『from end to end T』「多串くん?」 銀色の天然パーマが桜の下で揺れている。 あぁ、変わらない。 幾千の 幾万の日が過ぎ去っても… また、出会おうと。 約束をした。 どちらが先にその生命活動を停止することになろうと。 忘れないと。 お前は言った。 けれども 生まれ変わりだとか、 輪廻の輪だとか、 そういったものを信じちゃいなかった。 例え、本当のことだったとしても、覚えていることなどふつうできないのだから。 だから、ただ願った。 最期会った時に交わした男との約束を。 護れるようにと。 幾千の 幾万の日が過ぎ去っても… また、出会おうと。 忘れないと。 その約束を自分が護れるようにと。 「銀時…」 今の生を受けて、やっと見つけた。 約束は護れた。 そう思い、安堵のため息をついた土方十四郎を絶望が襲うのに、 それほどの時間は必要としなかった。 side土方 世にも奇妙な出来事だ。 今年銀魂高校に入学した土方十四郎には転生前の記憶がある。 記憶、と呼んでいいものかは不確かなのだが、 そう呼ぶのが一番正しい気がするので、土方はそう呼ぶ。 記憶の中の『土方』はやはり『土方十四郎』と呼ばれ、江戸の町で武装警察で副長とよばれる仕事をしていた。 細かい部分について、あいまいな所もかなりあるのはあるが、 その江戸で土方は一人の男と出会った。 名を坂田銀時。 かぶき町で万事屋と呼ばれる何でも屋を営む元攘夷志士・白夜叉。 重力に逆らった跳ね返った銀色の天然パーマ。 普段は死んだ魚のような目。 のらりくらりとその場しのぎの生活をしている。 そのくせ滅法剣の腕がたつ。 いざとなれば、己のサムライ道を 己の護ると決めたものを何があっても守るそんな男。 なんで、どうして そんなことは生まれ変わった今でも分らない。 分らないが、『土方十四郎』は『坂田銀時』に魅かれた。 そして『坂田銀時』も『土方十四郎』に。 愛だの、恋だの、そんな言葉で括ることが出来ない程度に。 同性同士であったし、お互いに護ると決めたモノが異なっていたから、別段、共に暮らすでも、何か約束をすることでもなかった。 ただ一つ。 これが今生会うのも最期かと思われた春の日に、 たった一つ約束をした。 「忘れない」と。 それなのに… 高校入学の朝、 例年より遅咲きの桜の下で煙草を吸う男を見つけた。 重力に逆らった跳ね返った銀色の天然パーマ。 普段は死んだ魚のような目。 見間違いようがない。 やっと見つけた。 目の前の男は、記憶のままで。 違っているのは、あの和洋折衷のような珍妙な恰好ではなく、 草臥れたスーツであることぐらい。 高校生1年になったばかりの自分とは違う。 この地が『江戸』と呼ばれていたほど昔に。 初めて出会った頃と同じぐらいの年齢で。 そして、なんと言葉をかけるべきかと眉を寄せていた土方を彼は呼んだのだ。 「多串くん?」と。 そんなフザけた名前で呼ぶのはただ一人だ。 相変わらずだと。 不覚にも眼が熱くなる。 「銀時…」 記憶のままに「多串じゃねぇ」と怒鳴り返すこともできず、漸く口にしたのは 滅多な事では呼ぶことのなかった彼の名前。 彼はポケットから取りだした眼鏡をかけ、ゆっくりと数度瞬きをした。 「は?やっぱ、誰かと勘違いしてねぇ?」 少しの間を開けて、相手の口から聞こえてきたのは、そんな言葉だった。 「テメ…ふざけんてんのか?」 声もやはり記憶のままで。 比較的直情型の土方を良く言葉で翻弄して楽しむところがある男だったから。 「いや、ホントに。はぁ、あんまり熱心に見てんからどっかで会ったことあんのかと思ったけど、オメーとは初対面だよね?」 銀縁のメガネの奥に覗く赤い瞳は相変わらず死んだ魚のような眼であったが、 そこに悪ふざけの色は全く見つけることができない。 「アンタ『銀時』じゃないのか?」 