うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ

『天邪鬼の密(みそ)か心 前篇 』




「ぱっつぁん」

特別武装警察・真選組。
その屯所内に設置された食堂に足を運んだ副長・坂田銀時は、すぐ後ろをついてきていたメガネの部下を低く呼んだ。

「はい」
「コイツらなんだよ?」
目の前には、本来この場には似つかわしくない光景が繰り広げられている。

「なんだよ…と言われても…定春局長が連れてきました」
「はぁ?なにしてくれちゃってんの!
定春!オメーまた前髪V字の野郎に川原でブラシしてもらっちゃったとか、
 遊んでもらったとかそんなとこだろうが!いちいちこいつら連れてくんな!」
「わん!」
一見、真選組の隊服を着た愛らしい犬。
図体は確かに普通の規格よりは巨大だが、それ以外はごく普通の犬。
真選組局長という重苦しい肩書きを背負ってはいるが、やはり中身も犬の定春局長が全力で尻尾振りながら、サイズに似合わない高い声で答える。

「可愛く鳴いたってダメなモンはダメなんですぅ」


「うっせぇな。腐れ天パが」
もそもそと、今日のメインのおかずがなんだったのか、
本来の姿がわからないほど黄色い油ぎったものを口に運びながら、
一人の男が銀時に向かって悪態をついた。
 

男の名は土方十四郎。
かぶき町の一角で『万事屋トシちゃん』を営む何でも屋だった。
銀髪の天然パーマがトレードマークの銀時とは対照的な黒髪ストレートの目元涼やかな色男。
廃刀令のこのご時世、木刀を腰に履き、用心棒もどきから迷い猫探しまで手広く請け負っている。

確かに剣の腕は立つ。
恐らく、先の攘夷戦争で実戦経験相当数積んだのだろうと容易に想像がつくほどの腕前だ。
もしも未だに攘夷活動に関わるならばすぐに逮捕せねばならない対象なのだろうが、
今のところそんな様子もなく、地味な部下とチャイナ服をきた女装ゴリラと、
なぜか犬の着ぐるみを着たドS気質の少年に振り回されながら、日々を過ごしているようだった。
度々、奇天烈な騒動を巻き起こし、銀時が副長をつとめる真選組とも、
共にトラブルにあたったり、巻き込み、巻き込まれながらと腐れ縁を結んでいる。

腐れ縁。
その言葉が一番しっくりくる間柄だと思われる。
万事屋と真選組は。

だが、その縁を結ぶたびに、銀時は似ていると評されることを不本意だと思いつつ、
土方という存在に一目を置かずにはいられなくなってきていた。

土方という男を見る銀時の眼が、変わったのはいつからだろうか。
銀時にとって、すでに友情だとか、好敵手だとか、喧嘩相手だとか、
そういったモノを超えた『興味』を促す相手なのだと自覚したのは。


「カッチーン!おい万事屋!
 オメー自分がさらっさらストレートだからって直ぐそうやって、
 本人の努力で回避できない様な身体的な特徴をだなぁ…」
「はいはい…おい!マヨネーズおかわりねぇのか?志村」
「何!そのおざなりな返事は!」
銀時を軽くいなして、空になったマヨネーズの殻を、銀時の部下に振って見せ催促をしていることに苛立ちを覚える。
自分には決して振る舞われることのない能力。
問題ばかり起こす従業員を抱えるサービス業種を飯のタネにしているだけあって、
意外にも人との交渉がうまいのだ。
それなのに、銀時に対しては、意地を最大限に張ることはあっても、媚びることもフォローを入れることもしない。

「あ、ちょっと待ってくださいね」
「メガネぇ!テメ何顎で使われてんだ!コノヤロー」
「だって…」
「いいって、志村。頼むわ」
神経質なようで、意外に図太い一面を呑気に晒してくれている。

時々、
綺麗な顔だとは思うが、決して女のような細さも、
繊細さも、柔らかさもない、
こんな男に
惚れてしまった自分を殴打したくなる。

「はい。あ、銀さんもさっさと食べて午後からの見廻りサボらないで行ってくださいよ」
「おいコラ!テメーらぁ!聞きやがれぇ!俺がここの!真選組の副長なんですけどぉ!」
普段は緩い態度で、真選組を纏める銀時も土方一人間に挟むだけでペースを乱される。
だから、半ば自己防衛のように、必要以上に意地を張ってしまって、キツい言葉を投げてしまうのだと自分を分析して、また肩を落とした。




「はぁ、美味かった…ごちそうさまでした」
静かに箸を盆の上に置き、土方は手を合わせた。

「はぁ、屯所の食堂をこんだけ酸っぱい匂いだらけにしてくれてよ。勘弁しろや」
斜向かいに座り、歯につまった小豆の破片取った爪楊枝でマヨネーズ残骸を指し示す。

「テメーのメシなんだか、おやつ何だかわかんねぇ喰いもん、
 ここのやつらっていっつも見てんだよな。すげぇな」
「宇治金時丼は正義なんですぅ」
さすがに毎日これを食べているわけではないのだが、ほんの僅かながら眉間の皺が少ないから、無理に否定はしないでおく。

