10
ベルモットから誕生日プレゼントと言ってクマのぬいぐるみを貰った。でもやっぱりお願いがあったから。お願いがあったからプレゼントがあったんだ。
いつもそうだ。ベルモットは優しいけど、沢山クマのぬいぐるみをくれるけど、いつもお願いがあった。
私の誕生日っていつだっけ?
時計もカレンダーもないあの部屋で私はいつもぬいぐるみと一緒だった。
幼い頃、クマのぬいぐるみと引き換えにお願いを聞いた。車に乗せられて遠くに行く。ここはどこだろう。空は暗かった。
「名前、未来を見ていて。」
「い、いつまで?」
20秒後の未来は一瞬だ。写真のように頭に流れてくる。
でも無理やり持続的に動画のように見ることもできる。その代わり、目を酷使し過ぎて3日は熱が出る。
ベルモットのお願いが終わって、名前は次の日熱を出した。部屋で一人、熱に耐えているとキイ…とドアが開いた。誰だろう、名前は荒い呼吸を隠しながら重い体を上げる。
「ジ、ジン…。」
ジンは鋭い目で名前を見据えた。頬を赤くして熱が出ていることを理解したジンは言った。
「仕事だ。」
ジンは幼い名前の腕を引っ張った。
車の中で虚虚する名前にジンは何も言わない。見かねたウォッカは「いいんですかい?熱出てますよ。」と言った。
「どうせベルモットのお願いを聞いたんだろう。断れなかったこいつが悪い。名前、未来を見ろ。」
しかし名前は熱で未来を見ることが出来なかった。朦朧とする意識の中、座っているのがやっとだった。
仕事は失敗だった。ジンは名前を乱暴に部屋に入れると銃を向けた。
「出来損ないだな、お前は。"目"さえなければ今ここで殺してるところだ。」
「ご、ごめんなさい…。」
パン、とジンは構わず引き金を引いた。銃弾はクマのぬいぐるみに当たり、ゴロリと倒れた。綿が出てくる。
ジンはいつも名前が熱を出すと不機嫌になる。肝心な時に使えなくなるから。
「ごめんなさい…ごめんなさい…。」
安室の部屋で名前は唸りながら謝り続ける。涙は出ていなかった。泣けばジンは更に怒るから。
名前の過去なんて知らない安室は心配そうに彼女を見つめていた。
「…謝らなくていいんですよ。」
しかしその声は名前には届かない。安室は先程は断れたが、彼女の手を握った。少しでも安心できるように。
(やはり、病院に連れて行くべきでは?しかし無理やり連れていっては信頼関係が…。)
逃げてしまうかもしれない。兎に角汗がひどい。拭かなければ。安室はタオルを持ってきて顔や首の汗を拭いた。ワンピース…はどうしよう、流石に脱がす訳にはいかない。かと言って動けないだろうし。
安室は寝室から出て薬を探した。やはり、薬を飲ませるしか…。
薬と水を持って再び寝室を戻ると名前と同じ髪色をした女性が名前の手を握って座っていた。
…あれは、幽霊…?体が透けている。
初めて見た。思わず体が固まる。
『…。』
「…あの、」
『…もう大丈夫。』
「?」
女性はすっと消えた。何だったろう、今の。少女を見るとすー…と寝息を立てて寝ていた。苦しくなさそうだ。…薬飲んでくれるだろうか。
「…名前さん、起きれますか?」
「…ん…。」
でもまだ熱い。名前は薬を飲むとくてりと寝てしまった。安室は優しく寝かせると寝室から出た。
…ソファで寝るか。
朝起きて安室は名前の様子を見た。すうすう、と寝息を立てて眠る名前は熱は下がったみたいだ。安心した安室は名前の頭を撫でてキッチンへ向かった。
気に入られるように頑張らないと。
それから暫くして朝食ができた頃、寝室のドアが開いた。キイ…と開いた隙間から名前が覗く。…警戒されてる。安室はにこりと微笑んで「おはようございます。」と言った。
「…あ、あの、ご、ごめんなさい…。」
彼女はよく謝る。今までどんな風に育てられたのか。
「朝食できたので一緒に食べましょう?」
「…。」
名前は寝室から出て、てくてくと椅子に座った。じっと朝食を見つめる。味噌汁に焼き魚にサラダに漬物、ご飯。朝食を食べない名前にとっては未知の世界だった。
「じゃあ、頂きます。」
「…頂きます。」
名前は恐る恐る焼き魚を口に入れる。安室はその様子をじっと見る。…気に入ってくれるだろう。もぐもぐと食べる名前はごくりと飲み込む。そして呟いた。
「…美味しい。」
安室は目をぱちくりとさせた。名前も驚いたようで、でももぐもぐと箸を進める。安室は嬉しそうに微笑んで自分も朝食を食べ進めた。
「降谷さん、"人形"はどうですか?」
今日は本庁に仕事で来ていた。風見は降谷に苗字名前についてに聞いた。降谷が"人形"だと予想にしている彼女に近づいていることは知っている。
「ガードが硬いな。相変わらず不思議な子だ。」
降谷は風見から一つの封筒を受け取った。それを開けるとそこには名前の顔写真があった。風見は眼鏡をかけなおして言った。
「苗字名前。アメリカ出身、そこでは両親と共に暮していたそうです。兄弟はいません。…すみません、それ以外の情報はありませんでした。」
「そうか。」
これは以前降谷が風見に頼んでいた仕事。元々アメリカに住んでいたのか。彼女に両親の影はない。今は一緒に住んでいない…?今は両親はどうしているのだろうか。
あの女性の幽霊は一体…?
まだまだ分からないことは沢山ある。
降谷は立ち上がって荷物をまとめ始めた。
「どこか行かれるんですか?」
「この後ポアロに行かなくてはな。」
彼女の好みも分かったことだし。
カランカランとドアのベルを鳴らしてポアロに入る。梓は気付いて笑顔で「安室さん!こんにちは!」と挨拶した。梓はパタパタと忙しそう。お客さんは沢山来ていた。
…ポアロで焼き魚のメニューも考えるか。そしたら彼女を誘ういい口実になる。
「そういえば名前ちゃん来てたんですよ。」
「え?」
「でも、蘭ちゃん達と猫を探しに行くってすぐ出ていっちゃって。」
「そ、そうなんですか。」
残念だ…。すれ違いか。会いたかった…ん???いや、そういう意味ではない。
おずおずと安室はスタッフルームに入っていった。その様子を見ていた梓は密かに思っていた。
(あれ?ちょっと気にしてる…?)
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