うれゐや

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【 】 | ナノ

【幕】




かぶき町でなんでも屋を営む坂田銀時はすっかり軍資金を使い果たしてパチンコ屋の自動ドアから外に出た。
今日は長谷川が隣に座っていなかったから、マダオスパイラルに巻き込まれていないはずなのだが、一向にリーチが掛からず、駄菓子分も玉が出なかったのだ。
けれど、今日はあくまで暇つぶし、稼ごうと勢い込んで入ったわけでもないから、それほど項垂れてはいない。
空を仰ぎ見ると太陽は西に沈みかけていた。


「パチンコですかい?」
「総一郎くん」

名を呼ばれたわけではない。
しかし、確実に自分に話しかけたと思われる声に、うっそりと銀時は振り返った。
振り返った先には、真っ黒い真選組の隊服を着た予想通りの青年が立っている。
ピンク色のチューインガムを一際大きく膨らませてから、その一番隊隊長は総悟でさぁと律儀に訂正を入れた。

「旦那は相変わらずお時間有り余っているようで」
「沖田くんこそ、フクチョーさんが退院したら、サボり放題再開するんだろ?」

真選組の副長・土方十四郎がターミナル警護中に姿を消したのはおよそひと月前の出来事だ。
黒い影が爆破で混乱する現場から土方を抱えて消え去ったというターミナル職員の目撃証言から誘拐と断定。
爆破の実行グループを始め、土方に対して特に強い恨みを持つ攘夷浪士の派閥、逮捕された犯罪者の縁故、あらゆる可能性を考慮して真選組が慌ただしく犯罪者の検挙という名の捜索活動をしていたことは記憶に新しい。
その土方が見つかったのが二週間前。
見つけたのは他ならぬ銀時自身である。
廃屋と呼んで差し支えないほど荒れ果てた家屋の一室。
拘束ばかりか、大きな外傷も見当たらず、ただ、青い顔をして土方は倒れていた。

「その節はうちの役立たずを見つけて下さって有難うございやした。
 どうです?夕飯前ですが、団子でも。奢りますぜ?」
「遠慮しとくわ。
 礼なら、おめェんとこのゴリラがこの間、立派な菓子折り持ってきたし」

すぐに飛んできた真選組の面々にもみくしゃにされながら、救急車に押し込まれた後、土方に銀時は会っていない。
その後のことは、マスコミと万事屋へ礼を言いに来た近藤が漏らした僅かな情報しか知らなかった。
数日だけ、山崎が周辺をうろうろしてはいたが、特段、再度の事情聴取を求められることなく、それっきりであったから、良くも悪くも、万事屋と真選組が腐れ縁であることが作用して、銀時に土方誘拐の嫌疑はかからなかった、そう銀時は判断していた。
けれども、沖田の誘いに引っ掛かりを感じ、団子の誘惑を振り払う。
明らかに自分がここにいることに当たりをつけて、何かしらの意図を持ってやってきているドS王子の腹ほど読めないものはない

「土方の野郎、検査検査がようやく終わって、今日退院でさぁ。ご存知でしょ?」
「へ?なんで俺が…」

銀時が乗ってこないとわかると、沖田は前のものはそのままに、新しいチューイングガムを追加して、噛み始める。
数度、噛んでから、やけに確信じみた口調で話し始めた。

「行方不明になった運びも、発見された経緯も、退院の日取りも、
 旦那、把握してんじゃないんですか?」
「なに?俺疑われてんの?
 行方不明なのはうちのメガネからの又聞きだし、見つけたのもたまたま依頼だって…」
「えぇ、聞いてますぜ。
 姐さんにゴリラが売り上げに協力しに来ないから、さっさと解決しろって、
 メガネ経由で旦那に発破かけたのも知ってまさぁ」

銀時の顔は広い。
積極的ではないにしろ、声を掛けてまわっていたことも把握済みだという。
そのうえで、の詰問に目を細めた。

「だって、今回のことは、最初っから最後までおかしなことだらけだとは思いませんか?
 爆弾仕掛けた野郎どもは土方の行方なんて知らねぇの一点ばりですし、痕跡も無ぇ。
 発見されたこの場所にだって、うちのモンが数日前に一度調査に入ってますが、
 その時にゃ、異変はなかった。
 元々警邏コースに入ってるポイントだ。
 別の場所からあそこに土方を捨てに来たにしても、「唐突」すぎますよ。
 まるで宙から降ってきたみたいじゃねぇですかぃ…」

沖田が言うように、今回の事件は不可思議な点が多い。
銀時が発見した時、土方は仰向けで倒れていた。
生死の確認を優先させて駆け寄ったから、現場保持など気にもしなかったが彼を中心に遠心状に黒いガラス片のようなものが散乱していたこともその一つだ。

旦那なら、何かご存じじゃないかと思ったんですがね?と、沖田は銀時が真実を知っていることを知っていると確信している顔でかすかに笑みを浮かべた。

「…当の本人は、土方はなんつってるの?」
「別に。山崎に2、3点調べさせたらしいですが、後はだんまりでさぁ」
「なら、やっぱ、俺に聞くのはお門違いだろ?
 一人でキャラメルミルフィレーション?されて、
 今度はドライバーじゃない他の何か恥ずかしい改造でもされたんじゃねぇの?」
「………・キャトルミューティレーションのことですかい?そりゃ…」
「そうそう、それそれ。あ、話、それだけなら行くぞ。来客の予定が入ってるんでね」