「糖尿だけどな」
「テメーは高血圧になってぽっくりいっちまえ」
止めておけと脳は停止をかけるのに銀時の口は止まらない。

「おう!マヨ死ぬほど喰って死ねたら本望かもな」
「ちょ!冗談にならねぇから!それ!」
「いや、万事屋の台所事情考えっと…」
「どんだけ貧しい食生活してんの!オメーは!
 それでそんなに肉ついてねぇのか?強くなれねぇぞ」
それなりに、依頼は入っているようなのだが、万事屋の経理は火の車だと聞く。
心配をしているのだが、それを素直に言える銀時ではないのだ。

「ほっとけ!行くぞ!総悟!山崎!」
ガタンと大きな音をたてて立ち上がってしまった。

「土方さん!沖田さんはさっき一番隊の隊長さんと一足先に外行っちゃいました」
声で、来ていたのかと今、漸く存在を認識するほど控えめな男が土方に答える。

「また物ぶっ壊して帰って来なきゃいいが…」
「そういう意味ではテロリストと紙一重ですよねぇ」
「洒落になんねぇよ」
真選組一番隊隊長・神楽と万事屋の沖田も仲が良いのか悪いのか、顔を合わせれば戦っている。
じゃれあっているようにも見えなくはないが、破壊の規模が半端ではないのだ。

ちらりとだけ、土方の視線は銀時に向けられたのを感じたが、自分のデザートに集中しているふりをして表をあげはしない。

そうしている間に立ち去って行ってしまった。



万事屋一行が立ち去ると、まだ食事をしている隊士達が数多く残っているというのに、
閑散とした空気が食堂に広がった気がする。

「銀さん…帰っちゃいましたね」
しみじみと志村新八が銀時をみながら、訳知り顔をしていた。

「あんだよ?」
「銀さんと土方さんって仲良いのか悪いのかわかんないですよね…」
「いいわけあるかよ。あんな極貧ニコチンマヨラー」
デザートのプリンにスプーンを突き刺して、口をつくは悪口ばかり。

「銀さんは食べ物のこと、言えないでしょう」
「あ?俺はちゃんと計画的に糖分摂取してますぅ。
 暴飲暴食じゃありません〜。
 あんな飯が先かマヨがメインかわかんねぇ喰い方してないし!
 口の端に黄色い卑猥に見える液体つけてません〜」
今日は沖田を追い回すでもなく食事をしていたのに、どこか集中力に欠けていた。
珍しくその口もとを汚していたのだ。

「え?付いてました?」
「アイツ、ガラ悪いけど、ホントは育ち良さそうだよな。
 食事の所作がさ…キレイつーか、エロいつーか…」
犬のエサをもっさもっさと掻き込むような食べ方をしてはいても、
キチンと手を合わせて食事に感謝することを毎回忘れない。
キレイな指と、動きは違う欲までも刺激してくるので性質が悪い。

「エロいってなんですか?しかし、すごくよく見てますね」
「見〜て〜ま〜せ〜ん〜。常識の範囲内です」
「いや、アンタ。ものっそ見てっから!」
「気持ち悪ぃこと言うなよな」
ついうっかり零してしまった言葉を取り繕おうと残り少なくなったプリンを流し込み、
立ち上がる。

「あ、銀さん」
その様子を見たのか、賄いの女性が声をかけてきた。

「さっきの万事屋さんたちが勢いよく食べてくれたからさ、
 ちょっと買い出し行ってくるよ」
「すまねぇな。あ、おばちゃん。マヨちょっと多目に…」
「はいはい」
「………」
女性には分ってますよと朗らかに笑われ、
眼鏡には何やら物言いたげな視線を向けられる。

「なんだよ?」
「…また、来てくれるといいですね」
ムカついて、両頬を思いっきり伸ばして憂さを晴らすことにした。

「な、あに!ふゅんれすか!」
「メガネの癖に…土方に尻尾振りやがって」
「メガネ関係ないでしょ?!頼まれたマヨ取りに行っただけじゃないですか!」
「じゃあ、童貞の癖に…」
「もっと関係ねぇだろうが!」

「あ、」
つい空気のように、存在する部下に油断してしまったが、肝心な事を思い出した。

「今度は何なんですか?!」
「新八。俺、夜出かけてくるから」
呆れかえって、少年が何と答えるかは計算済みだから。
「し、仕事してくださいぃぃぃ」

掴まる前に食堂を銀時も走り出たのだ。







『天邪鬼の密(みそ)か心 前篇 』 了

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