08
先にマンションに帰った名前は部屋で百均で買ったクマのぬいぐるみを縫っていた。
「…まつり縫いをして…まつり縫いってなんだろう。」
クエスチョンマークで頭の中はいっぱいだった。
名前は裁縫も料理もしたことがない。
いいや、と投げ出して名前はテーブルにクマのフィギュアを並べて始めた。全部で5つある。
「ふふ、可愛い…。」
にまにまする名前は上機嫌だった。先程、目の前で人が死んだにも関わらず。名前にとっては造作もないことだった。
ピンポーンとインターフォンが鳴った。誰だろう、名前はてくてくと玄関に向かう。ガチャと玄関を開けると安室がいた。…何か用だろうか。安室はニコリと微笑んだ。
「先程はありがとうございます。運転手の方は生きていたみたいです。」
「…そ、そうですか。」
うっかり未来のことを言ってしまった名前は警戒していた。バレていないかと。そろーとドアを閉めようとすると安室は手で阻止した。思わず顔が青ざめる名前。しかし安室はにこと微笑むばかり。すると彼は袋から何かを取り出して名前の前に出した。
「帰る途中でクマのぬいぐるみが売ってたので買ってきました。」
「!あ、ありがとうござ、」
「入ってもいいですか?」
「え?」
凄く嫌だ。受け取ろうとした名前は手を止めて固まった。
ぬいぐるみは欲しいけど入って欲しくない。どうしようと考えている間に安室は返事を待たず「お邪魔します。」と鍵を閉めた。
「名前さんの部屋にはぬいぐるみが沢山ありますね。」
ベットに大小様々のクマのぬいぐるみがあった。
いつ帰るんだろう、と名前は「お、お茶でも出します…。」と冷蔵庫を開けた。お茶しか入っていない。
その時、安室は小さな盗聴器をベットの下に隠した。
部屋にはぬいぐるみ、ベット、テーブル、冷蔵庫くらいしかなかった。そしてベットの上には黒い服。そういえば、あの写真の少女も黒い服を着ていたな。組織を連想してしまう。
「ど、どうぞ、」と名前はおずおずとお茶を出す。安室は笑顔を作ってお礼を言う。
「名前さんは凄いですね!」
「?」
突然の話で名前はきょとんとした。しかし、次の安室の言葉で目を泳がせた。
「車が突進してきたのに一歩も怯まなかったじゃないですか!それに少し見ただけで女性が即死、そして車の中で見えてなかったのに運転手が生きてると言い当ててましたし!」
「…。」
じ、と安室は名前を見つめる。さりげなく、怪しまれず、近づくのだ。名前はやばい、と頭をフル回転させていた。
「えと…。」
「まるで未来が見えてるみたいですね!」
びく、と名前は肩を跳ねらす。どうやら嘘が苦手みたいだ。その反応を見た安室は目を細めた。
ベルモットが"人形"を話し始めた時と彼女が引っ越してきた時は最近…。そしてこの反応…ビンゴか?
だが、ここで核心に迫ることはできない。
安室は少し名前に近づいた。
「名前さん、ご家族は?」
「…。」
「女子高生が一人で引っ越してきた…なんてないですよね?」
「あの、えと…。」
「ん?」
なんですか?と安室は逃がさない。
どうしよう…!確実に怪しまれてる…!に、逃げないと。でもどうすれば…。
すると名前の目に入ってきたのは作りかけのクマのぬいぐるみ。
こ、これだ!
