うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ

12月30日




「よし!今年最後の飲み比べだゴラァ」
「おう!負けた方がここの勘定持ちだコノヤロー」

晦日も晦日。
大晦日にあと一日という寒い晩。

銀時は思いもかけない人物と遭遇していた。

特別警察真選組副局長・土方十四郎。

銀時とは対照的な黒髪ストレートヘア。
青みがかった瞳は、その瞳孔を常に開き気味にさせており、いつも何かを目つき悪く睨みつけている。

全く対照的な外見の持ち主ではあるが、似た者同士とよく称されるこの男とは何かと場を同じくすることが多かった。

贔屓にしていた定食屋や居酒屋が被ることはよくあったし、ごく偶に利用する健康ランドや映画館で鉢合わせたことも一度や二度ではない。

だから、場末の居酒屋で土方と遭遇すること自体は何も珍しくはない。
そして、こんな風につまらない意地の張り合いで飲み比べになることも、
さほど意外な事ではなかった。

では、何が『思いもかけない』事態なのかというと、
対テロ組織である真選組のNo.2が忙しいと思われる12月30日に一人居酒屋で深酒していること、なのだ。



「は〜い、銀さんの勝ぃ」
ごとんとカウンターの上に頭を落とした土方の後頭部をぐりぐりと撫で回しながら勝ちを宣言する。

「ん〜俺はまらぁ…飲め…」
睡魔に襲われているのが丸わかりな話し方でごにょごにょという様子は何処か普段の彼よりも幼く銀時の目には映る。

「んな可愛さ狙ったみたいな言い方してもダメなモンはダメなんですぅ。
 親父!俺の分、土方の伝票に入れといてよ」
言っておきながら、男に可愛いという表現もどうなのだと自分でツッコミを心の中で入れる。

「銀さん銀さん。そりゃ構わねぇが、お連れの旦那、ちゃんと連れて帰って下さいよ」
「えぇぇ?俺が?いや、酔いが冷めたら一人で帰るだろうし!」
「ウチも今日は早めに店じまいしたいんだよ」
カウンターの中で親父が困ったような顔をして、張り紙を顎でさした。
そこには、本日の営業時間をとっくに過ぎていたことが示されていた。
「あ〜、まぁ、あれか…タクシーに放り込んで、屯所に送らせればいいか…
 お〜い!看板だってよ!帰るぞ」
仕方ないと、髪をくしゃりと一度掻き混ぜて、土方を椅子から引きあげる。

「ん…」
「土方くんってば!」
完全に寝オチしているために腕は力なくだらりとしたままだ。

「…あぁ?」
「だ〜か〜ら〜屯所に帰る時間ですってば」
背を叩くと、ようやく言葉らしい言葉が返ってきた。

「屯所には…帰れねぇ…」
「は?何言ってんの?何?それはアレか?まだ帰りたくないの?
 ってお誘いなのか?銀さん、そんな趣味ねぇよ?」
今日は自分の言い回しがオカシイなと再び首を傾げながら、今度はもう少し強く背を叩く。
「あ…ほ…」
「だから!起きろって!屯所に帰らねぇなら!どこに行くっつうんだ!」
「……」
「おい!シカトですかオイぃ!」
酔い半分、疲れと眠たさ半分というところだろうか、土方の身体がゆらゆらと左右に揺れている。

「銀さん」
「ハイハイ分かってます!」
親父の視線が痛い。
仕方なく、自分とさして変わらない体格の男に肩を貸し、店を一先ず出る。


そして、土方の袂から携帯を抜き出して、真選組の屯所へと通話ボタンを押した。

『ハイ。真選組です』
「あ〜すいません。ゴリラとか地味なのとかドSとかいますかぁ?」
思いつくメンバーを呼び出す。
『あの、失礼ですが…』
「誰か偉い人呼んで。万事屋さんって言えばわかるから」
『あ…し、少々お待ちください』
恐らく、もともと、男の顔など覚える気のない銀時にはどの隊士かなどわかるはずはないが、向こうは銀時のことも、どの上司の事を差しているのもわかったらしい。

保留音の後に電話に出たのは、近藤だった。

『銀時?どうした?まさか!お妙さんの身に何か…』
「ゴリラ?お妙のことなんざ知らねぇよ。それより、今日は土方くんは?」
『トシ?なんだかんだ言ってお前ら仲良いなぁ。
 飲みにでも連れ出してくれるつもりだったのか?』
「仲良くねぇよ!」

土方が大将と慕う電話口の男はのんびりとした口調で返してきた。
どうやら、土方が飲みに出ていることは知らないらしい。

『生憎だが、正月休みとって武州に帰ってるよ』
「ふぅん…何、オタクらしっかりと正月休み取れてんだ…」
『そう、今年はな。将軍様が城でゆっくり過ごされることになったからな…
 まぁ、あの通り随分帰ってないから、俺が無理矢理なぁ』
「そういうことね」
『そういうことって、何かあったのか?トシに?』
「いや…」

迷った。
このまま、正直に武州には出発しておらず、今銀時に肩を貸されて酔い潰れているから迎えに来いというべきか、それとも、『帰れない』と言った土方の言葉を尊重すべきか。

会話の途中、ガラリと、今出てきた店の親父が出てきた。
暖簾を下ろすのだろうと思ったが、銀時が電話中だと気がつくと、
ジェスチャーで旅行鞄を掲げてみせる。
土方のものなのだろう。
それを受け取り、鞄と土方を見比べる。