ひらひらと手を振り、銀時は表情を変えぬまま、銀時を見据える沖田をそのままに、根城へと歩き出す。

「喰えないお人だ」

そんな呟きを背で聞きながら。






銀時は沖田の視線が背中から離れても、努めて、ゆったりとした歩調で、万事屋への道を歩いた。
沖田に言った来客の予定はあながち嘘ではない。
予感がある。

まもなく、夕暮れ。
逢魔が時。

老人と出会ったあの夕暮れ時と同じ、昼の陽色と夜の帳色が混ざり合う色合いの空だ。

箱を手渡し、助けた老人は言った。

あなたの体験したいことをこの器は叶えてくれる。
主となるあなたの望むがままに。

でも気をつけてください。
もしも、主ではない『人』を実際に入れるならば、
箱ではなく、その『人』があなたの望みを叶えたならば、
箱は粉々に砕け落ちることでしょう。


「ジィさんの心配は当たったなぁ」

ずっと。
ずっと、今となっては、明確に思い出せないほど前から。
初めて出会った時からだったのか、
想う女を一人屋上で見送る後ろ姿を見た時からだったのか、
妖刀の力を力ずくで捩じ伏せて、立ち上がった姿を見た時からだったのか、
馬鹿をやりながら、飲み比べをした花見の時からだったのか、
わからなくなるほど前から。
土方十四郎という男に惹かれていた。

男同士が一番の障害ではなかった。
宿敵でもなかった。
己たちの道は時折交差する。

でも、交差するだけであって、重なり続けることはない。
それ以上でも以下でもない。
だから、想いを告げるという発想も、口説くという行動も銀時は持っていなかった。

叶わない。
叶えようとも思えない。

それでも、箱の存在は銀時を揺らした。
一滴の毒だ。

閉じ込めればいい。

土方を真選組から隔離して、
重なり続けないなら、閉じ込め、留めてしまえばいい。
銀時自身で浸蝕してしまえばいい。
すべてを飛び越えて、思ってしまった。

毒に侵されて、病んだのか。
元から病んでいたものが、芽吹いただけなのか。

ずっと、ずっと、土方を手の中に。
20センチ足らずの、深い黒の漆塗の箱の中に。

閉じ込めていられると思っていた。
そう思っていたから、老人の忠告は役に立たないと思っていた。

ずっと、篭の鳥。

護ると決めたものが巣立つまでは
いつも通りの万事屋業と箱の中の非日常的妄執の二本立てで。
それから、先は自分も頻闇と共に。


予定は狂った。
箱は砕けた。

土方の一言で。
砕いた言の葉は聞き取れなかったが、箱ではない、『人』が『主』の望みを叶えたということ。
『土方』が、『銀時』の望みを叶えたということ。

「ここからの仕上げが問題だよな…」

箱は砕けた。
近藤でもなく、真選組でもなく、その瞬間だけは『望ん』でくれたという証。

証は得られても、あの昏い二人だけの空間を出て、土方は、日のあたる場所に戻り、どう向き合ったのだろうか?
説明できない事象をどう脳は処理したのか。

沖田の話から察するに土方は頻闇の記憶を失っていない。
どちらにせよ、連日嬲られた身体の方は必ず覚えている。
銀時の身体に残っているのと同様に。
きっと、肉の記憶に無難に夢だったと流すことも出来ていないだろう。
彼は気狂いになったかと、畏れただろうか。

それとも、と小さく笑みを浮かべる。




「あ、銀ちゃん!」
万事屋の大きな看板の前で、神楽が手を振っていた。

「おぅ、どうかしたか?」
来客の予感は当たったようだ。

「マヨラーが銀ちゃんに用だとか言って来てるネ。
 茶菓子持ってきたから、入れてはやったアル」

ただ近藤に言われて、発見してもらった礼に来たというだけなら、犬猿の仲である銀時を待つことなく、手土産を渡して帰っているだろう。

「新八は?」
「中で茶出してるネ」

そして、現実だと理解した時。
閉じ込めた人間を知った時。

彼は受け入れることが出来たのか?
彼は何を以って銀時を訪ねたのか?

「神楽」

ブーツで住まい兼店舗への階段を踏みしめ上がりながら、少女を見上げる。
深い青の瞳がじっと銀時を見返してきた。

「銀ちゃん?」
「茶菓子、全部食っていいから、今晩、新八んとこ行っててくれっか?」

『万事屋銀ちゃん』として大切な存在。
少し変わった形ではあるかもしれないが、彼女も新八も家族同然だ。
土方へのもっとドロドロした愛とは一言で言い得ることの出来ない感情の外の存在。
一番上の段まで辿り着いて、視線がようやく銀時のものよりもずっと下に来た。

「…酢昆布10箱」

少女は一瞬だけ眉をひそめただけで、そう銀時に返した。

「5箱」
「7箱ネ」
「…足元みやがって…」
「交渉成立アル」

少女は立て付けの悪い玄関戸を引き、一足先に、敷居を跨ぎかけ、足を止めた。

「銀ちゃん」
「あ?」
「…なんでもないネ」
物言いたげな顔をしてはいたが、それ以上何もいわなかった。
銀時としても、理由を問いただされることを覚悟していたために、少々拍子抜けすらする。

新八〜出かけるアルヨ!と廊下を走る音が響いた。

神楽が知っているわけはない。
だが、何かを感じ取っているのかもしれない。

「わかってるって」
わかってはいても、今更のことだとも声に出さず返事をする。

一度は閉じ込めた。
手の中に納めたという悦を味わってしまった。

箱は破壊したが、その楔は今だ残っているのだ。
破片になって。
外枠からこぼれ落ち、
本質を、頻闇の性質のみを器に移し替えただけ。

銀時の中にはもちろん、土方の中にも。

増幅した闇を丹田に感じ、男は笑う。


昼と夜が交わる時間だ。


「さて…」

銀時を応接室で待つ男をもっと絡め取るために、
小さく小さく、もう一度、仄かに笑ったのだ。



『頻闇の函』 了




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