うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ




Side 土方



喧嘩上等。
と、言うわけではないが、土方十四郎には多少、喧嘩っ早いところが元々ある。
武装警察の副局長などという幕臣の端くれに身を今でこそ置いてはいるが、武州の田舎で喧嘩師のような、道場破りのようなことをして過ごしていた時期もある。
また、真選組の頭脳などと皆は言ってくれるが、元来頭を使った作業が得意なわけでもない。
ただ、隊内にそういうことに長けた人間がいないから、算盤が多少できて、豪農出身だとはいえ、多少の教養を兄から施された土方が担っているにすぎないと自覚している。

自覚はしているし、今の立場、年齢と条件を重ねてくれば、その喧嘩っ早い気質もおさまってきている…筈であるのではあるが、一人だけどうにも感情の制御ができない男がいる。

坂田銀時。
かぶき町で何でも屋を営む男。
元攘夷志士、『白夜叉』なんて異名を持っていた男。
普段は死んだ魚のような目をした弛んだ顔で銀髪をふわふわと上下させながらホームの街を歩く男。
碌な給料を払ってやることさえないくせに、従業員の眼鏡少年とチャイナ娘に慕われて日々を過ごす男。
怠惰な風を装いながら、意外に面倒見が良くて、いざという時には煌めく強い男。


そして、土方と腐れ縁以上のつながりを持つようになってしまった男だ。


土方にとって、近藤が一番大切にすべき対象だった。
沖田や原田達、隊士たちは同じ志を共にする仲間。

彼らが在ればいいと思っていた。

幼い恋心を抱いていた女もいたが武州に置き去り、近年、先立たれた。

そんなつながりは要らないと、ずっと思って走ってきた。


それなのに、土方の感情をいつでもささくれさせ、制御することを許さない存在が出来た。
出来てしまった。

最初はテロリストとみなして、斬り付けた。
その次には、近藤を卑怯な手で負かせた男だと勝負を挑んだ。
花見会場では飲み比べの末に、同じ自動販売機の上と下でつぶれ、
定食屋では互いの食癖を罵り合い、健康ランドでは我慢比べもした。

いくつかの出来事を、
いくつかの季節を過ごすうちに、坂田という男のことを本当に毛嫌いしているわけではないことに気が付いた。

相手も同じように想ってくれていると知ったのは、いつだっただろうか。
酒が入った席だったことは覚えている。
たまたま、遭遇するのことのできた行きつけのカウンター。
混み合っていた店内で唯一空いていた席は坂田の隣でわざと悪態をつきながらそこに腰かけようとしたのだ。
知られたならばきっと気持ちが悪い想いをさせてしまうと、かすかな接触でも緩んでしまいそうな頬を必死で抑えながら。
すると、店の親父が慌てて土方に侘びを入れてきた。

「すいません、土方の旦那。後から銀さんのお連れが来るそうなんですよ」
多いとは言い難い非番の前の一杯で隣に座ることに浮かれかけた頭がすっと冷えた。
女々しいと自分を嘲り、腰を上げたのだが、坂田に腕を掴まれた。

「いいから座れ」
「テメー、ツレが来るんだろうが?」
「いいから」
「よくねぇ。第一嫌ってる俺が座ったら酒が不味くなるだろうが?」
「ならねぇから…」
座れと、手首がきしむのではないかという強さで握られ、見上げてくる赤い瞳が切羽つまった色を醸していて、再び腰を降ろしたのだ。

「別に…オメーのこと嫌ってるわけじゃねぇし…」
「な…に言って…」
いつもならば、きっと「奢らせるためにつまらねぇおべんちゃらいってんじゃねぇ」とか何とか言い返せていたのだと思う。
けれど、その時は頭が回らなかった。
一滴だって、まだアルコールが入ってもいない素面の状態だというのに。

「嫌いじゃねぇから、ここにいろ」

その日、看板まで飲み続けていたが、とうとう銀時のツレは姿を現すことはなかった。



そうして、何度か銀時の隣が決まって空席で土方がそこに座るということが続いて、
朝まで同じ床で過ごす仲になっていった。

元々、喧嘩ばかりしている状態から始まった二人だ。
口先から生まれてきたかと疑うような銀時の屁理屈と、
銀時が絡むと冷静さが何処かにふっとんでいってしまう土方の強がり。

所謂『付き合う仲』になっても、それは変わらない。
遠慮なく、噛みつき噛みつき返される。
時には本気でないにせよ、手も足も出た。

喧嘩なんて日常茶飯事。

今回も原因はなんだったのか。
明確なものは思い当たらない。
子どもたちのいない万事屋に泊まりにいって、貪るように体を繋げた。
小さな怒鳴り合いのようなものもいくつかした。
久々の非番に銀時が我慢しきれず、玄関先でコトに及んだことだったか。
狭い風呂場で三戦目に及ばれ、一度掻きだした努力が無駄になったことだったのか。
寝たばこのことだったのか。
朝飯の時にマヨネーズが足りなかったことなのか。
土産に買ってきた生菓子が玄関で転がっていることを帰りしなに見つけられ、なぜそれを先に言わないかと逆ギレされたことだったのか。


