09

『ふふ、明日もぬいぐるみさーがそ!』


イヤホンから名前の声が聞こえて安室は思わず難しい顔をしてしまう。
…名前さんって部屋では性格違うんだ。…可愛い。
いつも引っ込み思案な性格とは打って変わり明るく元気な声。想像してなかった。というか知ってしまってなんだかこっちまで恥ずかしい。
暫くして音沙汰がないので寝たかな、と安室はイヤホンを取った。


(…しかし、組織と連絡をとっている声が聞こえないし、僕の考え過ぎか…?)


肩透かしだったのかもしれない。
組織から"人形"の情報は落ちてこないし、もう少し探りを入れてみるか…。


次の日の夜。バーボンはベルモットと会っていた。ベルモットの足として呼ばれたのだ。車を運転しているバーボンの助手席にベルモットは座ってスマホを操作していた。それを横目にバーボンを口を開いた。


「誰と連絡をとっているんですか?」
「んー?誰だと思う?」


推理してみて。とベルモットは言う。ベルモットの格好は黒いドレス、それ相応の場所に行くことを表す。これから行くところはとある高級ホテル。レストランか。スマホを操作する指は早い、それは返事を急かしている、これから会う人物。表情はどことなく嬉しそう。ベルモットが心から会いたい人物。そして横にある紙袋、中身はわからない。綺麗にリボンでラッピングされたそれは勿論プレゼント、中身は30cmほどの何か。特別なものかはたまたご機嫌取りか。


「…何か頼みたいことでもあるみたいですね。」
「あら、よくわかったのね。」
「相手は"人形"ですね。」


ベルモットは"人形"を利用したいだけ。前も言った通り"人形"は組織の言うことしか聞かない。メンバーから言われたことは何でも言うことを聞く。しかし、個人的なお願いには聞いてはくれない。その為のプレゼントだ。



「誕生日プレゼントのついでに、ね。」
「今日誕生日なんですね。」
「あの子は毎年忘れてるけどね。」


"人形"にとって自分の誕生日はどうでもいいものらしい。
ちょうど"人形"に会いたかった。これはチャンスかもしれない。


「僕も見てみたいですね。」
「あら、だめよ。組織の宝物は早々見せられないわ。」


そう簡単には見せてくれないか。なら頑張らないとな。
バーボンは車を停めてベルモットを下ろした。近くに組織のメンバーらしき人物はいない。ベルモットは"人形"と通話していた。英語だ。


「はあい、着いたから楽しみにしてなさい。」





「名前さんは英語が得意なんですね。」


ふと、安室は小説を読んでいた名前の持っていたそれを見ると英文で書かれてあった。
ここはポアロ、蘭と園子が名前を連れてやってきていた。ちら、と名前は安室を見るが、返事はしない。


「へ、ん、じ、しなさい!」
「い、いひゃい、」


園子が名前の頬を抓る。
自分のことを話さない、話したがらない。その上、未来のことを突かれると目を泳がす。
…もう少しカマをかけてみるか。


「名前さん。昨日の夜、窓から見えたんですけど、あんな時間にどこ出かけてたんですか?」


勿論嘘である。安室はバーボンとして出かけていてそんなところは見ていない。
ぴた、と名前の動きが止まる。出かけていたのか、と安室は怪しむ。


「…う、えと…、」
「誰と出かけてたんですか?」
「…。」
「名前さん?」


黙ってしまった名前を三人は見つめる。蘭と園子はどうしたんだろうと首を傾げる。


「…あ、安室さんには関係ない。」


その言葉に今度は安室が笑顔でぴたりと止まった。
関、係、な、い。まあ確かにグイグイ行き過ぎだと思ったが、そこまで言われるとは思ってなかった。だけど、彼女に気に入られるようにスイーツも考えたし、料理だって持っていった。
チクリと胸が傷んだ。
…ん?チクリ?安室は自分に疑問を持った。


「へー…そうですか。じゃあ…、」


笑顔を貼りつけて安室は言う。だらだらと冷や汗を流してる名前は怖くて安室を見ることが出来ない。
(安室さん、ちょっと怒ってる?)と蘭と園子は密かに思った。
す、と安室は名前が持つ小説を取った。


