてきたが、僕が彼女を保護していると聞けば皆信じてくれた。
後輩は意気揚々と聞いてきた。
どんな子ですか?女の子ですか?何才ですか?
きっとそんな特別な存在に会ってみたいのだろう。未来が見える"目"に。
思わず眉を顰める。なんで、彼女は僕が…。


「…それを聞いてどうする。」
「え!?いやー…気になって、あはは。」


そそくさと後輩は休憩室を出た。僕が不機嫌になったのを気づいたらしい。…なんで不機嫌になったんだろう。
その後会議をして、気づけば夜の23時になっていた。早く帰ろう。
車に乗ると組織用のスマホが震えた。ジンからだ。…何か用だろうか、仕事か?


『名前が倒れた。』


なっ…!と声を出した。まさか、彼女を仕事に連れ出した…?一週間は安静にしてと言われていたのに…!怒りが込み上げてくる。
自分に落ち着け、と言い聞かせ、居場所を聞いて車を走らせた。
着いた先はホテルだった。駆け足で部屋に向かう。部屋に入ると名前がソファで横になっていた。目を瞑って青ざめている。


「…まだ完全に回復してなかったのに。」
「"目"が使えればそれでいいだろ。」


ジンは冷たく言い放った。組織は本当に彼女を物としか認識してなかった。ぎり、と歯を噛み締める安室は名前を抱き抱えた。そしてドアに向かいジンを見ずに言った。


「一週間…いや三週間はこの子を休ませます。お願いも禁止します。」
「あ?何勝手に決めてやがる。そいつは物だ。」


物、という言葉に安室はピクリと反応した。苛立ちが湧き上がるのを必死で堪える。


「…このままでは仕事も碌にできず、足を引っ張るでしょう。最悪、警察に捕まってしまうかもしれません。そうなれば不利なるのは我々です。」


それでは、と安室は有無を言わさず部屋から出た。残されたジンは小さく舌打ちした。



マンションの部屋に戻って安室は名前をベットで寝かせた。一体どれだけ"目"を使ったのだろう。安室は心配そうに彼女の頭を撫でる。
休んでいるようと言ったのに…よっぽど組織の命令が大切らしい。
従順なのはいいことだ、しかし従順過ぎる。これでは彼女の身がもたない。早く警察で保護しないと。
警察医が持ってきた薬はまだ残ってる。飲ませようと安室は立ち上がると服の裾を掴まれた名前だ。名前は朦朧とする意識の中言った。


「…こ、ここにいて…。」


少し驚いた安室だが、優しく微笑んで座り直した。「分かりました。」と返事をして再び頭を撫でる。心なしか名前が嬉しそうにしたのを、安室は見た。次第に彼女は眠っていった。規則的に聞こえる呼吸に安室は安心した。
その内、疲れた安室もベットに体を預けて寝てしまった。


次の日の朝、起きるとベットに名前はいなかった。
まさかまた仕事に…!?と慌てた安室の後ろで「ん…、」と名前の小さな声が聞こえた。安室は後ろを振り向くと寝室に置いてあるクマのぬいぐるみを抱きしめて寝ていた。なんで、そんなところで。よっぽどぬいぐるみが好きらしい。安室は名前を起こさないように彼女を抱き抱えると彼女はずっとぬいぐるみを抱きしめていた。離さなかった。ベットに静かに寝かせて、今回は体調はそこまで悪くないらしい。でも油断は禁物だ。


「…え?一週間学校を休む?どうしてですか?」


名前が起きてきたのは昼過ぎだった。どうやら本人は自分の体調の具合が分かっていないようだった。


「仕事のし過ぎです。ジンにも3週間は仕事もお願いも頼まないように言っておきました。」
「…。」


名前は分からなかった。何故安室はここまでしてくれるのか。
大切なものを壊すことも、仕事もお願いも頼まない。それが日常となっていた名前にとって未知の世界過ぎて理解出来なかった。


