梅一輪冬の日だまりに彼はいた。 かぶき町で万事屋を営む坂田銀時はパチンコで少し潤った懐にホクホクしながら帰宅している最中だった。 まだまだ冬の寒さは厳しい。 しかし、時折春もすぐ間近にまでやって来てはいるのだろうと思えるほどの印が目につくようになったそんな日。 大江戸マートでジャンプと春を思わせる期間限定のスィーツを奮発して買って最短で帰る為に、公園を横切った。 風さえ吹かなければ暖かい。 さすがに桜はまだだ。 今年こそ、花見でダークマターを食べさせられるのも、真選組と場所の奪い合いをするのもごめんだ。 (まぁ、真選組とかち合えばただ酒にはありつけるんだけどよ…) ただでさえ、万事屋だけでも賑やかだというのに、それにストーカーゴリラやドS王子やミントンだかガバディだかで変に盛り上げようとする地味なのだかが混じれば、収拾がつかなくなることはわかりきっている。 そして… 真選組の鬼副長・土方十四郎。 なぜか、彼とは反りがあわない。 顔を合わせれば悪態しか出てこない。 けれども、姿を見かければ目は追い、視線が合えば絡みに行ってしまう自分がいる。 「なんでだかなぁ…」 嫌いなら無視をすればいい。 視野にいれなければいい。 (だから、違うな…) 嫌いなのではない。 土方十四郎という男を銀時は嫌いではない。 自分と違い真っ直ぐな黒髪に涼しげな目元。 未婚の適齢期の幕臣。 マヨラーという悪食を除けば、引く手あまたであろう好物件。 僻んで突っ掛かっているわけではない。 サラサラストレートヘアが羨ましくないというわけではないが、そんな小さなことではない。 腐れ縁で、やむを得ず共闘したこともあれば、意地を張り合ってトラブルを巻き起こしたこともある。 けして、嫌いな性質ではない。 寧ろ、不器用な真っ直ぐさも、武州の一道場主を幕府の一機関真選組局長にまで引き上げた手腕も素直にすごいと思う。 冷静に分析すれば、わざわざ突っかかっていく要素はないはずなのだ。 桜、花見と連想しながら歩を進めていれば、 その己の中での取り扱いにもやもやと訳のわからない感情をもっている男を見つけた。 見つけてしまった。 冬の日だまりに彼はいた。 最短を行くために遊歩道を無視して直進した先に。 奥まった場所に設置された一客のベンチに座っていた。 梅の木に囲まれるように設置されたその場所は、貴重な冬の太陽の恩恵を受けている。 男は非番なのか、堅苦しい制服ではなく、黒い着流しに羽織を着て座っていた。 黙って、座っていた。 少しうつむき加減で、腕組みをして。 (あれ…?) いつものように、 まさに条件反射のように、からかう声をかけようとして銀時は気がついた。 伏せられたまつげ。 静かに上下する肩。 (え?こいつ、寝てんの?) まだ、銀時と土方の間に距離はある。 けれど、見間違いではない気がした。 少しの間、見ているとコクンと首が傾ぎ、また元に戻る。 明らかなうたた寝の様に、疑問は確信に変わる。 陽当たりもよく、昼寝日和といえば昼寝日和。 (けど、こんな…) こんな無防備で良いのだろうか。 攘夷浪士相手に刀をバズーカーを撃ち放つ武装警察の副長が公園で居眠りなど。 確かに、辺りに人の気配は銀時以外にない。 しかし、銀時自身も気配を消しているわけでもない。 (いやいや、別に心配してるとかそんなんじゃねぇよ?) 己に言い訳しながら、それでも、視線を土方から離すことができない。 日頃、こんな風に土方十四郎という人間を眺めたことがなかった。 いつだって、瞬間湯沸し器のように、土方を見れば苛立ち、張り合い、心にもない悪態まで叫び倒しているからだ。 うたた寝する土方はいつもより幼くみえた。 同じような年の頃だと思っていたが、もしかしたら土方の方が幾分若いのかもしれない。 羽織が見せる肩のラインが、隊服を着ている時よりも薄く、華奢に映る。 サウナや銭湯でかち合った時にも思ったが、あまり筋肉のつきにくい体質なのだろうか。 あれだけマヨネーズを大量摂取していても、太らず、目の下の隈が定着しているところをみれば、『副長』という中間管理職の激務加減など明らかだ。 うつむき、退かれた顎から頬骨の滑らかさに、思わず髭など生えているのか触れて確認したくなった。 (触れて…ってなに考えてんだ俺は…) ブンブンと頭を振って思考を打ち払う。 風が吹いた。 冷たい風にふるりと土方の体が震える。 覚醒しかけたのか、長い睫毛が目蓋の動きに合わせて揺れ、やけに紅い唇が僅かに開かれた。 ばさり 土方の指先に辛うじて引っ掛かっていたらしい帳面が地面に落ちる。 咄嗟に拾おうと身を乗り出しかけて、銀時は止まった。 本人が目覚めたからだ。 滑り落ちる感覚が現実に引き戻したのだろう。 慌てて、拾い上げ、銀時の視線に気がついたわけでもないであろうに、照れたような顔をして自分の髪を掻き回していた。 銀時のものとは全く質の異なる真っ直ぐな髪はくしゃりと指の動きに合わせて一度は丸まったものの直ぐに重力にしたがって元の位置に戻っていった。 拾った帳面に付いた砂を丁寧に払い、表紙をそっと長い指で撫で上げる。 大切なもの。 そんな触れかた。 穏やかな、自分に向けられたことのない穏やかな柔らかい表情で何か土方は呟いた。 銀時の立つ位置には声が届かない。 口の動きで予測するだけ。 『梅は』 土方の視線の先には冬の寒さを凌ぎ、綻び始めた紅梅が一輪、花びらを拡げていた。 『春暁 梅一輪』 了 (65/212) 栞を挟む |