覚えていない。
原因は覚えていないが、「もう二度とここには来ねぇ」と言って玄関扉が外れるのではないだろうかというほどの力で締め、飛び出したことだけは覚えている。



それから、二か月、銀時と顔を合わせていなかった。

これまでも会えない期間というものがないことはなかった。
かぶき町を巡察すれば、必ず会えるというわけでもなく、
土方が大きな案件に時間を取られることがあれば、非番すらも取れず会えないことが当たり前だった。

けれども今回ばかりは、本当にタイミングだけの問題なのかと首をひねるほど顔を見ない。
喧嘩して屯所に帰った朝から、大きなテロ予告が入っていたために、個人的な憂いは一切頭から排除せざるを得ない状況だった。
それが片付き、巡察に出ても、いつもの団子屋の前でも、パチンコ屋の前でも見かけることがない。
ようやく取れた非番を知らせようにも、チャイナ娘や眼鏡が電話を取るかもしれないというリスクから自分から万事屋の黒電話にかけることはままならず、行きつけにしている居酒屋や赤ちょうちんで見かけないとなれば手の打ちようがない。
(これまでは、外で顔を合わせた時、もしくは頃合いを見計らった銀時の方から土方の携帯に連絡を入れてきていた)

まさか、避けられているのだろうかと、不安になり始めたそんな矢先のことだ。
ようやく、思わぬところで銀色の跳ね返った頭を見つけたのだ。

江戸でも指折りの企業「橋田屋」の前で、小柄な女性と話をしている。
依頼人ならば、声をかけるべきではないだろうが、無駄に顔の広い男であるから何とも判断が付かない。
迷いながら、そのまま横を通り過ぎるために歩調は緩めない。

ふいに銀髪が振り返り、視線が合った。
確かに合った。

合ったにもかかわらず、男はおもむろに目をそらしたのだ。

(あの野郎っ!)

他人のふりをするにしても、もう少しどうにかならないのだろうかと思わず、舌打ちした。
一緒に巡察していた沖田も土方の立てた音で、銀時を認識したようだ。

「万事屋の旦那じゃないですかぃ?」
「そうだな…」
「声、かけないんですか?」
「なんで俺が…」
正しくはなぜ俺から、というところが大きい。
何に対して怒っていたのか覚えていないものの、自分に非はなかったはずなのだ。

十分に沖田との会話が聞こえる位置にあったはずだ。
男は顔を上げない。

土方を認識し、悪態の一つを挨拶代わりにかけてもおかしくないタイミング。
それを生かす気は明らかに銀時にはなかったのだ。
もうこちらを見ようともしない。

「なんでぇ、喧嘩してるんですかぃ?」
「阿呆か、クソ天パと仲良かったことあるか?」
「…まぁ、そういうことにしておいてもやってもいいですがね…知りませんぜ?」
「あ?」
「今の橋田屋の死んだ若旦那の女房でしょう?なんでも若旦那も銀色の髪だったみたいですし、ガキの面も万事屋の旦那そっくりでしたからねぇ」
「何がいいたい?」
「未亡人に秋波寄せられてって可能性もあるんじゃないですか?」
「…それこそ、知ったことか」

天然パーマのせいでモテないモテないと嘆いて見せる男だが、その実想いを寄せている女が少なくないことを知っている。
可能性は否定できない。
それでも、これまでは多少悋気を煽られることがあったも問題視してはこなかった。
銀時がきっぱりとした態度を示していたからだ。

「へぇならいいんですがね」

足が止まる。

『本当に?』

本当に、銀時が土方のみを選び続ける可能性はあるのだろうか?
「スキダ」
「アイシテル」
そんな甘やか言葉を交わしたことなどない。
2人ともがだ。
明確な言葉、一つない。
確実な約束、一つない。

互いに惚れあっていることを感覚で知り、二人の関係を「コイビト」呼んで良いものなのかと話したこともない。

女子どもではないから互いの誕生日に祝いらしいことをしたこともなく、ただ前後どちらか飲みに行く程度、クリスマスや正月は銀時は子どもたちと過ごしたり仕事を入れたり、
土方も警護関係でけして休みがとりやすいとは言えない時期であったから気にも留めていなかった。

「そうか…」

一瞬だけこちらを向いた銀時の瞳からは何も伝わってはこなかった。

「そうなんだな…」

土方さん?と珍しく気遣う様な沖田の声は土方の鼓膜を素通りしていく。

秋が一層深まった町を黄色く色づいた街路樹の枯葉がかさかさと吹き去っていった。





『憶 壱』 了





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