「あの!」
「?」
「ぬ、ぬいぐるみの、作り方教えてほしいです…。」
安室はテーブルに置いてあったクマのぬいぐるみを見た。
まあ、ここは仲良くなっておくのが先決かな。
「いいですよ。」
いつかボロを出すだろう。
安室は名前の側に座りなおして作りかけのぬいぐるみを持つ。じ、と名前は安室が持つぬいぐるみを持つ。
「初めに玉結びをして…。」
「玉結びって何ですか?」
予想外過ぎた。
*
「ど、どうしよう…。」
それからというもの安室はしょっちゅう名前の部屋に訪れた。サンドウィッチ作ったのでどうですか?ぬいぐるみはできましたか?と理由をつけて。いらないです、と毎回断る名前だが、安室は一歩も引かなかった。
名前は連絡先にある安室のメアドを見てため息をつく。これは昨日、安室が無理やり交換したものだ。
「名前さん、仲良くなりましたしメアド交換しません?」
「え?いや、(いつ仲良くなったんだろう。)」
「スマホ貸して下さい。」
と安室は慣れた手つきでメアドを交換した。全てはこの国のため。
『今日はポアロに来られますか?新しいスイーツを考えたので、是非食べに来てください。』
というメールをどう返事しようか悩んでいた。正直行きたくない。でも返事しないまた質問責めされそう。うーん…と考える名前に蘭と園子は後ろから話しかけた。
「なーに、悩んでるの?」
言うべきか、言わないべきか。言っても大丈夫だろう、組織とは関係ない話だ。
「安室さんが…。」と部屋によく来ることやメールが来たことを教えた。それを聞いた蘭と園子はきゃー!と顔を赤くした。
「何それ脈あり!?」
「安室さんって名前ちゃんみたいな子が好きだったんだ〜。」
「???」
恋なんてした事のない名前は何が何やらよくわからなかった。脈あり…?なにそれ、とクエスチョンマークを頭の上に出した。
「部屋に来た時何かされなかった!?」
「何か…?」
「抱きしめられたり!」
「い、いや…。」
そういうことに疎い、全く知らない名前は二人の反応がわからなかった。二人はきゃあきゃあと楽しそう。園子は顎に手を当ててきらーんと目を輝かせた。
「ふふーん、これは安室さんに直接聞いてみるしかないわね。」
「え?名前さんのことですか?」
放課後、ポアロにて。カウンターに3人で座る。3人の前には苺のショートケーキ。どう見ても甘そう。園子が早速わくわくしながら「名前のこと口説いてるんですか!?」と聞いた。クマのぬいぐるみを作るだけで口説かれるんだ…と名前は相変わらずわかっていない。
安室はなんだか、変な誤解をされているな…と冷や汗を流していた。
だが、これは外堀を埋めるのにいいのではないか。
ことん、と安室は拭いていた皿を置いた。ニコリと微笑んだ。
「はい、口説いてますよ。」
その言葉に更にテンションを上げる蘭と園子は「やっぱり!」と言った。しかし肝心の名前はぽかーんとしていた。何を言ってるんだ、この人は、と。
「知ってます?名前さんの部屋凄く可愛らしいんですよ。クマのぬいぐるみが沢山あって。」
いけしゃあしゃあと言う安室に名前は余計なことを言うなと青ざめる。「ちょ、」黙って下さい、と名前は言おうとしたら安室は言った。
「昨日の夜は楽しかったですね。」
昨日の夜…は安室が持ってきたビーフシチューを食べていただけである。青ざめてどうすればいいか分からない名前はひゅ、と息を飲んだ。
蘭と園子は何したの!?と質問責め。
「はあーー。」
部屋に戻った名前はクマのぬいぐるみを抱きしめて大きく溜息を吐いた。
なんでこうなったんだろう…。やだなあ、安室さんなんであんなこと言ったんだろ。毛利さんも鈴木さんも凄い勘違いしてるし…。
考えると余計疲れる。考えるのやめよう、と名前はぬいぐるみを抱きしめたままゴロゴロとした。
「んー…可愛い…!」
でれー、と顔を崩して名前は沢山あるぬいぐるみを眺める。はあ…ずっとここにいたい。
「ふふ、明日もぬいぐるみさーがそ!」
ちかちかとベットの下には盗聴器が光っていた。
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