うれゐや

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【 】 | ナノ

【弐】




捕らえられてから、身体を開かれてから、何日経ったのか。

それは長い時だったのか、
短い刻でしかなかったのか。

窓もなく、出口もない。
不思議なことに、定期的な食事を与えられるでもなければ、空腹も排泄の欲求もわかなかった。
ただ、快楽だけを与えられ、芽吹くことのない性を吐き出し、男に貪られた。
触れられていないところはないのではないかというくらい貪られた。

掌で、
指で、
爪で、
唇で、
雄で、
足の指で、
膝で、
道具さえ使って。

土方が意識を飛ばし、眠りについても、次に目覚める時には、唾液と汗と白い体液で汚れた身体は清められて、また、新たに塗りつぶされる。
何度でも何度でも。
一方的な行為であった。
あったのだろうと過去形で思う。
最初の頃、至るところに、沸き起こっていたあらゆる痛みはどこへやら。
麻痺していくのか。
身体が順応してしまったのか。

男は土方が起きたのを見計らうかのように現れ、浸食していく。

夢か現か。

男の口数は少ない。
それでも、ゼロではない。
時折、言葉を音にする。
「見ていた」のだと。
男は仰向けに横たわる土方の胸部に跨る。

ぬるり
そうして、口元に何か温かいものが宛てられた。
むんとする雄の匂い。
土方の口が指でこじ開けられた。

「う゛…」
「気持ち良くして」

歯はたてるなよ。
そういいながら、既に何度も自分を貫いた中心を口に押し込む。
吐き気も嫌悪も疾うに麻痺した。
今日は口蓋を擦り、歯の裏にくびれをひっかけるように腰を揺らされる。

ブブブブ…
小さなモーター音が体内で聞こえる。
与えられる刺激、全てから快感を拾うようになっていた。

男は呟く。
ここは箱の中。
頻闇の箱。
主である男の願望を。
主である男が望む土方自身の願望を
映し出す。
闇に埋もれた望みを。

そんなはずはない。
土方は否定する。
こんな風に、閉じ込められて、真選組から離れて、快楽の海に溺れることなど、自分が願うはずがない。

男は尋ねる。
では、箱が状況を叶えているのは何故かと。
繋がりたい相手がいるからなのではないのかと。
これだけの「屈辱」を味わいながら、今だ狂っていないのは何故かと。
戻るべき真選組を心の支えにしているからだけではなく、望んでいるからなのではないのかと。

そう問われて、またわからなくなる。

蕩けた入り口から蠢く機械が抜かれた。
入れ替わりに口の中で育った雄が無機物とは違う角度で押し込まれ、その快感に土方は小さな悲鳴をあげる。
痛みどころか、喘ぐことしか出来ない浅ましい姿など自分が望むはずがない。

仮に、男が言うような繋がりたいと望む相手が存在していたとしても、こんな姿を見せたいとは到底思えない。
きっと、「ここが願望を叶える箱の中である」という男の言が偽りであるのだ。
そうに違いない。
そうでなければならない。
思いたいのに、身体も心もままならない。

身体の奥の奥へ、熱い迸りが降り注がれて、土方の意思に関係なく内臓がまるで逃すまいとばかりに収縮した。
続いて、土方の陰茎からも今日何度目かの精液が零れ落ち、腹の上を濡らす。
男は欲を出し切っても、土方の中に在り続けて、小刻みに腰を揺らし続ける。

目隠しの上から、眼球の形を確かめるように撫で上げられた。

男はずっと視界を塞いだままだ。
初日こそ、土方の感覚を鋭敏にさせるための手段だと言っていたが、結局のところ、こわいのだと言った。
土方が、男に胸の奥底で見ている、望んでいる人間の姿の幻を箱が見せることが。
目隠しを外して、箱が見せるであろう『望む人間』と、自分を重ねてみられることが。

望む相手。
望まれる相手。

撫でられる感覚に目の裏の模様を意識する。
この目隠しが施される前に土方が見えたのはなんだっただろう。

自分も同じなのか?
受け入れられるはずがないから、
『あの男』の前では同等でありたいと望むが故に。

あの男?

そこで、浅いところで焦らすように動いていた切っ先が勢いよく再び最奥まで貫いてきた。
喉が鳴る。
急激に土方を侵食していく快楽で逃がしそうになった思考を必死に引き戻す。

白い布で物理的に閉ざされた視界。
肌にまといつく、粘着質な湿度。

いやらしく響く水音と、
互いの獣のような息遣いと、
じゃらじゃらという鎖と、
軋むベッド。

そして、仄暗い闇色。

幾度となく吐き出して、陰嚢は空だというのに、吐き出したくてたまらない。
腹の上と、腹の中に飛び散る熱い飛沫を想像してしまう。

「…っ!」

誰の姿で?
答えはすぐそこまで来ている気がした。
瞼の裏にほんの僅かに見えたのは、

「      」

音にならない声で、その名を口に出す。





「土方!?」

大音量で自分を呼んだ声がぐわんぐわんと世界を揺らした。

誰だ?
箱の中で共に過ごした男のものか?
それとも…
誰だ?
望んだのは、望まれたのは、誰だ?

