壱万事屋・坂田銀時は恋をしていた。 三十路目前のいい年をした男が何をやっているのだというほど、手探りの、年甲斐もない、そんな恋をしていた。 少年向けの漫画雑誌を愛読しているくせに、口から出てくるのはどちらかというと青年誌か、成人向け的な下ネタを場をわきまえることなく口にするような、爛れた恋愛しかしたことないようなと言われる男が恋をしていた。 しつこいようであるが、死んだ魚のような目をした、ドSを公言し、酒で何度も失敗し、ギャンブルで身ぐるみ剥がされて、無一文で帰ってくるような男が、である。 「折角…顔見れたってのに…」 整った横顔。 姿勢よく伸びた背中。 煙草を口に運ぶ剣だこの並んだ色気のある指先。 午前中の陽を受けて、艶めく黒髪。 銀時は相手を想い、ため息をつく。 恋する相手は毎日会える人間ではない。 自営業な上にけして流行っているとはいえない万事屋に対して、江戸の町、全体を管轄する公務員。 シフトや任務によっては1週間近くも姿を見ることが出来ないことすらある。 「どうしてかねぇ…」 折角、相手が通りかかりそうなコンビニを選んで、買いに行ったというのに。 立読みしながら、待っていたというのに。 部下と通りかかったタイミングを見計らって、店から出たというのに。 目が合って、軽く挨拶を交わせた。 相手を見て、幸せな気持ちになった。 そこまでは良かったのだ。 今日こそは穏便に、天気の話だか、お疲れさんだかといった何気ない言葉を続けたかった。 けれど、その後気が付けば、いつも通りの喧嘩になっていた。 本日発売の真新しい愛読誌のざらりとした紙質も気分を高揚させてくれない。 「なんで、こう裏目にでるかねぇ…」 天気の話は湿気に移り、定番の髪質ネタで互いを貶めあうことに発展し、 相手のハードな仕事を心配する気持ちを伝えようとすれば、仕事をしていないも同然の銀時に言われたくないと噛みつかれる。 「そりゃ、同じように好かれているたぁ…思っちゃいねぇけど…」 知り合ってから、腐れ縁となってから、それなりに時間は経っている。 何かトラブルがあれば、共闘だって、知恵を絞り合うことすらしてきたのだ。 好かれてはいなくとも、虫唾が走るほど嫌われているとも思えない。 それなのに、どうにもこうにも、それ以上の好意をもってもらうというスタート地点から失敗し続けている。 銀時はモテない原因だと常々思っている天然パーマを勢いよく掻き毟った。 (土方…) 音に出さず、口の形だけで呼んで、もう朝から何度目かも分らぬため息を零す。 想い人の名は、土方。 武装警察真選組の副局長。 真選組の頭脳。ゴリラの飼育員。マヨラー。ニコチン中毒。 銀時と犬猿の仲だと誰もが認識している、その鬼の副長こと土方十四郎に恋煩いしていたのである。 「銀ちゃん、いい加減にするアル」 「ちょっと、神楽ちゃん…」 相手に会えたことに顔をにやけさせたかと思うと、すぐに深く深く沈み込む万事屋の社長というすっかりおなじみになった光景。 この日も新八は遠巻きにしてやりすごすつもりであった。 「銀ちゃんがこんなに乙女だとは思わなかったアルヨ」 「それは僕も同じ意見だけど…まぁ、あんな人だからね」 けれども、この日の神楽は違った。 覇気のない様子は普段と変わらないが、毎回の一人反省会は見ていて気持ちよいものではないと、とうとうしびれを切らしたようだった。 「トッシーもなんで気が付かないネ?ストーカーゴリラに慣れ過ぎて鈍くなってるアルカ?」 「まぁ…多分、なまじ、今まで狙ってなくても飯屋とか映画館とか健康ランドとかさ、 偶然出くわしてるって経験持っちゃってるもんだから、 待ち伏せられているって感覚ないのかも。 それに銀さんじゃ好意をもって近づいてきているっていうよりも、 因縁つけられてると思われてるんじゃない?」 薄い茶が入った湯呑を一旦口から離し、新八が成り行き上、仕方ないと分析をする。 「偶然じゃなくて、必然的に顔を合わせて、 もっと銀ちゃんの良いところアピールできるチャンスがあるといいネ」 神楽は神楽で箱から最後の酢昆布を引っ張りだして、むむむと眺めながら返した。 「良いところ…?」 「「銀ちゃん(さん)の良いところ…」」 じぃぃぃぃっと上から下まで眺めながら、二人は顎に手をあてて悩む姿勢を取る。 「「……………………」」 「ちょっと!そこ考え込まないでくれるっ?!」 部屋の古い時計がゆっくりと秒針を半周まわっても、帰ってこない長所に銀時が思わず椅子から立ち上がった。 「だって、天パだし」 「足は臭いし」 「天パだし」 「チャランポランだし」 「天パだし」 「ぐうたらだし」 「天パだし」 「セクハラ大王だし」 「天パだし」 「家賃滞納常習犯だし」 「天パだし」 「給料払わないし」 「「天パだし」」 「天パ!褒めてないよね?詰ってる感じだよねコレ! おめェら!良いところ探してんじゃなかったのかよ!」 合わさった声に、銀時は突っ込みともいえないクレームを喚きながら勢いよく立ち上がる。 と、同時にまた二人は何か思いついた様子で顔を合わせて互いの指を突き合わせた。 「あ」 なになにと期待の眼で主は従業員を見つめ、言葉の先を待つ。 二人の視線が無造作に部屋の隅に立てかけられた木刀に目を向かっていた。 「「坂田塾頭!」」 「へ?」 同時に叫んだ新八と神楽は顔を再び見合わせ、にやりと笑う。 「ダメ親父の為に、ひと肌脱ぐしかないアルナ」 「姉上には僕から了承をとっておくよ」 何やら一計を案じた子どもたちとは対照的に一人、取り残された万事屋の主は唖然と立ち尽くしたのだった。 『思い内にあれば−壱−』 了 (164/212) 栞を挟む |