「僕とデートしましょうか。」


その時、名前はぽかんと口を開けた。





日曜日。その日は快晴だった。駅前の噴水で待ち合わせ。安室は20分早くついて彼女を待つ。安室の前を男女カップルが通り過ぎる。とても楽しそうに話していて手を繋いでいる。それを、じ、と見つめる安室。


「あ、安室さ、ん…。」


後ろから辿々しい名前の声がして安室は笑顔で振り向く。そこには淡い黄色い花柄のワンピースを着た名前の姿。制服姿しか見たことのない安室はその姿をじーと見つめる。名前は恥ずかしそうに顔を赤くした。その様子に気づいた安室ははっとして口を開いた。心なしか顔が熱い。


「可愛いですね。服似合ってますよ。」
「う…これは毛利さんの服を借りて…。」
「そうなんですね。あれ、自分のは着てこなかったんですか?」
「か、可愛いの持ってなくて…。」


どうやら彼女は服に疎いらしい。でもこうして自分の為に可愛くしようとしてくれたことが嬉しい。
安室は「はい。」と手を差し伸べた。それをわからず名前はじっと安室の大きな手を見る。なんだろう、この手は、と。


「デートですから。手を繋ぎましょう?」


平気で言ってのける安室に名前はきょとんとした。手を繋いだことのない名前は恐る恐る手を繋ごうと手を出すが、途中で引っ込めた。


「ご、ごめんなさい…。」


安室は微笑んで「大丈夫ですよ。」と手を引いた。
内心、残念だと思っていた。まだ手を繋ぐほどではないか。でも、信頼関係を築くチャンス。逃しはしない。


「じゃあ、行きましょうか。」


それから色んなところに行った。雑貨屋に入れば安室はクマのぬいぐるみをプレゼントした。名前は勿論嬉しそうにした。洋服屋に入って彼女の服を買おうとしたが、「何を買えばいいのかわからない。」と言われて見るだけにした。どうやら彼女はクマのぬいぐるみ以外興味がないみたい。
名前がベンチで休んでいで、安室は飲み物を買いに行った。甘いものが苦手だから…と安室は自販機で何を買うか悩んでいた。がこん、とお茶が出てくる。それを持って名前の場所に戻ると彼女は野良猫を撫でていた。


「そういえば、猫はまだ見つかってないみたいですね。」


毛利小五郎の依頼。白猫を探す依頼。しかし猫の行動範囲は広い上、あちこちに歩き回る。
安室は仕事の合間に探していたが、見つからなかった。名前はというとぴたりと止まった。


「…もしかして、探してないんですか?」
「…う、は、はい…。」


自分には関係ないと思っていた名前はやる気はなかった。野良猫は飽きたのかどこかに去ってしまった。
安室は名前にお茶を渡すと、彼女は上手く開けられないのか苦戦していた。代わりに安室が開けると名前はじ、とそれを見つめた。
微かに顔が赤い。目も虚だ。心配になった安室は「大丈夫ですか?」と聞いた。


「最近忙しくて…。」


あまり寝ていないのだろうか。安室は名前の額に手を当てると熱かった。


「帰りましょう。名前さん。」
「…で、でも、」
「いいから。」


安室はベンチから立ち上がると名前も立とうした。その時、少しふらついて安室に寄り掛かった。
…不味いな。と安室は思った。急いで帰らないと。なんで黙っていたんだろう。
安室は名前の肩を抱いてそのままタクシーに乗った。タクシーの中では、彼女は力なく安室に寄り掛かっていた。


「…名前さん、病院にいきましょう。」
「い、いや…。」
「名前さん?」


名前は途切れ途切れに「病院は…嫌い…。」と言った。
そんなことを言っている場合ではない。明らかに熱を出している。


「か、帰る…慣れてるから…。」


慣れてる?熱に?しょっちゅう熱を出すのだろうか。
マンションに着くと安室は抱き抱えて自分の部屋に入れた。ベットに寝かせる。
苦しそうに呼吸をする彼女に安室は冷たいタオルを額に置いた。


「ご、ごめんなさい、」
「大丈夫ですよ、休みましょう。」


しかし名前は安室に話しかけたのではない。目を閉じて思い浮かべるのはあの人。


「す、すぐ治るから…怒らないで…。」



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