「おい!しっかりしろ!」

うるさいうるさい。
答えが消えてしまう。
頻闇が無くなってしまう。

「土方!」

突然、闇は消え、音と光で溢れた。










音の正体は忙しなく鳴り響くサイレン。
一番大きかった救急車のサイレンはすぐに止まったが、ひっきりなしに聞き慣れたパトカーのものが増えている。
光の正体は低い天井から照らしてくる車内灯。
重たい瞼を押し上げた。

「トシっ」

二つの刺激に割って入るように、暖かい声と影が土方に届いた。

「こ…ん…どさん?」
乾いて、ひりつく喉から、皺枯れた音が辛うじて出てくる。

「大丈夫だ。トシ。もう大丈夫だから」
大きな温かい手の平が、くしゃくしゃと前髪を掻き混ぜる。

「どう…なってんだ…?」
どうやら救急車のストレッチャーの上らしい。
暗闇から抜け出たばかりの瞳に光は少し辛く、何度も瞬く。

「アンタはターミナルで誘拐されて、今の今までそこの廃屋に放置されてたんでさぁ」
「そ…うご…」

むっつりとした声が足元のかかる。
身体を起こしてみるまでもなく、沖田だ。

「副長、お体は?救命士は過労と貧血、それに栄養失調だろうと…」

山崎も地味に控えていた。
そう言われ自身の身体を見回す。
長い時間使っていなかった筋肉が強張り、油の切れた機械人形のようであったが、その他には痛みも欠損も何も異変はない。
上着やスカーフは身に着けていなかったが、同時に土方を拘束する首輪も鎖もない。
至って『普通』だった。

なんとか手を持ち上げて、山崎を呼ぶと、直属の部下は土方の欲しい情報を的確に報告した。

「ここはターミナルの西にある空き家です。
 名義は不動産会社。借主は貿易商の天人ですが、本人はずいぶん前に本星に
 戻ったきりだそうで、攘夷浪士との繋がりは見つかっていません。
 ちなみに、行方不明から今日で十日になります」
「とお、か…」

それくらいの時間だった気もするし、
もっと長かったような気もしなくはない。
薬でも一服盛られて、幻覚でも見せられていたのだろうか。

「あと、犯行声明文も何も出されていませんでしたが、現場から土方さんらしき人間を
 抱えて逃げる人影があったと証言がありましたので、誘拐と判断。
 報道は極力抑え、副長を捜索していました…」
「アンタ、よく無事でしたねぃ。
 旦那がたまたま見つけなきゃ、副長の座は俺のものだったんでさ。
 今からでも遅くありやせん。
 お手伝いしますんで、もう一回行方不明になりませんかぃ?」
「…万…事屋…?」
「そうだ!トシ!銀時に礼を言っとけよ。
 アイツがこの廃屋同然の家を片づけるっていう依頼を受けてなきゃ…」

思わぬ名前に、びくりと身体が反応する。
近藤の話は続いていたが、土方の耳からはずいぶんと零れ落ちてしまって、全てを拾うことが出来ない。

幻覚であろうと、夢であろうと、目覚める前、自分は何を考えていたのかという一点ばかりが気にかかるのだ。
じくりと近藤の話の中にその名が出てくる度に、腹の底で言いようのない低温の熱が渦巻いた。

「で…その腐れ天パは…どこ、だ?」

聞かねば、確認せねばならないことは山ほどある。
自分が捕らわれていた間の真選組のこと。
万事屋が自分を見つけた経緯。

それから、自分の身体と、心の内側を。

「あぁ、旦那なら俺達と入れ違いで帰っちゃいました。
 現場検証で旦那も依頼どころじゃなくなりましたからね。
 依頼人の指示、仰がなきゃなんないって」

調書ならちゃんととってますと慌てて付け加える山崎に、点滴のチューブを眺め、そうかと答えた。

「?」

白いシャツに細かい「何か」がついていた。

細かく砕けている、玉虫色や黒色の破片。
色硝子かとも思ったが、どうやら漆や貝を加工した細工物の残骸のようだった。
不思議なことに、土方が指で摘まむと、氷のように溶けてなくなってしまった。
指の上には水滴も色も何も残ってはいない。

「トシ?」
「あの…そろそろ、出発しても?」

土方の手元を覗き込んだ近藤の後ろから、救命士が病院への搬送許可を問うてきた。
ずっと待っていたらしい。

「あぁ!これは、すみません!トシ!まずは休め!」
「アンタへの尋問はまた後日。
 もっといじり甲斐が出てきてからにしてやりやすから、覚悟しときやがれ」
「総悟!」
「隊長!」

沖田が土方に悪態をつくことは日常であるが、今のセリフには冗談とは到底受け取ることの出来ない響きがあった。
ぎょっとする近藤や山崎を手で制し、土方本人は至って冷静にその言葉を嚥下した。

「わかった。俺もまだ混乱してるし、薬を使われた可能性も否定できねぇ」
「トシ?!」
「何処のドSに捕まってやがったんだか…」

サディスティック星の王子は首辺りを指し示す。

「じゃあ、出発します」

近藤と沖田が救急車を降りた途端、バタンとリアが閉じられ、救急車は走り出した。


「副長…それ…」
付き添いで車内に残った部下は沖田の指摘に息を詰める。

自分の首に手をあてた。
指先には首輪はない。
鏡のない状態で断定はできないが、そこにあるであろう痣については想像がつく。
身体が記憶している重みがジワジワと蘇って、土方の中で復元されていく。

「山崎」

静かに監察筆頭への指示を口にした。






『頻闇の函―弐―』 了







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