うれゐや

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【 】 | ナノ

【序】




―これをお礼に差し上げましょう。―


老人は、そっと、背負っていた大きな風呂敷の中から、20センチほどの箱を取り出した。
箱は深い黒の漆塗に、貝で装飾された螺鈿細工物のようだった。

美しい。
沈みかけた西の日が当たり、玉虫色にも、飴色にも、光線の具合によって、細やかに、光沢が変化する。
一目で凝った作品であることが判る品だ。

男は首に手を当てて首を回しながら、申し出を辞退した。
暴走する車から、老人の腕を引いて助けただけなのだ。
そんな高価なものをもらう様なことはしていない。
裕福では決してないが、タダほど高くつくものはないと経験上、知っている。


老人は静かに微笑んで言う。

―これはとても取り扱いが難しい品だが、きっと、あなたなら間違わない―

半ば無理やりに、男の手を取って、老人は箱を押し付けると、重ねて言った。

―この箱はあなたの『望み』を叶える手助けをいたしましょう―

簡単に、極々簡単に老人は使い方を一方的に話し始めた。
老人が語る箱の用途は天人の技術による便利グッズのようでもあり、違う気もした。
それは、老人の語り口が、どこかおとぎ話のような、むかし話のような郷愁を匂わせて、現実味を帯びさせないものだったからかもしれない。
眉唾だろう。
そうは思うが、愛おしそうに、辛そうに箱の表面をなでる老人に言うには憚られた。
止まった声に、深い皺が刻まれた枯れ木のような手と箱から目を上げる。
効果の真偽はともかくも、老人の大切なものである以上、やはり、貰うことは出来ない。
だが、言葉は行き場を失った。
老人の姿はもうなかった。

待ってくれ。

唖然としたまま男は消えた老人が消えた辻と、
手元に残った箱と、
そして、夕闇が落ちようとする空をしばらくの間、見つめ続けたのだ。










「銀さん、聞きました?」
「ん〜?」

江戸はかぶき町。
スナックお登勢の二階に看板を出している『万事屋銀ちゃん』のソファーに寝そべったまま、ジャンプを眺めていた坂田銀時は、出勤してきた志村新八が開口一番に放った質問に顔を上げもせず、返事をした。

「真選組の土方さんが行方不明らしいです」
「あ?土方?…チンピラ警官のマヨネーズ馬鹿のことか?」

新八が自分の手荷物を部屋の隅に、それから、階下からもらってきた新聞のテレビ欄を差し出したところで、ようやく、銀時は死んだ魚のような目を向けた。

「ニュースにゃなってねぇよな…アレか?また、トッシーにでもなっちまったか?」
「さぁ、そこまでは…
 でも、姉上が近藤さん経由で聞いたそうなんで、確かじゃないですかね。
 まだ攘夷浪士からの声明文だとか何も来ないから、公にはされてないみたいですけど」
「あれ?土方、行方不明でもゴリラはストーカーやってんの?」

万事屋と武装警察真選組の関係を一言で言ってしまえば、腐れ縁といえる。
元伝説の攘夷志士、密入国同然でこの星にやってきた戦闘民族夜兎、局長がストーカーしているキャバ嬢の弟メガネ、普段は巨大なだけにしか見えないが、貴重種の狗神。
厄介事ばかり引き寄せてしまう面々が、やはり、一筋縄ではいかないバラガキ集団と幾度となく道を交差させて、結んだ縁だ。
故に、敵でもないが、仲がよいとも言い切れない。

「いえ、なんだか、土方さんが見つかるまでは、お店に行けませんって
 律儀に報告に来たそうです。あ、他言しないで下さいよ」

ま、俺には関係ないしぃ、どうせ、そのうち戻ってくんじゃないの?そういって銀時はジャンプに目を戻す。

「でも…土方さん、ですもんね。勝手にいなくなるとかよほどのことじゃ…」
「どうせ…沖田君辺りのいたずらってオチだろうよ」
「それが、沖田さんも知らないの一点張りだそうで…銀さん、気になりません?」
「別にぃ…」

何か言いたげな顔をしている新八にあくびをしてみせ、話は終わりだと、今度はジャンプを顔に乗せて、寝転がる。

「でも、真選組総出で探してもでてこないって…
 一体どこに行っちゃったんでしょうね…」

言い募る声と洗濯物を集め始めた気配をざらりとした紙の下でやり過ごし、すうっと独特なインクの匂いを吸い込んだ。

「本当にどこに行っちゃったんだろうね…」

少年の疑問をそっと銀時は繰り返す。
そして、言われる前から、姿を見ないことに気が付いていた黒い男の事を思って、小さく息をついた。





『頻闇の函―序―』 了








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