「やっぱ人違いだろ?俺は『坂田銀八』。似てるッちゃ似た名前だけどさ」 「じゃあ…なんで多串なんて…」 「あれ?当てずっぽで言っただけだったんだけど、もしかしてビンゴだったとか?」 困ったように後頭部を掻き毟る仕草まで。 「覚えて…ねぇのか…」 可能性はあった。 『覚えていないかもしれない』という可能性。 「は…ははははは…」 土方は腹の底から可笑しくて、 可笑しくて、 そして、やはり悲しくて。 「オイ?オメー大丈夫か?」 慌てたように、肩に触れようとした『銀八』の手が届く前に退く。 乾いた笑いしか出てこない。 目の前の男が、見た目だけ土方が探し求める『銀時』とよく似ているだけで、 あの『魂』が必ずしも同じ容姿に入っているわけではない可能性を願いはする。 しかし、分ってしまうものだ。 あの魂の色は。 ましてや他ならぬ土方が見間違うはずがない。 「気にするな…」 「?」 目の前の『銀八』に責はない。 もとから、土方自身も覚えていることが奇跡だと感じていたのだ。 「そう…これはきっと…俺の…」 (一方的な執着だ) そのまま桜並木を走り抜け、 初登校の高校校舎へと足を踏み入れたのだった。 sideG 「なんだありゃ?」 坂田銀八の勤める銀魂高校の入学式の日。 式典が始まる前に一服と桜並木の下でぼんやりと煙を吐き出していた。 ふと、こちらに向けられた視線に顔を向ける。 黒い人影。 こんな時間にいるのは学生か学校関係者のはずだ。 しかし、その男は黒いかっちりとした上下。 金のモールで縁取られたそれに真っ白なスカーフが風で揺れていた。 おまけに腰には刀。 時代がかった衣装。 さらさらといた黒髪の下に、キツメの、瞳孔が開いた青灰色の瞳がまっすぐに銀八を射抜く。 「……」 男はひどく驚いた顔をしていた。 年の頃は銀八と同じくらいだろう。 何故か懐かしい。 そんな気持ちになり、どこかで会ったことがあっただろうかと迷う。 頭に浮かんだ名をそのまま口にする。 「多串くん?」と。 くしゃりと、気の強そうな瞳が明らかに崩れる。 一歩、近づこうとして、止まった。 「銀時…」 そう、彼は呟いたから。 ポケットから取りだした眼鏡をかけ、ゆっくりと数度瞬きして、あれ?と首を傾げた。 目の前にいるのは、ごく普通の学生服を着た少年だった。 ただ、先ほどまで見ていた青年の面差しは確かにある。 「は?やっぱ、誰かと勘違いしてねぇ?」 視力の低下を疑うのは少し違う気がして、先ほどの青年は白昼夢だったのだろうかと、相手に取り敢えず、そう答える。 「テメ…ふざけんてんのか?」 少年は瞬間、カッとなったようだったが、すぐに唸るように睨み付けてきた。特徴的な瞳がさらにその瞳孔を開く。 「いや、ホントに。はぁ、あんまり熱心に見てんから、どっかで会ったことあんのかと思ったけど、オメーとは初対面だよね?」 「アンタ『銀時』じゃないのか?」 ようやく、おかしいと感じたのか、困ったような、やはり泣き出してしまいそうな顔をさせてしまった。 「やっぱ人違いだろ?俺は『坂田銀八』。似てるッちゃ似た名前だけどさ」 「じゃあ…なんで多串なんて…」 「あれ?当てずっぽで言っただけだったんだけど、もしかしてビンゴだったとか?」 それが、誤解に拍車をかけたのかと後頭部を掻き毟りながら反省する。 「覚えて…ねぇのか…」 笑った少年。 やけに大人びた、いや老成したかのような乾いた笑い声だった。 「オイ?オメー大丈夫か?」 人違いだったではなく、銀八に覚えていないのかと、問うた。 引っ掛かりを感じながら、伸ばした手は届かず、逃げられてしまった。 「気にするな…」そういって。 桜並木を走る後ろ姿。 新入学生なら、後で捕まえられる。 それが『坂田銀八』と『土方十四郎』の出会いだった。 『from end to end T』 了 (10/212) 栞を挟む |