『銀時?』
電話の向こう側で近藤の訝しむ声がした。

「なんにもねぇよ…ちょっと…駅前で見かけたから、聞いてみただけだ」
『そうか!すまんが、アイツと仲良くしてやってくれ。
 あれでもかなりお前のこと気に入ってるんだ』
「はぁ?どこがだよ??!これ以上ないくらい、嫌ってるだろうが!」
突然の矛先に大きな声が出たが、土方が起きる気配はない。

『いやいや、トシが本当に嫌いなら、徹底的に無視だから。
 見てて気の毒になるくらい冷たいから』
何か思い出したのか、うんうんと頷く気配がする。
「んなわけ…と、」
意識のない人間というものほど重たいものはない。
ずり落ちてきた土方の身体を支え直す。

「ま、いいや。んじゃな」
『え?銀と…』
まだ何か喋っていたが切ってしまう。

「乗り掛かった船だからな」
舌打ちを一つすると、肩にではなく帰路に着いたのだ。





自宅兼事務所の戸に手をかけて珍しく施錠していることを思い出す。
外灯さえ点いていない。
「えーと、鍵は…」
あまりにひどい万事屋の惨状にお妙が正月は新八と神楽を恒道館へ連れていったのだ。
だから、今年は一人で静かに大掃除もせずにだらだらと寝正月に突入と決め込んでいた。
懐に手を入れて鍵を探す。

「ふ…ぁ…ん…」
「?!」
銀時の手が抱えた足に触れ、冷たかったのか、まさぐる手が身体の何処かをくすぐったかったのか、鼻から抜けるような声が土方の口から溢れる。
(な、なんだ今の色っぽい声…いや、色っぽいって…?
 あ?そういやコイツの足スベスベ…いやいや)

指先に金属の感触が漸く触れ、玄関戸の施錠を外れた音がした。
開け放つと、閉めきった家特有の湿度と臭いが横たわっている。

「よいっせ」
背の男を一旦下ろし、草履を脱がせにかかる。
ぎゅっと握られた足の指が鼻緒をしっかりと掴むから、少し強引に引き剥がすと、
足袋まで一緒に脱げかけてしまった。

「あ…?」
ずれた足袋と踝。
薄暗い玄関先にやけに白く映るそれらは妙に艶かしく、銀時を落ち着かなくさせた。

「いやいやいや…男の足だからね?」
慌てて、緩やかに反応している股間センサーに言って聞かせる。

「これは土方、これは土方。瞳孔開いたチンピラ警官。これはニコチン、これはマヨネーズ…」
呪文のように唱えながら、自分もブーツを脱いだ


「あとで宿代、請求してやらぁ」
ずるずると奥の間に引きずっていき、こたつ布団の上に下ろすと土方はもそもそと布団の上で潜るでもなく丸くなってしまった。

「ぷっ!なんか小動物みえてぇで可…」
可愛いと感想を口に出しかけて銀時は慌てて、口を手で押さえた。

「これは土方、これは土方。瞳孔ガン開きのチンピラ警官。これはニコチン、これはマヨネーズ…」

唱えながら、髪をかき混ぜる。
もともと好きな方向に跳ね回った髪が更にひどいことになるのは分っているが、
今更大差ないと気にしない。

「いちご牛乳確かまだ残ってたな…」
炬燵の上に昼から置いたままだった紙パックを手に取る。

(酔ってるだけだから。うん)

くびりと残っていた液体を口に含み、銀時は動きを停止した。



「ぶはっ!なななななんだコレ」

盛大に薄ピンク色の液体と吹き出す。

冬場であるから大丈夫だと思って丸一日近く出しっぱなしにしていたいちご牛乳は異様な酸っぱさを醸し出していた。
常温で置きっぱなしにしていたこともあるが、
元から賞味期限が間近で安売りしていたものを大量買いした最後の一本。
期日はとっくに過ぎていたこともあるのかもしれない。

「ん…」
「あ、やべ」
吹き出した液体は足元に転がっていた土方にかかってしまっていた。

「そんでも起きねぇでやんの」
結構な量浴びせてしまったというのに、身動ぐだけで完全には目が覚めないらしい。

かといって、さすがに濡れたまま放置することは憚られて、土方の濡れた着流しに手をかける。
羽織を剥ぎ取り、帯を緩め、着流しに抜き取る。
電気をつけていない月明かりだけの部屋で白い肢体が銀時の足元に浮かび上がった。

「なんだかねぇ…」

ついっと指と滑らせてみれば、また小さな吐息を零され、銀時の方がため息をつきたい気分にさせられる。

何度も、サウナでも、銭湯でもこの身体を見たことがないわけではないにも拘らず、なぜ、今こんなに心、乱されるのか。

ふいに近藤の言葉が耳によみがえってくる。

『本当に嫌いなら、徹底的に無視だから。見てて気の毒になるくらい冷たいから』
近藤は土方の事をそう言ったが、本当のところ、どうなのだろうか。

自分であれば、と置き換えてみる。
根っこから、そりが合わないということであれば、関わりを持つことをもっと避けるだろう。
自分は、嫌いな相手に時間も労力も割くほど勤勉さは持ち合わせていないのだから。

「好き…?」

すとんと、言葉が降ってきた。

「まさか…ね?」

着流しまで脱がせた襦袢一枚の土方に炬燵布団をかぶせると、するりと銀時もその横にもぐりこむ。

そして、その黒くてサラサラした頭を掻き抱くようにしながら、もう一度呟いてみたのだ。

「土方が好き…」

やはり、落ち着くその言葉にむずむずと落ち着かなくなる。

自分も多少なりとも酔っぱらいの仲間だ。
また夜が明けて、正気に戻ってから、胸の上に落ち着いてしまった言葉を改めて考えることに決め込んで、銀時は意識を手放したのだ。




『迷悟 12月30日』





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