「じゃ、じゃあ私、何をすれば…。」


命令がないと何をすればいいのか分からない彼女に安室は言った。


「名前さんのこと色々知りたいです。」


未来は頭に写真のように映し出される。持続的に見れる未来は20分が限界。もし未来を変えた時、瞬時にその変えた未来が出てくる。見える範囲は自分の視界に入るもの。入らないものの未来は見えない。途中で視界から外れると見えなくなる。未来を見ている時、現在起こっていることは見ることができない。

例の部屋に幼い頃から閉じ込められ、ぬいぐるみ達と過ごしていたこと。彼女の欲しいものを与える代わりに"目"をお願いされる。頻繁に熱を出していたが、誰も看病はしてくれなかった。

ふむ…と安室は一言一句、頭に叩き込む。未来が見えるにもやはり条件があったか。そしてまともとは到底思えない環境で育てられた。


「ありがとうございます。もう大丈夫です。」
「…。」


名前は黙ってしまった。何か言いたいらしく「あの、その…、」と口をもごもごと動かす。安室は優しく「どうしたんですか?」と聞いた。


「…違和感。」
「え?」
「……なんでそんなに優しくするんですか?」


何か裏があるのではないか、と名前は安室をじっと見つめた。
無条件で優しくされたことのない彼女にはこの優しさは違和感でしかなかった。
安室はそんな彼女にきょとんとした。そして優しく微笑んだ。


「名前さんの好きなクマのぬいぐるみをプレゼントすればお願いを聞いてくれる。…ベルモットはよくそうやってしていたみたいですね。」
「…。」
「でも僕はそんなことしませんよ。」


不安そうに名前は安室を見る。
…まだ信用しきれていないか。例え、組織の人間だと分かっていても世話役になっても信頼関係を築くのは難しい。
まずはお願いを絶対しないと信用させないといけない。お願いをしない人間もいると知ってもらわなければ。


「名前さん、これだけは信じください。僕はずっと貴方の味方ですよ。」
「?は、はい。」


きっと彼女にとってベルモットもジンも仲間なのだろう。あの連中が仲間だと思っていいのだろうか。いやよくない。仲間だと頭にねじ込ませているんだ。自分の意思を持たないように。

いつか分かってしまったら?自分の信じていたものが全て嘘だと理解してしまったら?

彼女は壊れてしまうかもしれない。


ふと、安室は時計を見ると10時を過ぎていた。あ、今日はポアロのシフトが入っている。安室はばたばたと忙しく準備すると玄関に向かった。名前は彼の背中を追って玄関で立っている。
世話役がゆっくりしろというならゆっくりするしかない。でも、もしジンやベルモットから仕事やお願いの連絡があったら…?
安室はがちゃ、と玄関を開けて名前のいる後ろを振り返った。


「名前さん、いいですか。本当に組織の人間から連絡があっても出てはいけませんよ。この部屋から出るのもだめです。」
「わ、分かりました。」


「いい子。」と安室は名前の頭を撫でた。
やばい、時間だ。じゃあ行ってきます!と安室は外に出たら。
名前は安室がいなくなった部屋でまだ彼の温もりを感じる頭を押さえた。



「名前ちゃん、来ないねー。」
事情を知らない蘭は学校が終わった後園子とポアロに来ていた。オレンジジュースをストローでくるくると混ぜる。


「何度か連絡してるけど返事来ないし、どうしちゃったんだろ。」


そういえば、名前さんは蘭さん達に僕と住んでいることは言っていないのだろうか。どこまで話しているのだろうか。
もし話してしまえば…社会的に死ぬ。いくら理由があれど女子高生と住むのはアウト通り越してアウト。冷や汗が止まらない。
安室はコトンと二人が頼んでショートケーキを置いた。ニコリと笑顔を作って。


「蘭さんと園子さんは名前さんのことが心配なんですね。」
「はい!…あ、そうだ。安室さんって名前ちゃんちの近くに住んでるんですか?」
「え?」
「だってこの前、夜遅くに窓から名前ちゃんが出かけるのを見たって。」


ああ…カマをかけた時のことか…。
え?まあ…少し近いですね、と濁すと「じゃあ、名前ちゃんに休んでる間のプリント渡して下さい!」と蘭から大量のプリントが渡された。


「私たち、この後猫探しに行くんです。少年探偵団と。」



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